第5話 初めてのデートが楽しみだし、
私の初めての恋人、青笛アリーちゃんはゆるふわ金髪が素敵で上品なお姫様。
その正体がまさか本当のお姫様――異世界の〈精霊姫〉(アリーちゃんにせいれいが精霊と教えてもらった)だったなんて、今更ながらとんでもない話だな、と思う。アリーちゃんから話を聞かされた時、どうして私はちゃんと動揺しておかなかったのか……!
だって、それてつまり、
「私の恋人、異世界から来た女の子なんだ……」
ほとんど声に出さずに口の中だけでそう呟いてみて、ようやく実感が――いや、無理無理。
もちろん、疑うつもりはないし、教室や廊下でお姫様だっこされた時誰も私たちに気づかなかったことを、「魔法」だと説明されて納得した自分もいるけど。
アリーチェ・フェ・アオスレン。それが、アリーちゃんの本名だという。
「アリーチェちゃんって呼ぶべき……かな」
一瞬頭をよぎったのは、恋人の特別として、その名前で呼ぶべきかどうか、だった。けれどアリーちゃんは言っていた。対等な関係が欲しい、と。
今のアリーちゃんは私と「青笛アリー」として出会ったのだから、本当の名前を聞いたからと言って、呼び方を変えるべきではない、と思う。そう言い切るには、アリーちゃんの元の世界に居た頃の話もここに来た理由も、何も知らないのだけれど。
「私が恋人として出来ること、か……」
恋愛経験が全くない私に。アリーちゃんが初恋の、私に。
うう……これからちゃんと出来るかな……。
「あ、あのっ、一ノ瀬さん!」
昼休みも残り僅かの教室の中、他のグループと別の場所でお喋りをしているアリーちゃんをなんとなく眺めながら考えにふけっていた私は、目の前をぴょこぴょこ動く影に意識を持っていかれた。
「――
動く身体に合わせてゆらゆらと揺れるおさげが印象的な私の隣の席の、笠原
今朝も、今日の小テスト心配だねーとか、昨日の体育大変だったよねーとか、世間話に花を咲かせていた。こういう、なんてことない話が出来る距離感が私は心地よくて。
「あっ、一ノ瀬さんっ。な、なんか心ここにあらずだったから……えへへ……呼んでみただけ」
嬉しそうにはにかむ笠原さんの姿に、ちょっとくすぐったくなる。「ここどこ」をいつも口にしていたせいで友だちが少なかった中学時代を考えると、いおちゃん以外の友だちとの何気ないやり取りがくすぐったくて、嬉しくて。
にやにやが零れそうになるのを取り繕って、
「へへ……笠原さんっ」
……今の「へへ」はノーカンとします。
「な、なに?」
「ううん、私も呼んでみただけっ」
「……!?い、一ノ瀬さん……は、恥ずかしいね」
「う、うん」
――結局二人して赤面してしまった。
ふ、普段の私ってどうしてたっけ!?
「そ、そういえば、一ノ瀬さん」
「どうしたの?」
アリーちゃんとのことだけじゃなくて、友だちとの接し方もてんやわんやになってしまいそうな私に、笠原さんはやや声を落して続けた。
「――最近、青笛さんと仲いいね」
「ぶっ……!?」
「ぶ……?」
「あっ、いや、えっと……!」
突然の質問に思わず吹き出してしまった……お、落ち着け私!?何を動揺する必要があるというのだ。
クラスの人気者の青笛アリーちゃんと私は付き合っていて、ちょうどさっき、アリーちゃんが実はここではない異世界から来た〈精霊姫〉だって教えてもらっただけで!
――いや動揺する理由しかなくない!?
教室後方のグループと今おしゃべりしているアリーちゃん。ここの会話は聞こえないだろうけど、正直には答えられないし、かといって嘘をつくのもアリーちゃんが悲しみそうだし。
……どうしよう。
「あー……そうだ!あのね、アリーちゃ――青笛さんが学校を案内して欲しいって」
「……わたしたちもあまり知らないのに?」
そりゃそうだ!
「あっ、じゃあ、あのっ……、ぜ、前後の席だからね!」
「……あまり話してるとこ、み、見ない、けど」
確かにそうなんだよね……うう、私ももっと話したい……。
じゃなくて!なんかどんどん言い訳っぽくなって――って、笠原さん、なんかもじもじしてるような。
もし、かして。
「嫉妬、とか?」
「……!?あ、えっと……っ!?」
「あ、あの、ごめんねっ、ただその……なんとなくそうかなって」
私が思わず呟いてしまったその言葉に笠原さんは耳まで真っ赤にして、視線を下げてしまった。わ、悪い事しちゃったかな。
もう一度謝罪の言葉を、と思った所、ずい、と私の方に椅子ごと近づいて来た笠原さんは蚊のなくような細い声で言った。
「わ、わたしとはもう、お、お話してくれないかもって、思って」
「笠原さん……」
実力テストの前くらいのこと。
私としてはとっくに友だちかなって思ってた笠原さんが言ったのだ。
『わたし、と、友だちとか、いないので』
笠原さんは人見知りな性格で、人付き合いが苦手。友だちと胸を張って言える子もいなくて。絞り出した言葉の震えに、私は思わずその手を握っていた。
『いるよ――私がさっ』
後から聞いたことだけど、私みたいなタイプは得意ではないという笠原さん。でも今、出会って1か月も経ってないけど、私にとっては大切な友だちで。
いおちゃんに心配かけて、笠原さんも不安にさせて。
だめだめだ、私……ならさ!
