第15話 第一幕 番兵 ③

〈ウール視点〉


「いえーい、かんぱーいっ」「おつかれさまー」「……ぷはあ、うまいっ! このために今日もアタシ、頑張った!」「おーい追加で肉くれ肉!」「こっちは鳥の香味焼きよろー!」「ねえ見た? 今日、検問にめちゃくちゃ可愛いエルフが並んでたんですけど!」「最近人の出入りが多いよねー?」「街中でも騎士様をよく見かけるし」「……ああ、そういやもう、間引きの時期か」「え? もうそんな季節? 時間経つの早すぎなんですけど!」「男欲しー!」


 城塞都市において無数に存在する酒場は、今日も一仕事を終えた住人たちが入り浸り、酒精を帯びた活気に満たされていた。


 そのうちのひとつ。


 城壁の検問所に勤める番兵たちが主要客層である酒場にて、無事に本日のお勤めを終えたウールと、部下たちの姿があった。


「いやあ可愛かった! 美しかった! マジで目の眼福でしたね!」


「あの可憐な声だけでもしばらくオカズに困りませんな! あっはははっ!」


「今日の出会いに感謝! そしてそれを与えてくれた隊長にも感謝! かんぱーいっ!」


「はいはい、乾杯乾杯」


 何度目かの乾杯音頭に、

 おざなりに付き合う部隊長。


 そうしたつれない態度にも、

 出来上がっている部下たちには関係ない。


 上機嫌にエールを嚥下しつつ、

 延々とループする話題に花を咲かせる。


「しっかしホント、驚きましたよ! あの麗しさが過ぎる精人アルヴのお坊ちゃんもそうですけど、その付き人のおっきなオニーサンが、まさかあの『首狩り童子』だったなんて!」


「いやマジでこれは他の部隊のヤツらに自慢できますから! 何せウチら、ちょうどその話にビビらされていた世代なんで!」


「良い子にしてないと、森から『首狩り童子』がやってくるぞーってね。いや、今聞かされてると意味わかんないですけど。あはははは!」


 懐かしげに部下たちが語るように、

 今からおよそ十五年ほど前。


 城塞都市の西に位置する森において、

 とある噂話が流布していた時期がある。

 

 子供たちの躾にも利用されていたそれの名は、通称『首狩り童子』。


 内容は、魔生樹の繁殖地帯であるかの森において、正体不明の怪童が出没するというもの。


 商人や旅人、冒険者などがあの森で魔獣や野党たちに襲われていると、どこからともなく「チェストー!」と叫ぶ黒髪の少年が現れては瞬く間にその首を狩り尽くし、対価として救われた者たちから食料や調味料を頂戴するという、そういう怪談じみた噂話である。


「……あー、でもあの話って、半年くらいで急に聞かなくなったよね。なんでだっけ?」


「え? たしか高位の冒険者に、討伐されたんじゃなかったの?」


「いやウチは、魔人認定を受けた神樹教が動いたからだって聞いてたけど?」


「……いいや、違う」


 怪童の正体は不明。

 目的も不明。


 されど実際に助けられた人がいたために、真偽だけは確か。


 そんな奇妙な『首狩り童子』の消息は、半年という期間を過ぎると、プッツリと途絶えてしまった。


 当然ながらちまたでは様々な憶測が飛び交ったものが、今宵はその『当事者』であるウールの口から、十五年ぶりの真実が告げられる。


「彼……『首狩り童子』は、辺境領地オリガミエ行きの、流刑罪に処されたのさ。貴族を襲った罪で、ね」

 

「「「 ……っ!? 」」」


 辺境領地への流刑罪とは、犯罪者たちを人手不足の危険な開拓地に送り込み、魔獣の危険に晒しながら、土地の開墾に従事させるという、数ある刑罰の中でもとくに致死率が高いとされるものである。


 ある意味では死刑よりも重いとされるその罪状に、部下たちが泡を吹いて食いついた。


「え? 流刑罪? マジですか? しかも貴族刑が絡んでるとなると、刑期もハンパないはずですよね!?」


「最低でも三十年とかだから、フツー、生きてその土地から出られませんよ?」


「えええ、じゃああのオニーサンって、いったい何歳なの……?」


 部下たちの困惑も無理はない。


 通常、貴族絡みの流刑罪とは、刑罰期間が軽く三十年を越えるため、短命人種に分類される只人ヒュームなど刑が確定した時点で、残りの生涯をほぼ苦役に費やすこととなる。


 だとすれば『首狩り童子』があのような若々しい見た目で、流刑地の外にいることは不自然だ。


「も、もしかしてあの人たち、流刑地から脱走してきたんじゃ――」


「――馬鹿を言え。彼らはちゃんと、刑期を全うしてオリガミエを出立している。証拠も確認済みだ」


「いやまあ、隊長がそう言うんなら間違い無いんでしょうけど……」


「あ、そうか! あのオニーサン、見るからに強そうだったし、きっと魔力で加齢を抑えているタイプなんだよ! きっと!」


 たしかに体内魔力オドの扱いに長けた者は、短命人種であっても、平均を越えて容姿を若く保っている。


 しかし彼の実年齢を知っているウールは、ライヤが見た目そのままの年齢であることを疑っていない。


 成長した容姿と、消息を絶っていた期間から逆算するに、おそよ十五年間で、彼らは刑期を果たしたことになる。


(随分と……無茶を、したのだろうな)


