回想録 ―2024―

うつりと

鍵(キー)


                            


「えんちゃん…」

 こーゆー時は止めてって言ってるのに…

 

 月が出ているというのに道は真っ暗だ。

 信号の向こうは『コウバン』。

 歩いてきたのに気にしてはチラチラとコウバンを覗く。

『パトロール中』の大きなプラスチック看板がガラスドアに下がっている事にホッとする。

(自転車じゃないのに、何気にしてんだ?私)

 今日は水割二杯、チューハイ500ml(9%)缶を一本飲んでから歩いている。静かに目をそらしながら交番の前を通り過ぎる。

(歩きは厄介だな。いないんならチャリにすればよかった)

 ローソンの前を通り過ぎて左へ曲がればもう駅前通りだ。マックは高架下に見えてくるだろう。

 眠剤が効いてきて足取りに気を遣う。もう効いてきたか…

 ここまでして狙うのは、夜マックの倍ダブルチーズバーガーだ。ポテトのLも買おうか、どうする?

 夜散歩をしている人とすれ違った。ロングコート、ブラタンのチワワを連れている。

(やった!!今日の第一村犬、発見!!)

 かわいい。でもチョコタンじゃなきゃ。

 マックはあそこだ。22:49、間に合った。

 

 中では何だか慌ただしい。いつもの太った女性店長がオーダーを取っているが三人並んでいて先頭のお婆さんとのやり取りがうまくいっていない様子だ。これは困ったな。

(やっぱり今日はよせばよかったかなー。お金使うし、太るしー)

 何分かかかってお婆さんはオーダーを終えた。後は若いカップルと男性の一人客。スムーズに進むだろう。だが私はまだポテトのLサイズを頼むかどうか迷っていた。


 私の番になり、口をついて出たのは、

「ポテトのLサイズ一つ」

 ケイタイでクーポンを見せ、

「それと倍ダブルチーズバーガーを一つ」

「倍、の、ダブルチーズバーガーですか?」

「ハイ、そうです」

 必ず強調して言ってくるんだよなーー。この店長さん。

「単品ですか?」

「ハイ。一つ」

「お持ち帰りですか?」

「ハイ」

(当たり前だろ)と心で怒。そんな怒ることでもないか。

 買ってしまった。どうやって燃焼すればいいんだ?

 えんちゃんが止めてくれないせいで、私はまた倍ダブルチーズバーガーを買ってしまった。

「左側でお待ちください」

いつものことを言われて素直に待つ。

「411番の方」

「ハイ」

「ポテトLサイズ一つと、倍ダブルチーズバーガー、単品です」

「ありがとうございます」

 私はいつもお礼を言ってしまう。


 店から出ると、隣のスーパーの明かりは煌々としているが、マロンに肉でも買おうか、いや…と通り過ぎた。

 トイプーを散歩させている人がいた。

(お!第二村犬、発見!!)

 かわいい。でもチワワじゃないとなぁ。

 暗い通りの交番迄きていた。

 もう足元はおぼつかないので、警官が出てこないか緊張する。

 信号機が青に変わり、交番の方を見ないように横断歩道を渡り終えた。

 

 家に着くと鍵をかけ、もう一回閉めたかどうかを目視と指の感覚で確認する。

(これだけ眠剤が回っていてよく帰れたな)

 ホッとしながらマスクをはずし、上着を脱ぎ捨てた。ムートン風ブーツを脱ぐのにかがむと、上着と一緒に落としたマックの紙袋からポテトの匂いが大袈裟にする。

 マックの袋を拾い、リビング兼ベッドルームに入り、着ていた服を全部脱ぎ捨てランジェリーを頭から被った。私のパジャマだ。

 ポテトをつまみながらベッドに座る。

 貪り食う。

 お腹は空いていない。ただ、気持ちの欲求を満たすだけだ。これだからいけないのは分かっているが、もう買ってしまったんだし、ポテトは飲み物だから一気に食らってしまえ。

 

 Lサイズは結構ある。お腹いっぱいだがこれが私の作戦だ。

 マックの袋を右手で持ったまま布団に潜り込み、ポテトを食べていると思い切りむせ返った。

「マロンはいいの!あげない。ねんねのお菓子はもうあげたでしょ?」

 喉に詰まりながら食べ終える。

 仕方なく起き上がって安定剤を飲む。寝る間際に飲むのがこの薬だ。不味い液体が喉にへばりつくのでコップの水で液体を洗うように流し込む。

 これが済めばここからが一番楽しい時間。今日のバーガーはしょっぱ過ぎてないかな?

 包装を開いて、倍ダブルチーズバーガーにかぶりついた。

「あぐっ!」

 今日の塩加減は良さそうだ。ニヤリと私は笑い、ほぼ肉しかない断面にうっとりする。恍惚感で私の全身は満たされていく。エヴァンゲリオンのエントリープラグで、L.C.Lが肺から入り、細胞中に充満するのってこんな感じなんじゃないかな。

 もう眠剤がかなり回ってきているし、お腹もいっぱいだ。

(明日の朝食に残しておけばよかったかな?)

 マロンがせがむので、バンズを少しだけ摘まんであげる。

「もう、お仕舞いだからね。ねんね」

 布団にもぐり直すと無理矢理、バーガーを食らう。罪悪感は無い。止めなかったえんちゃんのせいなのだから。

 そのうち目も開けていられなくなってきた。

 三口ほど食べたバーガーが、右手から転ぶ。


                                  ―終―


※チョコタンのチワワのマロンは二年半前に僧帽弁閉鎖不全症の手術代が無く、死なせている。

※えんちゃんは先月、三日に乳がんが肺に転移して亡くなっている。

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回想録 ―2024― うつりと @hottori

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