第7話 これもデートなの?って聞いてるの!

 アリーちゃんとの初デートから数日が経った朝。

 私の部屋にはベッドの傍に小さな机があって、角に学習机がある。ちょっと本を読みたい時とかメイクをする時とか動画を見る時とか、何かと引っ張りだこな小さい方の机。

 でも、あの日以来、いや。正確には以来、私はその机を避けていた。


「……我ながら、捨てればいいのに」


 くしゃくしゃになった紙。そこに書かれている、星間文明同盟Interstellar Allianceの文字。

 遠ざけないと不安なのに、捨ててしまえば何かが終わってしまうのではないかという焦燥に駆られる。だから、机ごと、意識から排して。


「はぁ。行ってくるね、わいたん」


 腕を制服に通し、髪を手櫛でなでつけ、首元を撫でて、私は最後にペットのわいたんに挨拶をして、家を出た。

 予報では快晴なのに色の濃い雲が薄く広がっている春の終わりの空の下へと。


「あ、アリーちゃんからだ」


 最寄り駅まで向かっていると、スマホが震えた。画面を見るとアリーちゃんからのメッセージだ。証明写真のようにきりっと口を結んだ表情のアリーちゃんのアイコン。

 たぷたぷスマホをいじってメッセージを開く。


『おはようございますわ!めぐるさま!聞いてくださいまし!わたくし、めぐるさまと行きたいところがございますの!水族館……?というところですわ。王国でも希少な動物を保護することはありましたが、魔物の影響で水生生物の飼育は難しかったんですの。わたくし、あんなふわふわした生き物が泳いでいるなんて知りませんでしたわ!くらげ、といいますの……?めぐるさまと食べたケーキのクリームみたいで可愛いですわ!』


 文面からも相当テンションが高いことがうかがえる、それはメッセージで、私は笑みが零れた。あの紙の文字のことは気になるけど。

 可愛い彼女からの可愛いメッセージが全力で嬉しかった。だってこれ、多分にっこにこで書いてるよアリーちゃん!ああ、ふわふわ髪を揺らしながら私の肩をつんつんってしてくるアリーちゃんと一緒に、くらげの画像を見たり、早くしたいなぁ。


「お、は……わわっ!?」


 アリーちゃんへの気持ちを指先に込めて、きっと教室でも交わすだろうおはようを返すために入力している時だった。ぷるる、とスマホが鳴ったのは。

 アリーちゃんがかけてきたのかと思ったら、バナーで降りてきたのは「戸渡いお」の名前。


「いおちゃん?どうしたんだろ」


 いおちゃんと私のアイコンはお揃い。

 この前の春休みに二人で(お母さんについて来て貰ったけど)卒業旅行に行った時に撮ったツーショットの、私は自分の部分を、いおちゃんはいおちゃんの部分をトリミングして使っている。提案したのはいおちゃんからで、普段はそういうことを言わないから嬉しくて、気が変わらないうちにせっせとアイコンに設定したっけ。

 ……あれからまだ2か月も経ってないの、不思議。


「もしもし、いおちゃん?どうしたの?」

『あ、はや』

「うん。急にかかって来たからびっくりしたよ」

『たまにはね。さて、じゃあそんな朝からスマホ見てによによしてるあんたに問題』

「――えっ?」

『そこのコンビニ前の信号のところに居るの、誰だと思う?』


 言われてぱっ、と顔を上げると、そこにはいおちゃんがすまし顔で立っていた。風に揺れるサイドテールが虹みたい――とか言ってる場合じゃなくて!!

 え、じゃあなにっ、ひょっとして私。


「み、られてましたか?さっきの顔」

「まあ遠かったし、スマホ見て笑ってるな~くらいしか分からなかったけどね。おはよ」

「……お、おはよういおちゃん」


 いつもは最寄り駅で待ち合わせだったから油断してた……いおちゃんの隣に並ぶけど、うう、いつもみたいに顔見れない……っ。恥ずかしすぎる……。


「あ、待ってめぐる。髪飛んでる」

「えっ?」


 いおちゃんはそう言うと風に煽られて少し崩れた私の前髪をさらって、いつもの流れに直してくれた。一瞬額に触れたいおちゃんの指にどきっとする。

 もう、いつも急なんだから……!


