第2話 焦って噛んじゃうし、

 後ろの席ってなんか特別感あるし、正直隣の席と同じくらい仲良くなれるんじゃないかと思っていた私は、それが全く見当違いだったことをここ一週間で思い知らされた。だって、だってだって……!


「ま、まさか挨拶以外話せないとは……」


 現在、というか入学初日以来、青笛さんの周りには常にクラスメイトたちが集まっている。初めての週末が来た今日だって同じだ。まるで、隣や後ろなど周辺の席の子に(つまり私とかに)独占させまいとしているかの如く。

 というのは多分穿った見方で、単純に絵本のお姫様みたいな青笛さんが皆大好きなのだろう。かくいう私もすっかり後ろ姿の青笛さんに毎日見惚れる日々だし、とはいえ。


「アリー!今日もとっても美しいですね……!」

「アリー、何か分からないことがあったら何でも言ってくださいね!」


 さすがにあれはやりすぎだよなぁ……と思う。

 だって、同級生だよ?クラスメイトだよ?様って呼びたい気持ちは正直頭が取れるくらい頷けるほどには分かるけど、でもなんか少し、もやっとする。近いのに遠い距離感、というか。

 ――だってお姫様なんだから。


「……よっ、めぐる。なんかあった?」

「べーつに。ねえいおちゃん、今日のお昼、私ちょっとお弁当忘れてきちゃったから購買に行ってくるね」

「んー。じゃあカフェオレで」

「はいはい」


 じゃあって何よ、ともはや思わないこの距離感、幼馴染の関係の心地よさに口元を綻ばせながら、私は教室を後にした。


「ふふ、皆さま、ありがとうございます」


 去り際、まだ一度も話したことのないクラスのと、目が合った気が、して。



 一ノ瀬めぐる、15歳。高校一年生の一週間目にして、斜に構えてしまいそうです。


「……青笛さんと話してみたいな」


 なら話せばいいじゃんと思うけど、なんというか、オーラがすごいんだ。一ノ瀬さんは後ろなんだし休み時間くらいいいでしょ感、というか。いや、勝手に感じてるだけかもしれない。

 でも入学して一週間で変に対立を作りたくないし、幸い、隣の席の子とは仲良くなれそうだし、いおちゃんもいるし、私は私のグループで穏便に「ここどこ」願望と向き合うことにしようと思う――そんな自分に納得したかったけど。


「なんだろ、この感じ」


 さわさわと、胸の奥がもどかしく、喉が渇くようなこの感じのせいで、私はまた勝手な想像に奔ってしまうのだ。青笛さんに話しかけようものならクラスでハブにされるのでは……。

 いやいや、さすがに、さすがにそれはないって。


「はぁ。私、どうしちゃったんだろ」

「――大丈夫ですの、一ノ瀬さま」

「うーん、なんか、こう、胸の辺りがもにょっとして……ウワ!?」


 あまりに自然に挟まれた言葉にそのまま返してしまった私は、つい、と声のする方に――つまり私の隣に――向けた視界に青笛さんが居て、思わず叫んでしまった(のけぞり付きで)。こ、こんな至近距離で見たの初めて……ほんとに可愛いよ……。

 ずき、と胸が少し痛む。


「ご、ごめんなさい。驚かせてしまいましたか?」

「あ、ううん。こっちこそ急にごめん。えーと……青笛さんも購買?」

「――!ふふっ、ええ、そうですわ。購買に向かう所で、一ノ瀬さまを見かけましたので、その。せっかくの前後の席なので、実は仲良くしたいと思っていまして、話す機会を伺っていましたの。だから、気分が悪そうで心配を……って一ノ瀬さま!?」


 うう、やば、やばい。

 なになになに!?青笛さんも、そう思ってくれてたの!?

 な、なんか、息が詰まるような、これは……耳も熱いし、めっちゃ恥ずかしいし。咄嗟に胸を抑えて顔を背けちゃったけど、余計に心配させてるよね。

 お、おちつつかないととと。


「ご、ごめんね何度も!えっと、その!私も!青笛さんと、その、お話とかしたいなって思ってたから!嬉しくて!ね!」

「そうだったのですね……!わたくしも嬉しいですわっ」


 ぱあっ、と花が咲くような笑顔で手を合わせた青笛さんは楽しそうに肩を揺らしていた。隣に並んで初めて知ったけど、青笛さん、同年代の平均の私よりもちょっと背が高い。

 やや見上げる位置に、ちょっとあどけない表情が躍っていて。


「くふふっ」

「ど、どうかしましたか?」

「あっ、ううん。なんでもないの」

「でも一ノ瀬さま、わたくしを見て笑っていますわ」

「う……怒らない?」

「怒りませんわ!た、たぶん」

「えっと……なんか、青笛さんを見てると、背は私の方が小さいけど、妹が居たらこんな感じかなって、思って」

「――妹、ですか」


 にこにこと私の言葉を待っていた青笛さんの表情にほんの少し、翳りが生じた気がしたけど、またすぐに口角を緩めて、言った。


「一ノ瀬さまは、不思議な方ですね」

「わ、私が?そりゃまあ、自己紹介で嚙んじゃったりはしたけど……それで不思議ってほどでも……」

「ふふ、そういうところですわ」

「え、どういう……」


 所、と続けようとした私は、手のひらを覆った熱に思考が止まってしまった。

 熱、感触、手、重なって、ふたつ……ええ!?


