イケオジデレラ

雨蕗空何(あまぶき・くうか)

イケオジデレラ

 むかしむかしあるところに、イケオジデレラという名前の、ダンディで彫りの深い顔立ちとエロティックな細い指を持った、イケオジがおりました。


 イケオジデレラはイケオジ義兄と二人で暮らしており、いつもイケオジ義兄にいじめられていました。

 与えられる服はいつも第一ボタンの取れたくたびれたワイシャツで、イケオジデレラはそれを着て、毎日イケオジ義兄のためにサラダに岩塩とオリーブオイルをかけていました。


 ある日、イケオジ義兄はスポーツジムから帰ってくると、汗のにおいをただよわせながら言いました。


「イケオジデレラ。俺はイケオジ王子が主催する日焼けサロン大会に行く。おまえは一人で留守番して、俺のサラダに岩塩とオリーブオイルをかけていろ」

「そんな! にいさん。僕も日焼けサロンに行きたいです」

「あ?」


 イケオジ義兄はイケオジデレラを壁に叩きつけると、ワイシャツの第一ボタンが取れてはだけている胸元に指を突きつけました。


「ふざけたことぬかすなよイケオジデレラ。おまえの肌は世のイケオジにさらす価値があるとでも思ってんのか? おまえは一生家にこもって、俺のサラダに岩塩とオリーブオイルをかけてればいいんだよ」

「そんな……」


 イケオジ義兄は聞く耳を持たず、ドレスコードの黒いブーメランパンツと金のネックレスを身につけて、さっそうと日焼けサロン会場であるお城へと向かいました。

 イケオジデレラは一人残され、ため息をつきます。


「僕も日焼けサロンに行きたいな……けれどブーメランパンツもないし、誰に相談することもできません」

「アタクシがいるわ!」

「どなたですか!?」


 逆光を浴びて窓をぶち割り飛び込んできたのは、あでやかなメイクでめかし込んだイケオジ美魔女でした。

 イケオジ美魔女はイケオジデレラにびしりと指を突きつけて、バチコーンとウインクしました。


「アタクシの魔法で、あなたを日サロに降臨する一輪の薔薇に変えてあげるわ! イッツマジコーゥ!」

「これが、僕……?」


 イケオジ美魔女のメイクという名の魔法によって、イケオジデレラはブーメランパンツとネックレスが似合う、破滅的色気をまとった絶世のイケオジに変身しました。


「さあ行くのよイケオジデレラ! サンオイルは残念ながら持ってないからあなたの愛用のオリーブオイルを使ってちょうだい!」

「ありがとうございますイケオジ美魔女さん! 後で割った窓の弁償してくださいね!」


 イケオジデレラはイケオジ人力車に乗って、お城に向けて突き進みました。




 さて、ところ変わってお城の中、日焼けサロン大会会場です。

 会場にはさまざまなイケオジが、みな一様に黒いブーメランパンツと金のネックレスを身につけて、ひしめき合っています。


 右を見ても、ブーメランパンツとネックレスのイケオジ。

 左を見ても、ブーメランパンツとネックレスのイケオジ。


 そんな様子を見て、大会の主催者であるイケオジ王子は満足そうにうなずきました。


「うむ、壮観だな。これだけイケオジがたくさんいれば、きっと私の気にいるイケオジがいることだろう」

「さようでございますね、王子」


 イケオジ王子の横で、イケオジ執事はうやうやしく頭を下げました。

 そんなイケオジ執事ですが、イケオジ王子がイケオジたちに品定めの熱い視線を送るたび、ひそかにくちびるを噛んで湿度の高い目でイケオジ王子を見ているのを、イケオジ王子は知りません。


 さておき、イケオジたちを品定めしていたイケオジ王子は、一人のイケオジに目をとめて、声を上げました。


「なんだ、あのダンディで彫りの深い顔立ちとエロティックな細い指を持ったイケオジは!」


 イケオジ王子だけでなく、会場のイケオジたち全員が、その一人のイケオジに目を奪われていました。

 そこにいたのは、そうです。イケオジデレラです。

 こんなに派手な場所に出てきたことのないイケオジデレラは、恥ずかしくなって腕で体を隠してもじもじしていますが、それがむしろたまらなくセクシーでセンシティブでデンジャラスでした。


