第20話 第二幕 領主邸 ③

〈ミルクト視点〉


「――ちょっと待つのですわーっ!」


 先ほどからずっと辛抱していたが、

 こらえかねて、飛び出してしまった。


「み、ミルクトちゃん!?」


 突然の闖入者に、武人ではない領主夫人が驚きの声を上げるが、それ以外の人間は気配を察していたのか、動揺した様子はない。


 ただし長椅子に腰掛けるブルクトは悩まし気に頭を抱え、背後に控える娘のトルクトは、苦笑いを浮かべていた。


「……ミル」


「お母さま!」


 互いの愛称でわかるように、

 鼻息荒く部屋に飛び込んできたのは、

 ブルクトが産んだ末娘、ミルクトである。

 

「アンタはたしか、出しゃばらないって約束したから、扉の外で待機を許してやったはずなんだけどねえ……そいつはオレサマの、記憶違いだったのかい?」


「で、ですがお母さま! この者たちがミルを差し置いて、魔生樹の討伐に参加などと――」


「――黙りな! 客人の御前だ、仮にも貴族の娘が、みっともなく喚くんじゃないよ!」


「〜〜〜っ、んもう! んもう!」


 母親に叱られ、それでも感情の昂りが抑えられずに地団駄を踏むのは、身長百四十センチ程度の十代前半と見られる少女である。


 しかし発展途上の身長に反して胸部は大きく盛り上がっており、獣人騎士の半裸鎧に包まれたそれらが、少女の怒りに呼応して『ブルンブルン!』と激しく揺れていた。


「ええっと、そちらの御仁は――」


「ああ、すまないねえ、ライヤ殿。紹介が遅れちまったが、この子はミルクト。恥ずかしがら、見ての通りうちの馬鹿娘だよ」


 ブルタンク領の領主であるブルクトは、順風満帆な二十年の結婚生活において六名の子どもを授かっている。


 内約は五名の女児に、

 一名の男児。


 ミルクトはそのうちの五人目となる、

 末娘であった。


「ほう。ならば顔合わせは初めてとなりますな。拙者はライヤ・ライヅ。オリガミエなる地で、僭越ながら武門一派の長を務めさせてもらっておりまする身でございますれば。どうか以後、お見知り置きを」


 話には聞いていたものの。


 東洋風の衣装に、顔の下半分を覆う般若面。

 男性らしからぬ巨躯に、鍛えられた肉体。


 なんとも奇妙な風体の大男が、

 丁寧な口上を述べてくる。


 しかし、


「う、うるさいですわ、この女男!」


 すっかり頭に血が昇っていたミルクトが、感情の赴くままに、罵声を口にした瞬間……ゾゾゾッ!


 背筋に悪寒が走った。


「……ぴっ!?」


「「「 …… 」」」


 間抜けな悲鳴を漏らしつつ、

 視線を大男の背後に向ければ、

 無表情を浮かべる三人の従者たち。


 無機質な三つの視線が、

 無遠慮にミルクトを見つめている。


(な、何なんですの、あいつら……貴族の、ワタクシに対して!)


 やはり、いくら父親の恩人とはいえ、

 所詮は平民出身の無作法者と、その配下。


 貴族に対する礼儀や常識が欠如している。

 

 少々水を向けられたからといって、

 図々しいお願いを口にするのがその証拠だ。


 なにせ魔獣の発生源、つまり魔獣素材の源泉でもある魔生樹の管理は、貴族の重要な責務である。


 所有する領地に設けた『魔樹区域』において、数が少なければ保護し、多くなれば魔獣を狩り、樹を伐採する。


 その重要な公務に介入しようなどと、

 平民が気軽に口にしていい話題ではない。


 ギルドから推薦された高位の冒険者ならともかく、こんな辺境領地で幅を利かせていい気になっているような田舎者たちが、かつてのコネで出しゃばっていいような案件ではないのだ。


 何よりも、


(このワタクシですら、参加を認められていないというのに……っ!)


 つまりはそれが、本音であった。

 

 実力不足を理由に、此度の魔性樹討伐を認められなかった見習い騎士。


 だというのにポッと出の人間たちが、話の流れでそれに参加するなど、許せるはずがない。


 完全無欠の嫉妬である。


(貴族として、そんな無責任なお話、認められませんわ!)


