第11話 それでも私は「一ノ瀬めぐる」だから
私たちの前に姿を現したのは、たぶん、人だった。
たぶん、というのはその人の格好があまりに異質だったから。ゲームやアニメに出て来るモンスターの硬くて刺々しいなりきり着ぐるみセット、みたいな……私の貧弱な知識と語彙力ではそう表現するほかないような、そんな見た目。
――と、普段の私ならそこで終わり。
『扉の向こうから来た、この世ならざる不可解な侵略者たちを、
西暦3278年の未来、人類とそうでない者たちとに存続の危機をもたらした、異世界から来たモンスターたち。巨大な爬虫類型から、植物型、両生類型、形容しがたい見目まで種々の異形たち。
その中でも、ドラゴン、とそう呼ばれていたモンスターに酷似した、着ぐるみだった――いや、きっとこの人は、そのモンスターから作った装備を纏っているんだろう。
「……なんで、私。こんなことを」
まだ互いに結びついてはいないものの、私は
その中には、私がこの世界に来た目的も含まれていて。
知りたくなんて、なかったとさえ、思える記憶が。
「――貴方は、私になんの用ですの」
「ふうん?まだ気づかないんだ。それとも、もう自分が〈精霊姫〉だったって忘れちゃった?」
その人は私たちと距離を保ちながら、からかうような声色でアリーちゃんを見つめた。アリーちゃんは身じろぎして、左手を右手の指輪に添え、口の中で何かを呟く。
すると、後ろでとすん、と重たい音がした。
「すみません。めぐるさま。戸渡さまと笠原さまには、眠ってもらいました」
「う、うん……」
状況は呑み込めていないし、戻って来た記憶にも整理がつかない私はアリーちゃんの目くばせの意味を汲んで、二人がベンチから落ちないようにそっと支えた。即効性の催眠魔法なのか、二人とも穏やかな寝息を立てて――あれ?
いおちゃんの髪飾りが、少し光っていたような……。
「てっきり覚えててわざとやってるのかと思ったわ。あなたに恨まれることを、あたしはしてしまったのだから。イオーネが居るのには驚いたけどね」
「――!!その名前……貴女、まさか」
「……ああ、やっと思い出してくれた?」
アリーちゃんは毅然とした態度で相対していたけど、そこで初めて動揺を見せた。
その動揺を見てくすくすと笑みを零したその人は、両手を前に掲げ、まるでアリーちゃんをその手で迎えているような仕草で、言った。
「リーチェ、久しぶりね」
「……やっぱり、貴女は――ヴァイオラ」
ヴァイオラ、とそう呼ばれたその人は、アリーちゃんのことを「リーチェ」と、愛称で呼んでいる。〈精霊姫〉のことも知っているし、アリーちゃんの異世界での知り合いなのだろうか。
――知り合い、というには纏う雰囲気が、あまりにこちらに敵対的だけど。
「ふふ、覚えていてくれて嬉しいわ。あたしは、忘れられたと思っていたから」
「――それは」
片腕を抱いて、ヴァイオラから視線を逸らすアリーちゃん。
後ろからでは表情が見えなくて、余計に辛そうに見えてしまう。
「……ヴァイオラ。わたくしに会いに来たのですか?」
「――あはは。あはははっ!そっか、そうなるのね……はぁ。あなたはいつも、そうだったわね」
「何が、言いたいんですの」
「――違う、って言ってるのよ、リーチェ。あたしはね、あなたを、〈精霊姫〉を、殺しに来た」
「――!めぐるさま!離れてッ!」
アリーちゃんの悲鳴に私は反射的に身体を強張らせてしまって、ほとんど動けなかった。アリーちゃんは私を横目で見ながら、右手をばっ、と右側に伸ばして、凛とした声で叫ぶ。
「〈防護魔法〉」
その一言と共に、アリーちゃんと私の前に黄金の光の壁が出て来て、そうかと思うと、ずどん、と地響きみたいな衝撃が襲ってくる。ちょちょ、何がどうなってるの!?
記憶のこと、落ち着いて整理したいのにそんな暇ない……!