「あ、青笛さん!?」

「ねえ、一ノ瀬さま!わたくし、いい場所を知っていますの!一緒に来てくださいませっ!」

「あっ、あの……ええ!?」


 青笛さんはそう言うと、ずんずん歩き始めてしまった。わ、私のお昼……いやそんなことより、手、手がっ。

 うう、なんか、ほんとに……ほっぺ、熱いなぁ。

 私はされるがまま、青笛さんに着いて行くことにした――ごめんいおちゃん、カフェオレはまた今度気が向いたら買ってくるから……。



 連れてこられたのは、学校の裏門から徒歩数分の場所にあるこじんまりとした公園だった。そう言ってみると誰でも場所を知っていそうなイメージになるけど、実際は路地に挟まれて隠れ家のような配置。


「あの、青笛さん、ここは?」

「どうですの!わたくしが入学式の日に見つけた場所、静かでいい所でしょうっ」

「あー……確か、迷子って言ってたね」


 結局、下駄箱に寄ってここまで来る間(今も!)繋ぎっぱなしの手がずっとむずむずして、落ち着かない。あ、青笛さんは私に一体どんな用が……。


「ここなら、ゆっくりお話が出来ると思って」

「――え?」

「教室だと、一ノ瀬さまとお話出来そうにありませんでしたから」


 私を振り向いた青笛さんのその表情は今にも消えてしまいそうな儚さがあって、私は何も言えなくなってしまった。


「皆さま、お優しいし、わたくしに合わせてくれますが――を思い出してしまって」

「……昔?」

「いえ、気になさらないで。一ノ瀬さま、気づいていますか?」


 向かい合って、青笛さんに両手を握られた私は内心叫び声をあげてるけど、現実の方の私は多分、真っ赤な顔でじっと青笛さんを見つめるだけ。だけしか出来ない。

 半歩、私に近づいた青笛さんはが宝物であるかのように、目を細めた。


「一ノ瀬さまだけですわ。わたくしと対等に接してくれたのは」


『アリー!』


「あ……」

「皆さま、わたくしの呼び方にならってくれているのだと、頭では分かっていますし、わたくしだけ、皆さまと同じがいいと言うのがわがままなのも分かっています。それでも――ただの高校生で居られるここでなら、とどこかで思ってしまったのです」


 青笛さんが言っていることはよく分からなかった。それに、たぶんいおちゃんとかも普通に「青笛さん」とか、何だったら「アリー」とか言いそうだし。

 でも確かに、いおちゃんが青笛さんに話しかけてる所見たことないな、なんて。


「――傲慢と、そう言ってくれて構いませんわ」

「青笛さん……」


 でも、これだけは分かったよ。


「そんなこと言わないよ」

「えっ」

「私だって、青笛さんと話したかったけど、周りの空気が怖くてずっと避けてたから。それでちょっと不貞腐れそうになったし。私の方こそめんどくさい性格だよ」

「――ふふ。似たもの同士ですわね」

「ええ!?ど、どこが……私なんか」

じゃありませんわ、一ノ瀬さま――いえ、さま」


 きっと、色んな事情があるんだろう。私には察することも難しいものが。

 その中に、青笛さんが大事にしているものがあって、皆と対等にありたいと思っているのに曲げられない在り方が、それだと言うなら。


『そういうの、ちょっと痛いよね~』


 ――私は。


「そっか。同じだったんだね……

「……め、めぐるさまっ!?」

「あ、だめだった?」

「い、いえ、その……いきなりで、驚いて」

「そっか。良かった!ねえ、アリーちゃん」


 今度は私からずい、と近寄ってみると、やっぱり私よりも高い位置にある顔がふにゃっ、と赤く溶けて、ああ可愛いなって思って。

 この胸の疼きの正体に、私はようやく気付いたんだ。


「私と、友だちになってよ!」


 私は、たぶん、この子に一目惚れしたんだと思う。


「……ふふっ、はいっ、よろしくお願いします、めぐるさま!」


 アリーちゃんの笑顔はこの日一番柔らかくて、あの日感じた始まりがようやく動き出したんだなって、私は期待に心が綻んだ。


 ――ちなみにこのあと普通に二人してお昼食べられなかったし、私と一緒に食べられないばかりかカフェオレもなかったいおちゃんにデコピンされた。痛いのになんだか嬉しくて笑ってたら「こわ」とか言われた。うるさいやい。

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