「ほら」

「あ、ありがと」

「……うん。今日も可愛い」

「ちょっとっ」


 いおちゃんの肩を小突く。信号が変わる、並んで歩く。

 日々が過ぎ、私が変わっても、変わらないこの時間にも、きっと今は救われているな、って。


「ああ、そういえばさめぐる。明後日だけど、この辺じゃなくて都会の方に行きたい」

「明後日……ああ、前言ってた服買うってやつ。なんか欲しいのあるの?」

「あー、いやそういうんじゃないけど……いつもの場所より、まあ高校生にもなったし。二人で遠出したくない?」

「――そうだねっ、ふふ」


 ほぼ毎日一緒に居るけど、放課後は最近いおちゃんも色々あるみたいで、そういえば二人でちゃんと遊ぶのって結構久しぶりかも。ああ、そっか。もう明後日なんだ。

 楽しみだな、おでかけ!私もなんか服買おうかな~。


 るんるん気分で学校に着いた私は、その日一日、〈念話〉は繋いでくるけどだんまりなアリーちゃんに平謝りすることになるのだけど、それはまだあと1時間くらい後の話。

 急に電話かかって来て誤操作で「おh」で送っちゃったからって、そんな拗ねなくても……!


『だって今日のぶんの朝の可愛いがありませんでしたわ』


 授業中の〈念話〉でそんなこと言われたら悶絶しちゃうよ!!アリーちゃんが可愛すぎてね!!



※※※



 週末、土曜日、約束のお出かけの日。

 そういえば、久しぶりに見る、いおちゃんの私服……まあ今まで散々見てるんだけど。私の方はゆったりシルエットのパーカーにスキニーのパンツ。動きやすくてお気に入り。

 最寄り駅のロータリー前で待っていると、ふいにちょいちょい、と肩が叩かれた。


「遅れちゃったかな」

「ううん、全然!っていうか、やっぱりいおちゃんめっちゃ可愛い!最近は制服ばっかりだったから新鮮かも」

「ウチもちょっと張り切っちゃったよ」


 お母さんからは「あんたたちイメージと逆よね、私服」とよく言われる、そんないおちゃんは今日も可愛かった。オフショルでフリルが可愛いトップスにロングスカート、レースフリルのソックスに合わせのローファー。

 いおちゃんが小学生の時から大事につけている髪留めとお揃いの花飾りのついたリボンが風に揺れる。確かに、メイクもいつもより気合が入ってる感じする……!

 普段クールないおちゃんの好きなのはふりふりふわふわファッション。髪、ツインテールが似合いそうなんだけどここは編み込みお団子を譲らなくて、密かにツインテールに出来ないか私はいつも狙ってたりする。


「久しぶりに見ると、メイドさんみたいな雰囲気もあっていいね!」

「――そうだね。メイド服っていうのもいいかもね。誰かさんのお世話係で」

「……それって私のことだったりする?」

「ふふ、どうだか」


 ま、まあ確かに最近はアリーちゃんとのあれこれで失敗しがちだけど!この前もスマホによによ見られたし、授業中急に「アリ!」とか言っちゃうし、なんならアリーちゃんとの次のデートの約束に浮かれて寝不足からの寝坊で昨日は起こしてもらったけど!

 さすがにメイドさんは……ねぇ?どうなの私!!


「じゃ、出発しよ」

「あ、うんっ」


 ぽんぽんと頭を撫でられる。うう、見た目とのギャップでいつもより緊張する!

 い、いいもん。現地に着いたら私が――!

