第28話

 エントランスで部屋番号を押すと、しばらくして無言でオートロックが解除された。自動ドアが開き、エレベーターホールに入る。エレベーターの十三階のボタンを押し、液晶画面の数字が変わっていくのをぼんやり眺める。

 家に帰ってから柚菜にメッセージを送ったけど、返事は無かった。既読にはなっているから読んではいるらしい。ちゃんと話したいからそっちに行ってもいいか、と聞いても反応が無かったので、同じ区画内の柚菜のマンションまで来てみたのだ。本気で嫌ならロックの解除もしないで無視するはずなので、一応話をする気はあるっぽい。

 十三階で降りると、オレの住んでいる団地が見下ろせた。柚菜が住んでいるのは再開発された高層マンションで、オレん家は同じ区画とはいえ古い団地だ。たしかお母さんより年上の建物。こうして見ると景色がずいぶん違う。

 インターホンを押してしばらくするとドアが開き、柚菜が出てきた。私服の半袖と短パン姿で、じとーっとした目でオレを睨みつけてくる。

「えっと、これ」

「ん」

 手土産の菓子を渡すと、柚菜はそっけなく受け取った。昔からポッキー系の細長い菓子が好きだから、季節限定のちょとお高いやつを選んでみた。箱をぷらぷらぶら下げていた柚菜が、ぷいと横を向く。

「入れば」

「ん」

 柚菜に続いて廊下を進み、柚菜の部屋に入る。無言で差し出された学習机前の椅子に座ると、柚菜はベッドにぼすっと腰掛けた。いざこうして向き合うと、何をどう話したものか分からない。しばらく無言になる。

「……で、何」

 柚菜は菓子の箱を裏返して、成分表示をじっと見ている。絶対興味ないだろそんなの。

「ん、と。なんか、ごめん」

「は?何が」

「いや、その。言い方、とか?悪かったかなって」

「へー」

 柚菜は顔を上げようともしない。なんでオレが悪いみたいになってんの?いやとりあえず謝っちゃったのはオレだけどさ。でも実際、何がどう拗れてこうなっているのか正直分からない。こういうケンカは度々あったし、とりあえず柚菜の気が済むまでこうしているしかないんだろうけど。オレがぐるぐる考えていると、柚菜がわざとらしく大きな溜め息を吐いた。

「あーもういいよ。こんなんいつまでも引き摺ってもしょうがないし。柊真ももう何も言わないで」

「うん」

 柚菜が箱を開けて小袋を取り出し、雑にビリッと開けた。中から一本取り出して咥えると、オレにも袋を差し出してくる。一本受け取ってオレも咥えると、柚菜は少し満足したように頷いた。どうやらこれで手打ちのようだ。

「……あー、でも一個だけ」

「うん?」

「凛音先輩のこと。何かあるんでしょ?」

「…………うん」

 何も話せないけど、嘘もつけない。どう伝えたらいいだろう。

「ある、けど。言えない。その、斉藤センパイのこと、勝手に話せないっていうか」

「うん」

「だから、その。ごめん」

「ん、いいよ。しょーがないし」

 思っていたよりあっさり引き下がったのでぽかんとしていたら、柚菜がフンッと鼻を鳴らした。

「何?そりゃ言えないことくらいあるでしょ。それくらい分かるよ」

「お、おう?」

「べつに私だって凛音先輩の秘密を話せなんて思ってないし。勝手にそんなことしたら、そっちのが許せない」

 柚菜がもう一本菓子を取り出して食べ始めた。半分に折れて残ったそれを、くるくる回している。

「ただ、なんかこうさ。私が邪魔なんじゃないかって。無理なこと頼んじゃったんじゃないかって。それが、嫌、だった、だけで」

 語尾がだんだん弱くなっていく。柚菜なりに気を遣っていて、それでいっぱいいっぱいになっていた感じだったみたいだ。そこにオレがセンパイの迷惑も考えろみたいなことを言ったからああなったのか。そう考えてみると、今日の出来事もなんだかすんなり納得できた。

「ごめん。やっぱ、言い方悪かった」

「あーだからもういいって。おしまい。ね」

「ん」

 オレもちょっと余計な気を回しすぎていたのかもしれない。勉強会だって、センパイのことだし本当に無理だったら断るだろう。週一回くらいっていうのが、案外息抜きに丁度良いのかも。……恋愛的な話は置いといて。センパイもどうこうする気は無いって言ってたし。うん。


 その後、何故かリビングでゲームをやることになってオレが下手すぎてバカにされて、そうこうしているうちに柚菜のお母さんが帰ってきて、挨拶してたら急に不機嫌になった柚菜に家から追い出された。……まあ、いいか。

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