 そんな簡単な事実から目を背ける少女が、この場で最も与し易そうな人物……母親は論外、姉上や先輩騎士たちも助力は厳しい、よって消去法で……オロオロと動揺する、伯爵夫人へと突進。距離を詰める。

 

「お父さま!」


「な、なにかな、ミルちゃん?」


「絆されてはいけません! 如何な背景があろうとも、このような外様の者たちに責務を分け与えるなど、貴族の矜持に反するのですわ! どうしてもというのなら、あんな馬の骨どもではなく、このミルを討伐メンバーに――」


 パンッ、と話の腰を折るように。


 小気味よく響く、

 柏手の音がひとつ響いた。

 

「――ぴえっ!?」


 またも情けない驚声を漏らしたミルクトが振り返ると、そこには見るものを蕩けさせる、極上の笑みを浮かべた美少年の姿がある。


「つまりは、こういうことでしょうか?」


 無礼にも貴族の話を中断させたというのに、有無を言わさぬ美しさで苦情を封殺した神官服の白精人エルフ


 皆が注目するなか、艶やかな桜色の唇が、まさしく鈴音の如き、天上の美声を紡ぎ出す。


「そちらの御息女様は、僕たちライヅ一門の実力に、疑念をお持ちだと」


「ま、まあ、そういうことに――」


「であれば、『試せば』よろしいかと」


「――ふえ?」


 言葉の意味がわからずに、

 ミルクトは首を傾げる。


 天使の微笑みを浮かべた美少年が告げた。


「そうですね……たとえば、そうした疑念を抱く貴方が直接、僕たちの誰かと手合わせをすれば、少なくとも貴方の疑念は解消されるのではないかと思われるのですが、如何でしょうか?」


「〜〜〜〜っ!」


 ただし可憐な口が提案した内容は、

 ゴリゴリの蛮族であった。

 

 言葉遣いこそ丁寧さを装っているものの、

 反論を力で封殺すると宣言しており、

 完全に野蛮人の発想である。


「ば、馬脚を表しましたわね、無作法者! お母様、これがこの者たちの本性ですの!」


「あっはっはっは!」


 そうした無礼極まる物言いに、膝を叩いて呵呵大笑するのは、剛毅なる女領主だ。

 

「いいじゃないかミル、単純明快で、オレサマは気に入ったぜ、その提案!」


「お母様あ!?」


 驚き目を見開くミルクトとは裏腹に、

 肝心の母親は喜色を浮かべて、

 ノリノリである。


 なにせ獣人とは、生粋の戦闘種族。


 人族の一翼として、立場ある者などは最低限の礼節を弁えているが、根幹にある狩猟本能は根強く、こうした折にひょっこり顔を覗かせることは珍しくない。


 少年の提案は、的確にそこを突いていた。


「いいじゃないかミル、自称騎士団ホープの実力、見せてやりなよ」


「ミル嬢だって、仮にも貴族なんだ。吐いちゃった言葉は飲み込めないよ〜?」


「にゃっはっは。泣き虫ミル嬢がどこまでやれるのか、見ものだにゃ〜」


 女領主に釣られて、実姉を含む、先輩騎士たちも悪ノリしている。


 この流れはマズイ。


 末娘として生まれてこのかた育まれ続けてきた『可愛がりセンサー』がビンビンに反応している。


 ミルクトの背中に、嫌な汗が滲んだ。

 

(〜〜〜っ、で、ですが、お父様さえ反対してくだされば、お母様は矛を収めてくださるはず!)


 そんな期待を込めて。


 ミルクトが領主夫人に視線を向ければ――


「いやはや、これは責任重大ですな。余興とはいえ、力試しは武人の誉れ。是非とも皆様方には、我らライヅ一門の武芸を、ご照覧していただきたく候」


「だってさ、ミルちゃん! ライヤ殿のお弟子さんと競えるなんて、またとない機会じゃないか! パパも応援するから、頑張ってね!」


「おいミル。アレクの前で、みっともない姿を晒すんじゃないよ!」


 無骨な大男に声をかけられ、

 無邪気に頬を紅潮させる父親と、

 その姿に目を細めて発破をかけてくる母親。


「あ、あうう〜……」


 もはやミルクトに、逃げ場はなかった。




【作者の呟き】


 ロリ巨乳なハイレグ騎士、大好物です。

 

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