 と、言っていた時期も私にはあって、結局。


「あ、ちょっとめぐる。きょろきょろしすぎ、危ないでしょ」

「え、あっ!ありがと……」


 「ここどこ」な私は普段とは違う場所にそわそわしちゃって、都会の景色に見惚れてしまって、人にぶつかりそうになったり信号を見てなかったり。既にいおちゃんに手を繋がれてエスコートされてます。

 一瞬、挽回しようかと思ったけどいおちゃん相手だったと思い出して、全私一致で敗北を認めた……。


「いおちゃん、私の負けだよ……」

「何と戦ってたの。ほら、手繋いでてあげるから行くよ」


 こうしていおちゃんに引っ張られて、いくつかお店を回った。服やコスメ、雑貨などなど色々見て回りながらお目当ての物を揃えたいおちゃんは満足気な様子。私も一緒に見られたし、お金がたまったら買おうかな。

 その辺で見つけたスイーツを手に、てきとーなベンチでの小休止をするころには結構な時間が過ぎていた。いおちゃんと一緒にゆっくりお出かけするの、なんか懐かしい気もする。

 と言っても、春休みには旅行も言ったしおでかけもいっぱいしたんだけど。


「しっかしあれだね」

「んー?」


 私は足をぷらんと投げ出して、スイーツをはむはむしながらぼーっと返事をした。あのビルめっちゃ高いなぁとか、表は人多いけど裏通りは一気に閑散としてるなぁ、とかそんな他愛もないことを考えながら。


「めぐるとのも久しぶりだね」

「うんうん……うん!!?」


 だからいおちゃんのその言葉に私は宿題の回収直前になって家に忘れたことを思い出した時くらい、びっくりした。


「い、いおちゃん!?こ、これってデートだったの?」

「え?そうじゃないの?」

「ま、まあ……」


 蘇る、アリーちゃんの言葉。


『デートとは、想い合う恋人どうしで共に時間を過ごすことでしょう?』


 その「恋人」に目をつむれば、まあデートと言えないことも……ないかも?いおちゃんのことはその、好きだし。幼馴染!幼馴染としてね!

 それで多分、いおちゃんも……。

 で、でもっ!「恋人」じゃないし!私には彼女がいるから……!


「――青笛さんのこと?」

「え”!?」

「もしかして、笠原さんの方かな」

「それも!?」

「いや……あんた、最近恋人出来たんでしょ」


 いおちゃんが私を覗き込み、問いかける。素直に言えば「うん」なんだけど。

 いおちゃんにはアリーちゃんと友だちになったところまでは伝えてある。だからその後アリーちゃんに告白されましたって言っても問題はないはず。

 なのになんだろう、この気まずさは。


「んーまあ、このデートは幼馴染とのデートだからさ。デートって言っても色々あるでしょ」

「そ、そういうもの?」

「うん。で、どうなの?」

「うっ、やっぱりそうだよね……ええと……はい。その、私。アリーちゃんに、青笛さんに告白されて。それで、恋人になったの」

「……そっか。先越されちゃったな」

「え?」


 先?それは、えっと……?

 一緒に買ったスイーツを先に食べ終えたいおちゃんは困惑する私の手を引いて立ち上がると、背中側をくい、と親指で指して言った。


「ウチの用は終わったけど、幼馴染デート延長ってことでさ。水族館とかどう?」


 

 今度、アリーちゃんが行きたいと言っていた場所。別に、いおちゃんと行っても問題はない。でも、なんか、なんとなく。

 私は嘘をついた。


「お母さんが今晩魚だって言ってて……行くならプラネタリウムとかがいいな」

「――プラネタリウムね。そっちのがデートっぽいか。それに『ここどこ』でもあるしね」

「あっ、ふふ。そうだね」


 確かに、遠い星々を見上げるプラネタリウムは「ここではないどこか」に近づける場所かもしれない。

 そっか、とっくにいおちゃんは一緒に歩いてくれてたんだ。

 私が食べ終わるまで待ってくれたいおちゃんは、それからまた私の手を引っ張って大型商業施設へと向かった。そこにプラネタリウムがあるんだ。

 ――ベンチから離れる直前、顔を伏せたいおちゃんの口から。


「アリーチェ……」


 と、そう聞こえた気がしたけれど、それについて聞くことはついぞ出来なかった。

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