第4話 進む下準備

「ったくお前もさぁ。ええ、マブイ女の一人や二人、抱いた方がいいんじゃねぇの?」

「……」

「まぁ抱けねぇか。そんな弱男じゃな。ハハハハハハ!!!」


 本当に、簡単な奴だ。入れ込んだキャバ嬢と、おせっせできたんだもんなぁ。


「ババァでも抱かれたくねぇって言うぜ。行き遅れたババァなら、あるかもなぁ」


 アンタは確かに、社長のお気にだよ。同族だから、褒め言葉も上手いんだろう。そりゃ結構。


「なんなら俺のババァでも抱かせてやろうか。もう歳だしなぁ」

「ふっ……」

「ああ?何だお下がりでも欲しいってか?!おいおい聞いたおい!皆、コイツババアに欲情しやがった!!!」


 社員の冷たい視線が、俺に集まる。適当に引き攣り笑いをして、俺はオフィスを立ち去った。



「で、サボり」

「まさか。根回しですよ」

「へぇ」

「色々と面倒なんです」

「会社勤めした事ないと思ってる?」

「それは、失礼しました」


 東京とはいえ、車を走らせると人気はない場所は沢山ある。志保さんはそうした場所を知り尽くしていて、都度違う場所で腰を落ち着かせてくれた。


「その時に見つけたんですか」

「まぁね。とは言っても、付き添いばかり」

「付き添い、て」

「あの頃やり手の女営業なんて、多くないのよ。ましてや先輩より口が回る優秀者はね」

「嫌われたんですか」

「やっかみよ。嫉妬」

「女の人から?」

「馬鹿ね、男よ。そんなの男が向けるに決まってるじゃない」

「へぇ……」

「知らないのねぇ」

「志保さんぐらいしか、マトモに話した事ないですよ」


 喫茶店の奥席で、コーヒーの苦味を味わう。真向かいで脚を組む彼女は、サングラスをかけて、一張羅に誂えた白のスーツを着ていた。


「貴方得意ではなくて」

「ええ。でも何というか、下手でよかったです。後任の若くて優秀な人を推薦したら、ホイホイ話が進むんですから」

「引き止められなくて残念ね」

「引き止められても困ります。違法スレスレの営業です」

「手を染めておいて」

「共犯ですよ、だからサッサと手を引きます」


 志保さんは、添え物のナッツを指で弄ぶ。


「アイツ、気がついてるの」

「まさか。馬鹿みたいに上機嫌です。志保さんの読み通りですよ」

「でしょうね」

「そっちは、どうですか」

「気がつきやしないわ。もう手続きは済んだ」

「流石」

「後は業者に任せるだけ」


 なら、もういい頃合いということだ。俺は頭の中の不安が消えていく快感に、口角を上げざるを得ない。


「そんなに美味しい、それ」

「へ」

「サンドイッチよ」

「美味いですよ」

「いいわね、単純な人は」

「志保さんと食べてますのでね」


 せっかくのトーストサンドが、冷めかけていた。一気にパクついた俺は、投げ渡された紙拭きで、口元のマスタードとケチャップを拭う。


「腹ごなしはいいかしら」

「ええ、はい。志保さんそれだけでいいんですか」

「貴方みたいに、バクつかないの」

「そりゃそうか」

「それに、腹が重いと動き辛いしょう」

「ハァ……」

「直帰でしょ。付き合いなさい」


 組んだ脚を一息に下ろして、志保さんは手早く会計を済ませた。


「あっ、ごちそうさまです」

「お礼は行動でお願いね」

「何するんですか」

「買物よ。貴方の家具一切は、一人ものばかりでしょう。今から見繕わなきゃ間に合わないじゃない」

「こう、頑張っても無理ですかね」

「いけると思うの」

「あっす」

「早く終わらせられたら、帰りにホテルのバー連れて行ってあげる」

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