第2話 恩人
「――ところで、
「ううん、私は大丈夫。それとも……嫌? こうして、私が勝手に先生の分も作るのが」
「あっ、ううんそうじゃない。さっきも言った通り、僕としては本当に有り難いしとても嬉しい。……ただ、優月ちゃんが大変じゃないかなって思っただけで」
「……そっか、それなら良いんだけど。とにかく、私のことは気にしないで。先生の方がずっと大変なんだし、私が好きでやってるだけなんだから」
「……そっか、君がそう言うなら……ありがとう、優月ちゃん」
それから、15分ほど経て。
そんな、もう幾度交わしたかも知れないやり取りを交わす私達。ほんと、相変わらずだなぁ先生。別に気にしなくて良いのに。先生の方がずっと大変なんだし……それ以前に、先生は私の恩人なのにね。
――あれは、もう七年も前のこと。
『――もし、嫌でなければ……僕と一緒に暮らさないかな、優月ちゃん』
『…………へっ?』
ふと、そう尋ねる秀麗な男性。教師になってまだ二年目の、若き日の
ともあれ、そんな私達のいるのは静謐とした小さな市民公園――その一角にて、なんとその日に知り合ったばかりの人と暫く話をし、このような突飛な展開に至ったわけで。……うん、自分で言ってて意味が分かんないけど。
さて、それまで――例の衝撃発言の時点で、ある程度打ち解けていたとはいえ……流石に、はい是非ともと受け入れられる話ではないだろう。そもそも、保護者にどう説明するんだという話だし。
だけど、私は
ともあれ……ならば、この件を親に報告し、なおかつ承諾を得なきゃならないという難題に直面することとなるのだろう。そう、本来ならば。
だけど、果たしてその心配は杞憂だった。そもそも、もう私に両親はいない。私が七歳の頃、交通事故で二人とも帰らぬ人となったから。
その後、独りになった私を母方の伯父夫婦が引き取ってくれることとなったが……私自身は、ただの厄介者でしかなかった。端的に言えば、彼らはただ両親の遺産目当てで私を引き取ったに過ぎなくて。
であるからして、私を引き取りたいという旨を先生が伯父夫婦に話すと、彼らは喜んで――まあ、流石に表面には極力出さないよう繕っていたみたいだけど――ともあれ、喜んで先生の申し出に承諾した。
これぞ、棚から牡丹餅――彼らからすれば、何の労もリスクもなく厄介者を追い払えた上に、先生から謝礼までもらえたのだから心の中はたいそう歓喜に満ちていたことだろう。あの日は盛大に宴会でもしてたかもね。
ともあれ――そういうわけで、その日から彼と私の生活が始まった。血縁どころか何の縁もない赤の他人、更にはその日に会ったばかりの二人による、ひとつ屋根の下の生活――そんな、何とも思いも寄らない人生が突如幕を開けたわけで。……いや、まあ予想してたらそれはそれで驚きだけど……自分に。
「……うん、すっごく美味しいよ優月ちゃん。特に、このアクアパッツァ。アサリとバジルが、全体の風味をすごく引き立てていて」
「……そっか、良かった」
先生の帰宅から、およそ一時間後。
円卓にて、花の咲くような笑顔で称賛をくれる芳月先生。……ふぅ、良かった。初めて作ったけど、上手くできたみたい。まあ、仮に美味しくなくても、先生なら笑顔で褒めてくれるんだろうけど。
「……へぇ、素敵な曲だね」
「ふふっ、でしょ? でも、ほんと最近の曲とか全然知らないよね先生。まあ、私もだけど」
それから、数十分後。
夕食を終え二人でさっと食器を洗った後、リビングにてまったりそんなやり取りを交わす私達。具体的には、帰り道にて
ところで、私の――学生の本分たる勉強の話を家ですることはまずない。それは、家でまで勉強の話など息が詰まるだろうという先生の気遣い――という理由もないではないかもしれないけど、恐らくは最たる理由は別にあって。
とは言え、何ら重々しい理由でもなく――ただ、立場上の問題かと。改めて言うまでもないけど、彼と私は教師と生徒――家でまでその方面の会話を交わすことで、他の生徒との間に不平等が生じる可能性が考慮しているからだろう。……全く、こういう律儀なところも先生らしいね。
尤も、それで困ったことがあるかと言えばそうでもないけど。繰り返しになるけど、私達は教師と生徒――即ち、学校でならその方面に関して幾ら尋ねてもちゃんと応じてくれるわけだし。
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