 周りのイケオジたちは色めき立ちます。


「おいおい、見ろよあのイケオジ、なんて彫りの深さだ! サロンの光を受けて陰影がくっきりできて、まるで世界の光と闇をその顔面だけで体現してるみたいじゃないか!」

「それよりあの指の長さ! 日時計みたいに長い影を作って、この世の時間という時間をその手の中にひとりじめにする気か?」


 周りのざわめきに、イケオジデレラはとまどいます。

 そんな中で、イケオジ王子がすっとイケオジデレラに近づいて、そのエロティックな手を取りました。


「美しいイケオジゼル。よければ私とご一緒しないか」

「えっ、僕……ですか?」

「ああ。きみだ。きみと私、二人で一緒に」


 イケオジ王子が指を鳴らすと、イケオジ執事は淡々とテーブルセットを用意しました。テーブルには、サラダの皿が置かれています。


「サラダに岩塩とオリーブオイルをかけようじゃないか」


 そうして二人は、二人でサラダに岩塩とオリーブオイルをかけました。

 周囲のイケオジたちがどよめきました。というのも、イケオジデレラのオリーブオイルさばきはあまりにも華麗だったのです。どんなに高いところからオリーブオイルをかけても、瓶には液だれひとつ残りません。

 そして、その様子を見るイケオジの中に、イケオジ義兄もいました。


「イケオジデレラ!? どうしてここに……しかも王子のサラダに……俺以外のサラダに、オリーブオイルをかけてやがる……」


 イケオジ王子はそのテクニシャンぶりに感激し、イケオジデレラの手をぎゅっと握って言いました。


「素晴らしい。美しいイケオジゼル、ぜひともこれからこの城で暮らし、毎朝私のサラダにオリーブオイルをかけてくれないか」

「僕は……」


 イケオジデレラは言いよどみました。


 そのときです。壁にかけられたイケオジ鳩時計が、低音ボイスで「夢から醒める時間だぜ……」とささやきました。

 イケオジデレラはハッとしました。


「いけない! 早く帰らないと、近所のスーパーが閉まってにいさんのサラダの材料が買えません!」

「待て! どこへ行くんだ美しいイケオジゼル!?」


 イケオジデレラはイケオジ王子の止める声も聞かず、一目散に駆け出して帰っていきました。

 そのときゴトリという音とともに、何かが床に落ちました。王子が拾い上げると、それはイケオジデレラが愛用する、オリーブオイルのガラス瓶でした。

 そのガラス瓶を胸にかかえて、イケオジ王子は心に決めました。


「美しいイケオジゼル。私は必ずきみを探し出して、私のサラダにオリーブオイルをかけさせるぞ」




 翌日、イケオジ王子は街を練り歩き、ガラス瓶をかかげて宣言しました。


「このガラス瓶を使ってサラダに華麗にオリーブオイルをかけられるイケオジを探している! 見事に液だれひとつさせずオリーブオイルをかけられたイケオジは、私のサラダにオリーブオイルをかける係として一生を城で面倒見ることを約束しよう!」


 街のイケオジたちは色めき立って、われ先にとサラダにオリーブオイルをかけるチャレンジをしました。

 けれどイケオジが十人挑戦しても、五十人挑戦しても、百人挑戦しても、誰一人として液だれをさせずにかけることができません。それどころか、無理に高いところからオリーブオイルをかけようとして、失敗して自分の体にぶちまけて、ヌルヌルでギトギトのオイルまみれイケオジを量産するばかりです。


 結局、このチャレンジは、オリーブオイルを大量消費して、すぐに瓶がからっぽになって近所のスーパーで買い足して、そうして地域経済を活性化させるだけでした。


 そんな街のさわぎの様子を、イケオジデレラは家の中からながめていました。


「王子様、あれは僕を探してるんだな……でも……」

「行けよ、イケオジデレラ」

「にいさん!?」


 イケオジ義兄がイケオジデレラのワイシャツをぐいっとつかみ、玄関まで引っ張りました。


「言いつけを破って勝手に日焼けサロンに行ったおまえのことなんてもう知らん。そんなに家から出たいなら、好きに出ていって城でもなんでも面倒見てもらえるところで勝手に幸せになってやがれ」