 計算の合わない刑期の答えは、おそらく恩赦による減刑だ。


 開墾地域への流刑罪においては、地元住民との婚姻、魔獣の討伐、開墾地の発展貢献などといった、特定の条件を満たすことで、減刑が認められている。


 そうした恩赦を利用して、

 彼らは刑期を短縮させたのだ。


 口にするのは簡単だが、そのための努力は、苦悩は、奮闘は、察するに余りあった。


「うわー、そっかー。でも、だとしたらあのオニーサン、相当のやり手ってことですよねー」


「もしかしてうちの隊長と、良い勝負しちゃう感じですか?」


「バッカおまえ、ウチらの隊長が男なんかに遅れをとるかよ。『鉄壁』を舐めんな。ね、ウール隊長?」


「……それは、どうだろうな」


「ははははは! またまた、隊長酔ってます〜?」


「元騎士様だった隊長が勝てないなら、うちの兵士は誰も勝てませんって」


「荒くれ者の傭兵たちですら押し黙る、『鉄壁』の二つ名が泣きますよ〜?」


 隊長の答えを謙遜だと思ったのか、エールを煽りながら呵呵と談笑する部下たち。その影に隠れた、ウールの表情は晴れない。


 脳裏にはかつて目にした、剣鬼の冴えが、今なお鮮明に蘇っていた。


(こいつらに彼の剣を見せたら、腰を抜かすどころじゃないだろうな……)


 ウールがそれを目の当たりにしたのは、

 今から十五年と数ヶ月ほど前。


 当時はまだ十代後半で心身ともに発展途上ということもあり、その胸に年齢相応の自負と希望を抱いて騎士を名乗っていたウールではあるが、その若さゆえに、当時巻き込まれていた貴族間の権力争いに気づくことができなかった。


 彼女が全てを理解したのは、

 全てが手遅れになってからのこと。


 騎士として未熟である自分が、領主夫人の護衛任務に選ばれたときも。伯爵夫人を乗せた馬車が、危険地帯である森の横断を選んだときも。内密での移動だったはずが、野党の襲撃を受けたときも。野党の悉くが手練れで、護衛が壊滅したときも。


 ウールは本当の危機に気づけない。


 横転した馬車から領主夫人を連れ出し、仲間たちの命を散らしながら森を駆け、ついには追い詰められて絶体絶命の窮地に至った段で、自らの勝利を確信した野党――のフリをした刺客が漏らした言葉を聞いて、ようやく愚かな騎士は理解したのだ。


 全ては、仕組まれていたことなのだと。

 

 それに気づけなかった愚か者の、

 死地がここなのだと。


 それでも、


 ――アレックス様、どうかご安心を!

 ――このウールがいる限り、貴方様の御身には、指一本触れさせません!


 愚かでも。

 無様でも。

 単なる意固地だとしても。

 

 それでもウールは最期まで、

 騎士でありたかった。

 

 剣を握り、剣と共に、剣に殉じたかった。


 ――チェストおオオオオオッ!


 そうした願いが、

 天に届いたのかは定かでないが……

 

 覚悟を決めたウールの前に現れたのは、見窄みすぼらしいボロボロの剣を握る、黒髪黒目の少年であった。


 ――士道に殉ずる、その覚悟お見事!

 ――手前勝手では御座いますが、武士として助太刀致す!


 奇声をあげて乱入し、聞き慣れぬ口上を告げながら、刃こぼれの目立つ剣を振り回す少年の体躯は幼い。


 おそらく自分よりも年下。

 しかも男性。


 だというのに剣気は冴え渡っており、

 軽やかに戦場を舞う姿はいっそ、

 流麗ですらあった。


 迷いなく、惑うことなく、ただひたすらに無駄を削ぎ落として『斬る』ことのみに特化した剣鬼の戦舞を前にして、ウールは自分の置かれている状況を忘れて見入り、魅入られ、滂沱すらしていた。

 

 ――……美しい。


 溢れた言葉は、本心からもの。

 

 剣とは、こう使うのだ。

 剣の高みはここまであるのだ。


 言外にそれを示されて、それまで剣才があると周囲から持て囃され、自身もそのことを疑っていなかったウールは、己の慢心を恥じた。


 その感動は同じ光景を目にしていた領主夫人も共有しており、一分とかからずに十名以上の暗殺者を殲滅した少年に、伯爵夫人は興奮した様子で詰め寄っていた。


 ――是非とも、お礼をさせてください!

