花散る

白菫

１　意味

浴槽に溜められた湯から湯気が立ち上り、浴室全体を曇らせる。蛇口から出る湯が、熱い湯をさらに熱くする。身体を湯に沈める。水嵩が増し、浴槽から溢れ出た湯が渦を巻いて排水溝に吸い込まれていった。ふと窓の外を眺める。桜の花びらが窓に張り付いていた。窓に打ち付ける雨に蹴落とされまいと必死に張り付いているようだ。冷たい雨は止む気配もなく、ただ淡々と降り続けている。

熱い湯を感じながら冷たい金属の温度を首元に感じる。少し鳥肌が立つのがわかる。首筋がじんわりと熱くなり、後から強い痛みが襲った。咄嗟に首元を抑える。腕を伝って流れた朱が湯を染めていく。真っ赤に染まった手を眺めながら、誰が私を見ていただろうかと考えた。痛みはもう分からなくなった。

一ひらの花弁。一粒の雫が窓を伝う。たった一滴が花びらを散らせた。儚さを感じたのはこれが初めてではないが、今この時だからこそ、鮮明に感情を味わえた。

赤く染まっていく熱い湯は絶えず湯気を漂わせている。意識は朦朧としている。世界がぼやけていく。湯気のせいか、閉じていく瞳のせいかもう分からない。

世界が静かになっていくのをただ感じる。雨は仕切りに窓を揺らす。降り続ける雨音を聞いた。閉められることのない蛇口から水が流れる。流れ続ける水音を聞いた。とても綺麗な音色だ。今はただそう感じた。

もういいのだ。

目を閉じよう。

力を抜いて、身を任せよう。

もう何も考えることはない。


消えていくのだ。

死にゆくのだ。

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