バベル・オブ・ファンタジー~天使の卵~
井道スイ
第1話
1人の男が目を閉じて剣を握っていた。 風が男の髪を揺らし、静かな時が流れる。
その時、一瞬ではあるが穏やかな風の動きが変化したのを男は感じた。
男は剣を振い、確かな手応えを感じる。 目を開けると林檎が真っ二つに分かれて地面に転がっていた。
「おい、マジかよ。ケインの奴、本当に斬りやがった……」
剣を振った男の名前はケイン•ランカート。 彼は剣を鞘に納めると周りの男達に近づく。
「賭けに勝ったぞ。さぁ、金を寄越しな」
ケインは男達とある賭けをしていた。
それは目を開けずに林檎を斬る事ができるかという賭けである。
2つに分かれた林檎が地面に転がっている。 男達は渋々、財布を出して銀貨をケインに与えた。
「へへ、次は連続で3つの林檎を目を閉じて斬るけど賭けるかい?」
「そんなことをしている暇があるのか」
その時、ケインの頭に拳がはいる。 彼は痛みに顔を歪めて座り込んだ。
「痛てぇな!誰だ……よ」
背後を振り返ったケインはその人物を見て顔が引き攣る。
そこには立派な髭を蓄えた男が腕を組み、ケインを睨みつけていた。
「ど、どうもライト兵長。今は休憩中でして……」
「馬鹿モン、お前の休憩はとっくに終わっているわ!!さっさと持ち場に戻らんか!!! 」
ライト兵長に尻を叩かれ、ケインは走って村の正門まで向かった。
ケインはレンベル村を守る衛兵の1人である。 50人にも満たない小さな村ではあるが安全のために村の周りを木の壁で囲っていた。
森の中にあるレンベル村は魔獣に襲われやすい為である。 衛兵の主な仕事はその木の壁を守る事であった。
「また、ドヤされたのかい?」
村の門に着くと衛兵のマリッゾがケインに笑いかけた。
「全く……付いてないぜ。兵長は村の外に向かうとか言ってなかったか?」
「ああ、この頃街道に狼が出没して村人が迷惑してるからな。奴らの巣を駆除しに行くらしい」
「マジかよ!俺も行くぞ!!」
「やめとけ、今日は一日中、門の警護だろ」
兵長の元へと帰ろうとしたケインをマリッゾは捕まえる。
「おい、誰か来るぞ」
見張り台にいた衛兵がケイン達に伝えた。
ケインはため息をつき、門に近づく。 門には小窓が付いており、村の外の様子を覗く事ができた。
見張り台の衛兵の言う通り、2人の女性がこちらに向かって来るのが見える。
彼女達は門の前で立ち止まった。
「何者だ、この村に何の様だ?」
ケインはまじまじと彼女達を見る。
1人は黒いローブを羽織り、もう1人は甲冑を身に付けていることから一目で護衛だと分かる。
「レグステ城を目指しているんだが些か遠くてね。休息の為、立ち寄ったんだよ」
ローブを羽織った女性が進み出てケインの問いに答えた。
「レグステ城?まだかなり距離があるぞ。馬車は使わないのか?」
「まぁ、こっちにも色々事情があるんだよ」
「馬車を使った方がいいと思うけどな。まだ山を2つ越えなきゃならないし」
ケインが親切心で助言をしていると痺れを切らした護衛の女騎士が進み出る。
「貴様、早くこの門を開けたまえ。このお方は[風の大魔法使い]レジーナ•モラレス様だぞ」
「魔法使い!?」
ケインは魔法使いを初めて見た為、思わずレジーナを見つめる。
彼は魔法使いと聞くと高齢の老人をイメージしていた。
しかし、目の前にいるレジーナは20代の若者に見える。
「何を揉めているんだ」
振り返るとそこには衛兵を5人連れたライト兵長が立っていた。
完全武装をしているのを見ると、狼の巣を駆除しに出立するところである。
「魔法使いが来ています」
「魔法使いだと?珍しいな、通せ」
門を開け、レジーナと女騎士を招き入れた。
「重装備だね。戦争でもするのかい」
レジーナはライト兵長とその背後の衛兵達を見て尋ねた。
「近頃、街道で狼が人を襲っているので巣を駆除しようと思いまして」
「そうか、私も手伝おうか?」
レジーナの言葉に女騎士は驚いた表情を見せる。
「レジーナ様、お言葉ですが魔力の消費は極力避けるべきなのではないでしょうか。ましてやこんな田舎の村の為に魔力を使うなど……」
「おい、ちょっと言い過ぎじゃないか」
女騎士の発言にケインは苛ついた。
女騎士は剣を抜くとケインに刃を向ける。
「馬鹿!よせ!!」
すかさずライト兵長はケインを押さえる。
「こいつは新入りでして生意気なところがあるんです。宿屋には北方の酒を各種取り揃えておりま して村の奥にありますよ」
ケインは必死になって女騎士に暴言を吐こうとするもライト兵長に口を塞がれて話せなかった。
「それは楽しみだ、行くとしようか」
レジーナは目を輝かせて宿屋へと向かう。
女騎士はケインを睨みつけると剣を鞘へと戻した。
「もっと教育に力を入れることだな、兵長殿」
レジーナに続き、女騎士も宿屋へと向かった。
「なんだよ、あの態度!兵長、なんで止めたんすか?」
「落ちつけ、奴は魔導騎士だ」
「魔導騎士?」
ケインが首を傾げたことにライト兵長はため息を吐く。
「お前、何にも知らないんだな。天使の討伐を依頼された魔法使いに1人、護衛の剣士が付く。そ れが魔導騎士だ」
「魔法使いって強いんすよね、なんで護衛なんか付けるんですか?」
「さあな、魔力を極力使いたくないんじゃないか」
ライト兵長は話し終えると狼の巣を駆除する為、村を出た。
ケインは見張り台からライト兵長の姿を眺めている。
ライト兵長は歴戦の戦士だった為、心配することはなかった。 しかし、ケインは何か嫌な予感がする。
「大丈夫だよな……」
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