第34話
斉藤センパイが花のマークをタップすると、光沢のある黒い花弁が舞い散りドレス姿になった。LEDライトに照らされて、全身に絡み付くリボンが金属質の光沢を放つ。マップを睨みつけるセンパイの眉間にぎゅっと皺が寄る。
「あの、センパイ。電車でセカイに入るって」
「無いね。今まで、学校だけ」
そういえば前にも聞いた気がする。オレのセカイと繋がったあの日まで、無限廊下の学校だけだったって。しばらく考え込んでいたセンパイは、画面隅の猫のマークをタップした。
「やあ。こんばんは」
網棚の上からメフィが降りてきた。まるでずっとそこにいたかのように自然に、するりと座席の上で丸くなる。
「メフィ。今、どうなってるの?」
「曖昧な質問だね。セカイに入った、という答えで満足かい?」
「電車っていうのは初めてなんだけど」
「場所は変わったけれど、やることは一緒だよ。アクイを倒せばいい。何も変わらないさ」
メフィとは視線をあわせず、センパイは険しい顔で隣の車両を窺っている。まっすぐに延びる線路を進んでいるように、連結部からは遥か遠くの車両まで見通せる。合わせ鏡の中にいるようで、何だか気持ち悪い。
「なぜ電車でセカイに入ったの?」
「相変わらず曖昧な質問だけれど、君達に分かるように説明するならセカイが広がった、というところかな」
「広がった?」
「本来繋がるはずのない君達二人のセカイが繋がり、関係を持った。それがセカイを拡張しているんだ」
「ええと……それは、つまり」
センパイは言い終わる前に右手を振り、錆び付いた大剣を握りしめた。後ろの車両から、何かが飛び跳ねながら近付いてくる。バランスの崩れたマスコットキャラのようなそれがこの車両の扉を開ける前に、センパイが跳ねた。
狭い電車の壁ごと切り裂きながら、歪んだ鉄塊がペットを叩き潰す。崩壊した連結部から後ろの車両が切り離され、ずぶずぶと暗闇に飲まれて消えた。ぽっかり口を開けた闇の中に、白々した灯りがするすると飛び去っていく。
「……ねえ、メフィ」
「何だい?」
「もし、この電車から落ちたら」
「この電車の外はセカイの狭間だ。落ちれば、君達の存在は曖昧になる」
「つまり、どうなるの?」
「何とも言えないね。曖昧な状態から確率で何らかの形で出力されるだろうけれど、それがどのような形を取るのかはその時になるまで僕にも分からない」
言い方は難しいが、落ちたら終わりってことだろう。センパイが大穴を空けた壁からは、じわじわ暗闇が染み込んできている。
「……とりあえず、隣に移ろうか」
「はい」
センパイに促されて隣の車両に移る間にも、ぽつぽつ灯りを含んだ闇は車内に流れ込み続けていた。
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