3 体調というか体型が?
目が覚めて起き上がる。
7月31日、月曜日。
「うん? まだ7時まえか」
『おはようございます。早起きとは珍しいですね。雪が降るかもしれません』
「……ちゃんとした天気予報を言え。アシスタントAIだろ」
『予報では晴れ、最高気温41度です。外出しないのに必要ですか?』
「不要だ」
『なら聞くな』
「唐突なタメ口やめろ」
『失礼しました』
どうでもいいことを話しながら着替える。
やけに調子がいい。こんなにスッキリと目覚めたのはいつ以来だろうか。
「……なあ、腹が引っ込んだ気が……気のせい、じゃないくらい引っ込んだんだが、なんだ……これ?」
運動不足と適当すぎる食生活で少し太り気味だったはず。それが、力を入れると薄っすら腹筋が割れて見えるレベル。
確かに昨日はダンジョン内を歩き回った。けど、一晩でこうはならないだろ。
キツかったはずのズボンが緩い。ヒモで縛る方式なのでずり落ちたりはしなそうだ。
服はワークマンでまとめ買いしている。
『そういえば昨日、魔力を確認しましたか?』
「……」
忘れてた。果物の美味さに満足してしてルンルンだった。
携帯端末に飛びつく。
〈ステータス〉
0055720055 吾郷剣太郎
魔力量:208,982
スキル:
「……に、にじゅうまん?」
『魔力がですか? ケタの見間違いでは?』
「……何回見ても20万」
『完全に異常事態です。モンスターを倒しましたか?』
「モンスターなんて見てもいねえ。そもそも『青ダン』しか入れねえ……あの果物か?」
『それ以外は考えられませんが、異常すぎます』
冷蔵庫に目を向ける。昨日、デザートにするつもりで採ってきた果実があと5個入っている。
もし魔力が1とか10とか増えていたなら、跳び跳ねて喜んだだろう。
魔力が欲しくてもダンジョンに入れない人だっている。果物ひとつで10も増えるなら億いくかもしれない。
けど、20万?
ダンジョン内で2つ食べたから、1つ10万?
桁が違うどころではない。
「…………」
『ランキングも確認してはどうでしょう?』
思考停止していたため、言われるがままに携帯端末をタップ。
〈魔力ランキング〉
順位 魔力 ユーザーID
1位 315,609 0000000521
2位 314,059 0000000525
3位 304,830 0000025305
⋮
⋮
────────────────────
85位 208,982 0055720055
「……85位」
『もうひとつ食べれば3位くらいですね』
「……ん? 見れるのか?」
『いえ、SNSで確認しました』
「ああ……いや、これ、どうしたらいい? 昨日、風呂上がりにもう1個食ったんだが……もう計測するだけで3位か?」
『ひとまず深呼吸しましょう。すぅ、はぁ、あの果実の売却は危険かもしれません』
おまえ呼吸必要ないだろ。
「……惜しい。けど、やめるか……プライベートでもトラブルとか勘弁……いやけど、ライセンスは取る。探索者で稼げると思うか?」
『たしかに魔力が多いのは有利でしょう。身体能力も上がるはずですから。ですが、スキルなしは無理では?』
「だよな」
スキルか、最近は結構買えるらしいが馬鹿高いはず……考えながらバスルームへ移動する。
鏡を見て、ふたたび思考停止。
輪郭からおかしい。
いや、痩せたのだということはわかる。
しかし、一晩で急激に痩せたのに肌のたるみもなく、肌艶が子どもみたいで、とにかくひと晩でこうなったことに違和感を覚えてしまう。
少し期待してヒゲを剃る。
「……わりとイケてない?」
自分のセリフに自分でおどろいた。いつからナルシストになった。
けど、ここまで急激に変わったら言いたくもなる。なんだろう、白目も真っ白。こうなって初めて濁っていたのだと気づいた。
調子にのって髪をセットする。そろそろ切ったほうがいいか。
身支度を終えるとコーヒーをいれ、通販で買っているエネルギーバーを食べる。
少し早いが仕事用端末のまえに座り、リモート会議用のカメラに向かう。
「なあ、どう?」
『なにがです?』
「いや、見た目変わってね?」
『痩せて見目がよくなりましたね。おめでとうございます。10時から会議です。漆ババアも猫なで声を出すでしょう』
「それは聞きたくねえ」
見せたい相手がいないことに気付かされた。
いや、コンビニに行けばいいか。唯一っぽい店員が結構、というか異質なほどにかわいいのだ。もう3年くらい最寄りのコンビニにおり、何度も話したことがある。
実はちょっと、ひそかに狙っている。店員と客なので進展しようがないのだが。
仕事もサクサク進んだ。どうやら最近、頭の働きも鈍っていたらしい。差が歴然だ。魔力最高。
リモート会議開始。
画面越しに俺を見た漆ババアは、ジワジワと目を見開き固まった。ただでさえ金魚みたいな顔なのに余計金魚度が増した。登録名デメキンババアに変更してやろうか。
同僚は「急に痩せたね」なんて言うし、やっぱり相当変わったらしい。
結局、昨日電話に出なかった嫌味も言われず、会議で発言しても「あんたは黙ってなさい」とも言われずに済んだ。
『すんなり終わりましたね。パワハラの証拠が不十分です』
「いいよ、俺が辞めたら困るだろ。それで十分だ」
『辞めるのは確定ですか』
「……そうだな。とっとと仕事終わらせてスキル見るか」
気持ちはすっかり探索者に傾いていた。
こんなチャンス、きっともう来ない。逃したら一生社畜だ。
稼げるようになる探索者なんてほんのひと握りと言われているが、魔力とマイダンジョンが複数あれば、そのひと握りに成れる。はず。
結局、定時間際に仕事を増やされ2時間残業するハメになったが、なんとか今月の仕事を終えた。
今月の残業時間が99時間という異常事態だ。早く辞めたい。
ダンジョンアプリの〈オークション〉をタップ。
「風魔法……3億って、やっぱ高すぎる」
『軽くスキルの検索をしたところゲームやらアニメやら膨大なデータが……喧嘩をふっかけられている気分です』
スキルは、スキル魔石を使用すると得られる。ゲームや物語のスキルみたいなものだ。稀に強いモンスターからドロップする。
なんとか買えるものがないかと〈スキル魔石〉〈日本〉でフィルタリングし、安い順にソートしてみる。
「えっ……10万?」
買えるじゃん。なんで?
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