18 捜査官

 日曜10時、大井ダンジョンパーク。

 更衣ブースから美澄さんが駆けてくる。


「おまたせしました!」

「……全然まってないよ」


 ちょっと幸せ噛みしめる。恋人でもなんでもないのだが、周りの視線で優越感も感じてしまう。


 話しながら、あらかじめ相談していた初心者向けの公開「赤ダン」に入る。

 見える範囲には誰もいない。


 どこも混んでいる「青ダン」に比べ「赤ダン」は差が激しい。

 ここは比較的不人気。入場料は2千円。


 内ゲート付近は少しひらけており、ぐるりと見渡せる。残念ながら見どころはない。岩がゴロゴロしているだけの荒野だ。


「そこのおふた方、少々よろしいでしょうか」


 背後から女性の声がして驚き、振り返る。


「え……」


 内ゲートのまえにスーツの女性がいた。武器防具どうした。しかもタイトスカート。


 それより、追ってきたとしか思えない状況だが、俺たちが入ったダンジョンのID、どうやって知ったのだろうか?


「スキル犯罪捜査官です。少しお話よろしいでしょうか?」

「あ、はい」


 つい了承してしまった。

 警察手帳を見せて名乗ってきた。生で見たのは初めてだ。

 どうでもいいけど、スキル犯罪捜査官って名称ダサくない? サイバー犯罪捜査官もそうだけど。


 そういえば、ダンジョンに逃げ込んだ犯人を追う方法があるはずだ。ウェブニュースでダンジョン内で逮捕というのは何度も見た。ゲートの機能だろうか。


吾郷あごう剣太郎さんですね?」

「……はい」


 名指しだ。池田のことかと思ったが違う様子。心当たりはない。


「お時間をいただきありがとうございます。スキル犯罪の取り締まりにご協力いただけないかと思い、伺いました」

「……んん? えーっと……」


 これは、もしかしてジロララがやっているやつに誘われている?


 ジロララは、警察が手に負えないようなスキル犯罪者を捕まえている。というか、いちおうジロララも捜査官のはずだ。


 だとしたらこの捜査官は、俺が魔力量1位だから来たということになる。誰でも勧誘はしないだろう。


 ダンジョンを管理するAIにしかバレていないと思っていたが、さすがに警察は調べられるらしい。配信もチェックしているかもしれない。


 あまり乗り気にはなれないな。どう断ろうか……。


「……探索者には、なったばかりなのですが」

「かまいません。いかがでしょうか?」


「え……いかがと言われても、急に呼ばれたりは困りますし、すみませんが、お断りします」


 つい勢いでスパッと断ってしまった。この捜査官、交渉が下手かも。


 せっかく仕事を辞めて自由時間を得られる。5年間残業三昧で頑張ってきてやっと解放されるのだ。縛られたくない。

 これからしばらくは好きに生きたっていいだろう?


「いえ、呼び出しなどはなしの契約にできます。協力者としての登録だけでもかまいません」

「……」


 それ、なんか意味ある?

 なくない?


 迷っていると、美澄さんが1歩前に出た。俺をかばうかのように。


「あの! ちょっと失礼じゃないですか!? それって、ケンさんが犯罪者になるかもって疑ってるってことですよね!?」


 んん? そうなの? どゆこと?


「……申し訳ありません。ご不快な思いをさせてしまいました。お詫びいたします。ですが、疑っているわけではありません。未然にスキル犯罪を防ぐ為、できることはすべて試みているのです」

「だからって、個別にそんなの……」


 美澄さんの声が尻すぼみになる。

 捜査官の態度が真摯だからだろう。荒野にスーツなのでシュールだが。


 これは、あれか。もし俺が犯罪者になったら手に負えないと思って、少しでもその可能性を減らす為に来たってとこか。


 それはそうか。〈転移〉だけでもやりたい放題できる。犯罪に使う気はないが、信じろと言っても無理な話だろう。


「わかりました。登録します。呼び出しなしで、名前だけでいいならですけど。それで安心できるなら、かまわないです」


 捜査官は、あからさまにホッとした顔をした。どうも相当緊張していたらしい。

 そして深々と頭を下げた。


「ありがとうございます」


 それから契約書をつくると、捜査官はダンジョンを出ていった。


 なぜだか美澄さんも自ら名乗り出て、同じ契約をした。びっくりした。真剣に契約書を読んで深くうなづいていたのは、大丈夫ってことだろうか。


 それからじっとこちらを見て、口を開いた。


「……気になることが増えました」

「……まあ、そうだよね」

「でも、そんなことより、警察がひどいです」


 拳を握る美澄さん。ご機嫌斜めだ。


「……あー、そうだね。でも犯罪を未然に防ごうとしてくれるのは助かるけどな? 池田みたいなヤツも捕まえてくれるかもって思えるだろ?」


「……それは、そうかもしれないけど……あの人、ケンさんを、その、いざとなったら私のことを利用してでもコントロールしようとしたというか、そんな感じで……」


「あー、ふたりでいるタイミングを狙って来たのか。そうかも。すごいな。俺そういうの全然気づかなかった。かばってくれてありがとう。助かった」


 どうやら俺のことで怒ってくれた様子。家族以外に、こんなふうに庇われた記憶がない。


「いえ、役に立てたならよかったです。うーん、ちょっとモヤッとするけど、ケンさんがいいならいっか。モンスターに八つ当たりしましょう!」

「あはは。八つ当たりしちゃうんだ。教習でだいぶ慣れた?」


「はい! すっかり慣れました! 行きましょう!」


 切り替えたらしい。美澄さんが笑顔だと、俺も自然と楽しくなる。

 どうも人の機微に敏感なようだし、交渉ごとでも頼りにさせてもらおうかな。

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