「待ってくださいにいさん! 僕は……」


 イケオジ義兄は聞く耳を持たず、ドアを開け放つとイケオジデレラを押し出しました。

 イケオジ王子が、その姿を見つけました。


「きみは、昨日の美しいイケオジゼル! 見つけたぞ!」


 イケオジデレラは今日はメイクをしていませんが、別人に見えるほど濃いメイクをしていたわけでもないので、イケオジ王子は見れば分かります。じゃあオリーブオイルチャレンジする必要なかったですね。

 ともあれ、イケオジ王子はイケオジデレラの手を取り、その隣でイケオジ執事が嫉妬の目を向けるのにも気づかず、熱い言葉を送りました。


「探したぞ、美しいイケオジゼル。さあ私とともに城に来たまえ。一生を不自由なく過ごさせてやろう」

「僕は……」


 イケオジデレラは言いよどんで、それから目をそらして、首を横に振りました。


「ごめんなさい、王子様。僕は城には行けません。僕には僕のいたいと思う居場所があります」

「あっ、美しいイケオジゼル!?」


 イケオジデレラはイケオジ王子の手を振りほどいて、自分の家の前、そこに立つイケオジ義兄の正面へと、走り寄りました。

 予想していなかった行動にびっくりするイケオジ義兄に対して、イケオジデレラは言いつのりました。


「にいさん。僕はにいさんと一緒に過ごしたいです。日焼けサロンに行ったのも、僕はにいさんの近くにいたかったからなんです」

「何を、イケオジデレラ……俺はおまえに、いじわるばっかりしてるんだぞ……」


 たじろぐイケオジ義兄の手を、イケオジデレラはそのエロティックな手でもってして握りました。


「知っていますよ、にいさん。僕を派手な場所に連れ出さないのも、僕にくたびれたワイシャツしか着せないのも、すべては僕に悪いイケオジが寄りつかないようにするためなんですよね」

「そんなこと……」


 イケオジ義兄は目をそらして、もごもごと口ごもりました。その間も、イケオジデレラはほほえんで、イケオジ義兄にまっすぐな目を向けています。

 やがてイケオジ義兄は、吐き捨てるように言いました。


「勘違いしてんじゃねえ! そりゃおまえは純真すぎるしぽわっとしてるし、そのくせ色気だけは人一倍ありやがるから、いつか悪いイケオジにだまされやしないかヒヤヒヤしてたさ! けどな、俺がいじわるをしてたのは、おまえを守るためとかそんなんじゃねえよ!」


 そしてイケオジ義兄は目をそらしたまま、顔をほんのり赤らめて、ぼそりと言いました。


「おまえをずっと俺のそばにいさせて、ひとりじめしたいって思ったからだよ……」


 イケオジデレラはそれを聞いて、花が咲くように笑顔をほころばせました。


「ずっと一緒にいますよ! ずっとにいさんのそばにいて、にいさんのサラダにオリーブオイルをかけ続けます! 明日もあさっても、その先も!」

「はんっ! 言ってろ! 王子の誘いも蹴っちまって、もう俺以外誰もおまえの面倒なんて見やしねえよ! オリーブオイルをかけようがかけまいが、おまえの世話は一生俺のものだからな!」

「はい! よろしくお願いしますね!」


 二人の様子は仲むつまじく、背景に薔薇の花が咲き乱れるように見えました。そうして二人は家の中に戻っていってドアを閉めて、誰からも見えなくなりました。

 そんなイケオジデレラたちから取り残されたイケオジ王子は、もの悲しげにふっと笑いました。


「そうか。きみにはもう、大切な人がいるのだな、美しいイケオジゼル」


 イケオジ王子の後ろで、イケオジ美魔女が神妙に言いました。


「運命のイケオジは、どこか遠くのロマンスじゃゃなくて、ずっと身近にいるものなのかもね」

「誰だきみは」


 ともあれイケオジ王子は、すっと顔を引きしめて、イケオジ執事に向き直りました。


「だが、そうだな。私も遠くばかり見ていないで、もっと身近なところを見なくてはいけないのかもな。なあ、イケオジ執事よ?」

「イケオジ王子……」


 二人は熱い視線で、見つめ合います。この二人の背景にも、真っ赤な薔薇が咲き乱れるようです。


 こうして、イケオジデレラはイケオジ義兄と、イケオジ王子はイケオジ執事と、幸せに暮らしました。

 そしてイケオジ美魔女は、経営するスーパーがオリーブオイル特需のおかげで売り上げが激増し、そうして得た収入で壊したイケオジデレラの家の窓を弁償したのでした。

 めでたし、めでたし。

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