氷魚の読書感想文

氷魚

中島敦『李陵・山月記』

「光と風と夢」

持病を抱えた主人公が、執筆活動の傍ら島のための活動をする。その中で彼は物語作家として覚醒していく。そして、覚悟していた死を迎える。ジャンルは伝奇小説だと考えられる。

人徳的をテーマにしているような気がするが、実際は違う。語り部が死ぬ。これを真のテーマにしているのではないか。そうすることで、読者の共感を呼んでいる。

風景の描写と主人公の心情をうまく表現している。そこが魅力的なポイントでもある。また、物語を完成させようとする作家としてのプライドも感じられた。圧倒的伝奇小説である。


「山月記」

名作中の名作!!

不条理な運命をテーマにした作品である。『人虎伝』から引用した部分もあるが、中島敦らしいアレンジ創作が際立っている。

臆病な自尊心と尊大な羞恥心。この二つに呑まれてしまったら虎になってしまうのだと李徴は言った。

自分の中にいる虎に呑まれる前に、詩を残す。彼の詩人としての最後の詩を。皮肉にも感じる。詩人としての実績をこれまでに残せなかったのに、虎になった時に素晴らしい詩を残すのだから。

最友人である袁傪に醜い自分を見ないで欲しいと、李徴は思ったに違いない。

なんとも切なく、儚い物語だろう。


「弟子」

町の荒くれ者だった子路は偉大な思想家である孔子の尊大さを知り、弟子となる。

彼は気になることがあったら、すぐに孔子に質問をするような弟子であった。孔子に気を遣わない珍しい性分の彼を孔子は気に入っていたようにも見える。

孔子が理性の人で、子路は感情の人であった。堅苦しいこの物語を柔らかくする効果を与えている。人間味のある主人公だ。

最後まで孔子のことを思い、死んでいった子路の生き様はかっこいいのであった。


「李陵」

李陵は戦で、敵である国に向かい好戦する。しかし、敵に捕らわれてしまう。月日が経った頃、間違った噂が李陵の国に広まる。その噂を信じた国王は彼の妻子を皆殺しする。

悲劇に愛された主人公のようである。李陵を擁護する者が次から次へと殺されていく。

李陵は頭を使って、蘇武は考えずに首を差し出した。この行動の差が後の出来事に影響を及ぼす。

李陵はひどく弱い人間です。しかし、人間らしくもあります。


「悟浄出世」

西遊記の登場人物でもある悟浄の話。妖怪界に住む、「自分とは一体何だ?」という悩みを持つ妖怪らしくない悩みを持つ。

彼は賢人の元へ行き、教えを乞おうとするが納得する答えがないまま彼は帰路につく。その日の夜、観音菩薩とその弟子が彼の前に現れ、啓示をする。その啓示を信じようと悟浄は、3人の僧と共に旅を出る。

登場する賢人がとても魅力的である。妖怪界の賢人もいれば、人間界の賢人もいる。それぞれの異なる考えがあって、それが実にユニークだ。細田守監督作品「バケモノの子」に登場する賢人のモデルになっている。

悩みが解決しないまま、物語は終わっている。


「悟浄歎異」

上の物語の続きで、旅する中で悟浄が他3人の様子を語っている。

悟空のことを本物の天才だと思っており、見本にするべき人だと認めている。

三蔵法師はうちなる尊さが弱さを包み込んでいる。

八戒はこの世全てを愛する生き方をしている。

いずれも悟浄にはないものであり、そんな彼らを誇りに思い尊敬していた。

悟浄は自分の悩みがひどく小さいもののような気がし始め、少しだけ楽になったのかもしれない。悩みは解決しない。道は果てしなく遠い。それでも、彼は永遠に答えを探し続けるだろう。

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