「大丈夫だよ、笠原さん」
「えっ」
アリーちゃんに貴女の恋人だよって胸を張れるように。いおちゃんに最高の幼馴染だよって笑っていられるように。笠原さんに大切な友だちだよって自信を持って言えるように。
浮かれてへにょへにょになるのは、もうおしまいだ!
「私、何があっても笠原さんと友だちだから!優しくて、ちょっと不器用だけどいつも真っすぐで可愛くて、一緒にいて落ち着く……そんな笠原さんが大好きだから!」
「……!~~~~っ!!?」
笠原さんの手を握って、そう宣言したところでチャイムが鳴った。
「ね、笠原さん」
「……も。――き」
「ん?」
「あっ、な、なんでもないの……へ、変なこと言ってごめんねっ」
笠原さんはそう言うと慌てて私の手を離して、いそいそと授業の準備に戻った。軽く声をかけたけど、聞こえていないみたい。
つ、伝わったかな……。
若干の不安と、決意に燃える心とで忙しい私は、注がれる視線たちに気づくことはなかった。
先生が黒板に書きつける英文をノートに写す。流れて来るCDの音声に耳を傾ける。ネイティブの会話の音源が耳を滑らないように必死に聞いているところだった。
最初は雑音が脳裏に混じって、耳鳴りかな、と思って眉間を揉んでいた時。
『――ま。めぐるさま。聞こえていますか?』
「アリ――!」
がたっ、と思わず立ち上がってそう言ってしまった私は、しまった、と思った。咄嗟に、「……がとうございます、先生。いつも」と頬を掻きながら座る。
静まり返る教室に変わらず響く英会話。
「……まあ、今じゃないよね。寝てたわけでもなさそうだし……次は気を付けること」
「……すみません」
ぺこりと頭を下げた私に首を傾げながら、先生はCDの再生を再開した。
言い訳させてほしい。いや、誰だって驚くと思う。だって、頭の中に直接声が聞こえてきたんだから!
その声の主をじっと見つめていると、いつの間にか机の上に紙切れが置かれていた。そこには、「突然すみません。〈念話〉の魔法ですわ。めぐるさまも心に言葉を浮かべてくれれば、わたくしと繋がっている間は話せます」と書いてあった。
……魔法だぁ。
『めぐるさま。驚かせてしまってすみません』
再び脳裏で響いたその声に今度もしっかり驚きつつ、肩を跳ねさせる程度にとどめた。私はアリーちゃんの言う通り、心に言葉を浮かべてみた。
『アリーちゃん、聞こえる?』
『はいっ、聞こえますわ!ふふ、最初からこうしていればいつでもおしゃべり出来ましたわね……!』
『ほんとにびっくりしたんだからねっ。でも、すごい……これが、魔法なんだ』
『そうですわ。ねえ、めぐるさま!わたくし、いいことを思いつきましたの!』
普段はじっと授業を受けているアリーちゃんの肩がゆらゆらと楽しそうに揺れている。はたから見ると、教科書の英会話音源にノリノリなアリーちゃんだ。
帰国子女だと思ってたころなら、それはそれでってなるかも……?いやないか。
『いいこと?』
テレパシー?念話?で聞き返すというのも新鮮だなと思いつつ、アリーちゃんの言葉を待っていると、それからぴたりと念話が切れてしまった。私は当然魔法は使えないから、心の中で「アリーちゃん?」「聞こえてる?」「もしもし?」とか浮かべ続けてるけど。
結局数分の間返事がなくて、ただ一人で心の中で話していただけになってしまった私は、先生がプリントを配り始めたことで念話が途切れた理由が分かった。
「……ふふ」
プリントを私に回す時に嬉しそうに微笑んだアリーちゃん。その手には、プリントと一緒にまた紙切れが握られていた。もしかして、念話じゃなくて直接手書きで伝えたかったとか?
……ほんとにっ、こういうところが可愛いんだから!!
「えっと――」
そこには、こう書かれてあった。
――めぐるさま、今日の放課後デートしましょう!!
「……うぅ、好き――あっ」
誘い方といい、念話中の姿といい、私の恋人が可愛すぎてもう……もうもうほんとに!!にやけるのが止まらないんですけどっ。
私は歓喜のあまり叫び出したい気持ちをぐっとこらえて、何事もなかったかのようにプリントを後ろに回した。(にやけ顔を見られないようにしつつ)
それから、アリーちゃんなら念話をしてくるだろうと思って、「いくいく!」
「どこいこっか?」「アリーちゃんの行きたい所とかある!?」などなど心に思い浮かべ続けて。
「――め、めぐるさま。その、で、デートはだめでしたか?」
「あっ」
授業が終わってから、不安そうなアリーちゃんを全力でフォローしたのだった。
……アリーちゃん、〈念話〉は!?
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