 ――僕にできることならなんでもします!


 そんな、淑男しゅなんにあるまじき態度を見せる領主夫人にも、少年は冷静さを崩さない。


 ――気持ちは有難いが、礼は結構。

 ――拙者は故あって、この森を離れられぬ身の上ゆえ。

 ――ただ……少しばかり、塩なり糧秣なりを分けていただけると、有難い。


 あくまで礼を固辞した少年は、本当に僅かばかりの食料を受け取って、森の中へと消えてしまった。


 それがウールと『首狩り童子』との出会い。


 彼女が自身の剣才に見切りをつけた、

 本当の理由でもある。


(まあ……だからこそ、事件の責任を負わされたとき、未練なく騎士を辞めることができたんだけど)


 それに、そうして騎士を辞めたからこそ、

 それから数ヶ月後。


 新たに就いた検問番兵の職務中に、領主夫人を尋ねてきた『首狩り童子』と、幸運にも接触することができた。


 風土病に侵された仲間を救いたいのだと訴える彼の、一助となることができた。


 どうやらそのことにかつての『首狩り童子』は唯ならぬ恩義を感じていたようだが、ウールからすれば順番が逆だと、苦笑してしまう。


(あれから十五年……よくぞ、生きていてくれた)


 あのあと、罪人として流刑地へ送られたため、見送りこそできなかったものの、領主と彼らの間で交わされたやり取りは、関係者としてウールにも伝えられている。


 曰く、彼らは逃亡中の脱走奴隷。


 正式な所有権は彼らを購入した貴族にあり、領主がそれを『保護』したというのなら、領主は適切な謝礼を受け取ったのち、それを本来の所有者である貴族へと返還しなければならない。それが王国の法律だ。


 それを少年たちが、激しく拒んだ。


 半年の逃亡生活で結束を固めた奴隷少年たちは、彼らが兄と慕う『首狩り童子』から引き離されるくらいなら死んでやると、泣き喚いて頑なに譲らなかったらしい。


 なにより領主……というか、彼女に奴隷少年たちの救命を懇願した領主夫人にとっても、そのような結末は本意ではなかったため、領主が提案した苦肉の策が、彼らを『貴族を襲撃した賊の一味』として『捕縛』した上、その身柄を罪人として、流刑地へ送り出すというもの。


 当然ながら犯罪者として流刑地へ送られてしまえば、その扱いは、貴族の奴隷など比べものにならないほど、過酷なものとなる。


 少年たちの誰かが死亡する可能性は極めて高く、どころか貴族のお眼鏡に適ったその見目麗しさから、死んだ方がマシだと思える境遇に晒される可能性すらあった。


 それでも少年たちは全員一致で、

 仲間と共にあることを選んだ。


 だから彼らは貴族の所有権を上回る、貴族法の受刑者として、開拓領地へ流刑されることとなったのである。


 そうした人様に語れない裏事情を、

 部下たちが知るはずないのだが――


「――でもなんかあのオニーサン、そんなに悪い人には見えなかったですけどね」


「だよね。むしろ連れの子たちのほうが、怖かったまであるし」


「それな! あはははははは!」


 正体を知ってなお、陽気に笑う彼女たちから、『首狩り童子』への忌避は感じない。

 

 そのことに頬を緩めつつ、ウールの関心は、今し方話題に上がった少年少女へと向かう。


 ――ん? いいんスか、オジサン。この馬鹿女たちをチェストしないで。


 ――兄さんにとっての、めでたい再開の場です。血で汚すのは無粋でしょう。それに……ちゃんと『仕込み』は終えているのでしょう?


 ――モチロンっス。抜かりはないっスよ〜。


 ――なら結構。この場は退きますよ。


 去り際に耳にした、白精人エルフの少年と黒精人オルヴの少女の不穏な会話を思い出すと、ブルルと、何故か背筋が凍りついた。


 誤魔化すようにエールを煽り、

 そのぬるさに顔をしかめる。


(……頼むから今度は、平穏に見送りさせてくれよ)


 そうしたウールの願いは。


 この再会から、およそ十日後に。

 

 両者にとって因縁深い西の森において、話題の『首刈り童子』の首が『斬り落とされる』ことで、虚しくも裏切られることとなるのであった。



 

 【作者の呟き】 


  ウールさんは一級フラグ建築士の才能がありますね。

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