「まあ、そりゃこの程度じゃね」
「……ヴァイオラ、どうして貴女がわたくしを」
「――そんなの、自分に聞いてみなさい。〈返血の刃〉、ヴァイオラ」
「……ッ!そう、ですか。分かりました――〈精霊姫〉、アリーチェ」
二人は名乗り合うと、目にも止まらない速度で駆けだして、ぎゃん!という音が、二人の姿が見えるよりも先に聞こえた。相変わらず立ち尽くしたままの私の目には、ヴァイオラの構えた禍々しい剣(たぶん剣?)に、黄金の光の剣(前見たことあるしこっちは剣!)で対抗するアリーちゃんが見えた。
正直、私の目では全く追えなくて、剣を持っていること以外何が起こっているのかすら分からない光景が目の前で繰り広げられている。あれが、アリーちゃんの〈精霊姫〉の姿なんだ……。
ヴァイオラは身に着けた装備のせいで顔までは見えないし、声も少しくぐもって聞こえる。〈へんけつ〉なんとかとか言ってたけど、アリーちゃんを殺す、って。
――もしかして、アリーちゃんがいつか言っていた、「襲撃」ってこのこと?
「理由もッ!聞かせてはくれないのでしょうね……!」
「へえ、それくらいはッ――!分かってるのねッ」
私には、アリーちゃんが優勢か、とかヴァイオラが押してる、とか。
何も分からなかった。目まぐるしく立ち位置が変わる攻防で、目で見てる情報よりも聞こえてくる話し声の方が情報量が多いくらい。
それでも、ただじっとしていることは、出来なくて。
ああ、きっとこれは罪滅ぼしだな、と冷静に見ている自分にきつく目を瞑った私は、大きく息を吸った。
だって、約束したもん……!恋人で、居続けるってさ……!
「アリーちゃーん!!負けるなーっ!!」
その瞬間、二つのことが起きた。
一つは、アリーちゃんの光の剣の勢いが目に見えて速くなったこと。
そして、もう一つは。
「――お前ぇッ!!!!お前が、お前さえ……!いなければ――ッ!!」
「えっ」
なぜか、ヴァイオラが激怒して声を張り上げたことだった。
な、なんで、だって私はアリーちゃんを応援しただけで。
ヴァイオラのことだって、アリーちゃんがそう呼んでいたから私もそう呼んでいるだけで、1ミリだって知らないのに。
「あたしの、リーチェを……ッ!!」
アリーちゃんの剣を受け止めながら、ヴァイオラはそう叫ぶとアリーちゃんの右手の側から左腕を私に向けて伸ばし、その手から何かを飛ばして来た。赤黒い、バスケットボールくらいの球体が、自転車くらいの速度で迫ってくる。
迫って、くるなぁ――と思った時には、ほとんどもう目の前で。
「え」
「――ッ!ヴァイオラ、貴女……!」
アリーちゃんの声が遠い。意識にも、なんだかもやがかかってる。
あれ、私、ヴァイオラに攻撃されて――ここで、死んじゃうの?
まだ、思い出した記憶のことで、アリーちゃんに謝れてないのに?
