第21話 復讐の果てに

「……ところでさ、先生。その……一つ、お願いがあるんだけど……」

「うん、どうしたのかな優月ゆづきちゃん」



 それから、少し経過して。

 美波みなみ話題はなしが一段落し、他愛もない話を挟んだ後、少し逡巡しつつそう切り出してみる。すると、果たしていつもの柔らかな微笑で応じてくれる先生。そんな彼に対し、少し躊躇いつつゆっくりと口を開いて――



「……その、今回のことで、嫌いにならないであげてほしいんだ……浦崎うらさき先輩のこと」

「……優月ちゃん」


 そう言うと、私のを真摯に見つめ呟く芳月ほうづき先生。何の話かと言うと――まあ、言わずもがなかもしれないけど、あの夜の事件けんに関してで。


 あの日の翌日、浦崎先輩は出頭――即ち、自首をしたとのこと。だけど、さほど驚きはなかった。だって、彼女は――私の知るあの明るく優しい先輩は、罪に手を染めたまま平気でいられる人間ひとじゃないから。


 そして、そんな彼女を見捨てるつもりなど毛頭なかった。数日後、目覚めた先生と共に嘆願書を検察庁へと送付した。本件の加害者、浦崎真歩まほに対する寛大な処分を望むとの旨を記した嘆願書を。……まあ、それでも罪自体を完全になかったことにすることまでは叶わないんだけど。


 それでも、一定の効果は見込めたようで。彼女がまだ17歳――未成年であることに加え、被害の元々の対象たる私と、実際に被害を受けた先生の二人からの嘆願ということで、彼女に対する処分は同様の事件における処罰よりも相当に軽いものとなる見込みで。

 幸い、まだ未成年ということで名前が公表されることもないし、そういう意味では再スタートもそれほど難しくないだろう。



 だけど、もちろんそれは表面上の話――再スタートを切るにあたり、精神面がブレーキをかけてしまう可能性は大いにあって。だから、苦しい時は惜しみなく手を差し伸べるし、きっと先生も同じ気持ちでいてくれてると思う。それが、私が彼女のために出来ることであり――また、義務だとも思うから。


 ……だって、繰り返しになるけど私は知ってたわけだし。浦崎先輩の、私に対する感情――そして、私に近づいたその目的も。


 そして、もう少し具体的なことも。例えば、あのタイムセールの日――私があの弱気なストーカーさんに声を掛けたあの日、実はもう少し奥の方で先輩が付けていたこととか……佐伯さえきくんに告白された時、私が彼に言ったことを美波に伝えたのが彼女だったり。


 まあ、後者こっちに関しては、恐らく偶然仕入れただけなのだろうけど。先輩にとって、ストーカーのようなリスクを犯してまで手に入れるべき情報ものでもないだろうし。それを美波に話したのも、あわよくば私を恨んでいる人間の心当たりを私の中で勝手に広げてくれたら、多少なりとも計画がスムーズに進むかも、くらいの狙いでしかなかっただろう。



 さて、少し話は逸れちゃったけど……先輩のことを嫌いにならないでほしい――そう言ったものの、自身が刺されたことでこの先生ひとが先輩を恨んでいるとは全く以て思っていない。そもそも、本来あの事件けんにて刺されていたのは私であり彼ではない。なので、自身が刺されたことを理由に彼女を恨むのは流石に筋違いと言えるだろうし、彼はそういう人ではない。


 だけど、私のこととなると話は別。思い上がっているつもりはないけど……それでも、彼が私のことを頗る大切に思ってくれているのは事実。そして、それはあんなふうに身を挺して護ってくれたことからも明らかで。だから、私のために彼女を許せないでいる可能性までは否定でき――



「……大丈夫だよ、優月ちゃん」


 そんな懸念の最中さなか、木洩れ日の如く柔らかな声が降りてくる。顔を上げると、そこには声音こえに違わぬ柔らかな微笑の芳月先生。それから、再びゆっくりと口を開き言葉を紡ぐ。



「……そもそも、君のことを考慮に入れても、僕が浦崎さんを責めるのはお門違いだ。今回の件は、僕の責任でもあるわけだし。だから彼女を嫌うはずもないし、今回の件が原因で彼女の大切な気持ちを拒む、なんてつもりも一切ないよ」

「…………先生」


 そんな先生の言葉に、心がじわりと熱を帯びるのを感じる。先生らしい、暖かな言葉の熱が優しく心を包んでいく。うん、それでこそ私の知ってる先生だ。それでこそ、私の――



「……優月ちゃん?」


 すると、驚いた様子で尋ねる芳月先生。それもそのはず……ふと立ち上がったかと思ったら、さっと彼との距離を詰めたのだから。そして――


「……っ!?」


 ――刹那、時間ときが止まる。卒然、私が彼の唇を塞いだから。


 その後、重ねること暫し。名残惜しくもそっと唇を離すと、そこには呆然とした表情かおの美男子が。そんな様子が可笑しくて、可愛くて思わずクスッと声が洩れる。ともあれ、そんな彼へゆっくりと口を開いて――



「――ねえ、先生。私のこと、好き?」

「…………それは」


 そう問うと、少し目を逸らし呟く芳月先生。だけど、その頬は見紛いようもないほど朱に染まって。まあ、それはさっきのあれが原因かもだけど……まあ、どっちでも良いよね。どっちでも嬉しいし。


 ただ、それはともあれ……まあ、答えられないよね。それは、ただ単に現在いまの立場――教師と生徒という立場が原因なのかもしれないし、はたまた別の理由が潜んでいるのかもしれない。自分には、生涯がないとでも思っているのかも。



 でも……うん、悪いけど、私は引かないよ? 貴方がどんな葛藤を……罪悪感いたみを抱いていたとしても、私は引いてあげないよ? 


 だって、もう知っちゃったから。貴方が、私に対しどんな想いを抱いてくれているか……もう、ほぼ確信に近い精度で知っちゃったから。だから――



「……優月、ちゃん……」


 そっと、彼の頬に両手を添える。そして、吐息が絡まるほどの距離――もう、抑えきれないくらいのその距離で、囁くようにそっと口にする。



「――これが、私の復讐だから……覚悟しといてね、先生?」




 

 

 



 


 



 

 

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復讐の果てに 暦海 @koyomi-a

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