「……ッ!!」
そう思ったのと、視界がぐるん、と回ったのは同時だった。
何が起きたのか、全く理解できない。気づくと私は、腰を落として地面に立っていて、さっきまでの棒立ちとはまるで視線の高さが違う。
そして、投げた視線の先には驚愕の表情を張り付けた二人の姿があった。
「どう、して、めぐるさま……〈魔力弾〉を、弾いて」
「――へえ、魔力を纏った回し蹴り、ね。リーチェ、あんたイオーネだけじゃなくあいつも連れてきてたの。知らない顔だけど」
「違う、違いますわヴァイオラ。彼女は、この世界の人間で」
「……ふうん。そ」
驚きを露わにするアリーちゃんよりも冷静を装っているが、ヴァイオラも明らかに動揺しているのが分かった。剣を下げ、じりじりと後退している。
アリーちゃんも剣を収めて私に駆け寄ってきているし、この一瞬で戦いの雰囲気は消えてしまったみたいだ。
「〈精霊姫〉一人相手なら今のあたしでも戦えるけど、お前がそっち側なら話は別」
「ヴァイオラ……その剣を、収めてはくれませんの?」
「――はは。無理ね。今日は元々偵察に来ただけ。イオーネまでいるとは思わなかったけど。次はないわ。誰が何人いようとも、あなたはあたしが――ヴァイオラが、殺す」
そう言い捨てたヴァイオラは、くるりと身を翻したかと思うと、ちりちりと赤紫の光の粒を散らし、忽然と姿を消してしまった。きっと、瞬間移動とかの魔法なんだろう。
ぷるぷると、今になって脚が震えて来て、私はアリーちゃんの肩を借りようとして――その手が、空ぶった。
「……アリーちゃん?」
アリーちゃんが、私から半歩、遠ざかったから。
「めぐるさま。巻き込んでしまって、申し訳ございません。ですが、聞きたいことがあります。ヴァイオラの放った〈魔力弾〉、あの球体の攻撃を、めぐるさまは弾きました」
「……う、うん。ほとんど無意識で、何も覚えてないんだけど」
「――〈魔力弾〉とは、魔力を纏った攻撃でないと弾けない、魔法に満たない純粋な魔力の放出を指します」
「……え」
今、アリーちゃん、なんて。
魔力を纏った攻撃でないと弾けない、って?
「え、アリーちゃん、私、魔法なんて使えないよ……?」
「はい。この世界の人間には、わたくしたちの世界の生命に流れている魔力エネルギーがないことは、既に確認済みですわ」
「……それ、って」
「――はい」
ちょ、ちょっと待って、待ってよ。
違う、だって私は。
それじゃあ私は、異世界人だってこと?
「心当たりは、ありませんの」
「……ない、けど」
「けれど、ということは。なにか、気になることが、ありますの?」
さっきは思わず、と言った具合で私から離れたアリーちゃんだったけど、私の不安そうな顔を見てか、今はぎゅっ、とその手を握ってこちらを労わってくれている。声もいつもよりも優しい。
こんな時じゃなかったら、どきどきもしたんだろうな、って。
「アリーちゃん、私。私ね思い出したんだ。自分のこと」
「……忘れて、いたのですか?」
「正確にはね、いおちゃんと会うまでの記憶がなかったの。誰にも言ってなくて。だって、もし」
もし、私が本当に〈曇天の乙女〉だったら?
もし、私がお母さんの娘じゃなくて、異世界出身だったら?
もう、冗談ではなくなってきているから。
「……そう、ですわね。それは、恋人であっても軽々しく言える内容では、ありませんわ」
「ごめんね。ありがとう、そう言ってくれて」
この言葉の先を言ったら、私はまたアリーちゃんに謝らなければいけなくなる。
でも、あの選択を嘘にしないためには、言うしかなくて。
「あのね。確かに思い出したけど、それでもはっきりと言えるよ――私は、誰が何と言おうと――たとえそれが自分でも、『一ノ瀬めぐる』だから!」
「――ええ」
「だから、だからね。アリーちゃん。落ち着いて、聞いて欲しい」
するとアリーちゃんは肩を強張らせ、眉を寄せ、引きつった表情を浮かべながら、ゆるゆると首を横に振った。
察して、しまったのかな。
「私はね、ちゃんと『一ノ瀬めぐる』だよ。アリーちゃんが好きで、アリーちゃんの彼女で、いおちゃんと幼馴染で、澄玲ちゃんと友だちで、そして、お母さんの娘で」
「――はい」
すぐに言えないのは、口にしてしまったらその瞬間に私が私でなくなってしまうんじゃないかと、思ったから。だから、それを否定するために、私は今の私を口にしていく。
〈未来予知〉を否定して、〈曇天の乙女〉を否定して。なかったことには出来ない恋心を抱きしめた私だから、きっと大丈夫。
「アリーちゃん」
「はい」
だから、言うね、アリーちゃん。
本当の、私を。
「私は、西暦3278年の未来から、ある任務の為にこの時代に来たんだ。その任務は、未来の世界を救うこと――アリーチェ・フェ・アオスレンを、殺すこと」
それが、私、一ノ瀬めぐるに――科学者Yのクローン・Y37に課せられた、救世の任務だったんだ。
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