『血まみれ騎士と囚われの姫』の真実は

無条件で彼女を崇め奉っていた感情には、順調にヒビが入り、令息たちの勢いが目に見えて弱まっていくのを、キールはほくそ笑みながら観察する。

「な、ならば、私は竜を討滅し、姫に心臓を捧げると誓いましょう!」

一番体格のいい令息が、勇気を振り絞って宣言する。その足が生まれたての小鹿のようにふるふる震えているのは隠せていないが、この雰囲気でこんなことを言える胆力は評価してやろう。

まあ、空気読めてない時点でどマイナス評価だから、結局マイナス寄りのプラマイゼロなのだが。と、キールはにやにやしながらヴァルハイトの返答を待った。

「それは無理だろう」

「なんだと!? 辺境伯殿は俺が力不足とでも言いたいのか! 王都武道大会準優勝者のこの俺が!」

(((準優勝って微妙~)))

その場にいたユリシア以外の全員の共通認識である。

「いや、それ以前の問題だ」

(ぶった切りすぎィ!)

「今、魔の森の浅層には、竜がいない」

(あっそっち?)

(こいつの腕が足りないとかではなく?)

(そもそも竜がいないからからできないよってことでOK?)

「ある程度の技量があるであろうことは察するが、たとえ浅層に出るような亜竜でも、貴公の腕では単騎討伐は無理だと断言する」

(言い方ァ!)

(もうちょっとオブラートにくるんでやって!)

「魔の森は危険ですもの、そこに立ち向かおうとする方をご心配なさるなんて、ヴァル様は本当にお優しいわ!」

(えっ……あれで心配してるのか……? 本当に?)

(言葉の選び方がどう考えても厳しさしかあふれてないんだが)

(口下手って噂は本当なんだな……)

(あれを心配してると変換できるユリシア嬢の思考回路ってマジでどうなってんだ?)

だが、さすがにあんまりな言いように後に引けないのもあってか、騎士らしき令息はいきり立った。

「辺境伯といえど無礼ではないか! やってみなければわからな……」

最後まで言い切る前に、とん、と首に何かが触れた。

息をのんで恐る恐る振り返ると、にこやかな表情のままのキールが立っていた。

揃えた2本の指を、令息の首に当てたまま。

「い、いつの、まに」

「竜を倒そうってんなら、これくらいは対処できなきゃお話にならないよ。ましてや、平常時のヴァルにのまれてるようじゃ、普通の魔獣討伐だって無理無理」

そうして、キールは『失礼』と断りを入れて、またヴァルハイトとユリシアの座るソファの後ろに戻っていった。


令息たちは誰も、キールの動きが見えなかった。

気配も、足音すらも。

竜討伐を口にした彼はあまりの実力差に消沈して、うなだれるしかなかった。


「ユリシア、すまない」

ぎゅうっと不機嫌そうに眉を寄せて、ヴァルハイトが唸った。

「はい、どうしましたヴァル様?」

「君がその本にあこがれていたのは知っている。俺も、ユリシアの夢をかなえてやりたいと思った」

(いやあんたその顔でそんなロマンチストなん!? そのプロポーズの殺伐さは置いといて!)

「ここ数年、名のある竜の個体は、魔の森の奥に移動したまま出てこないんだ。森の深層へ向かうには、片道一か月かかる。往復二か月もあなたから離れるなど、俺には無理だ。竜の心臓を捧げてのプロポーズは、少々難しい」

(竜が引きこもってるなんて絶対あんたのせいだろ!!)

(つか実践しようとするな!)

(竜がいればできるみたいな口ぶりが怖いんだよ!!)

(できない理由が姫と離れるのが嫌だからって、それでいいのか辺境伯……)

内心での突っ込みに忙しい令息たちには目もくれず、ユリシアはふんわりと笑ってみせる。

「あら、そんなことはありません。先日お館にご帰還の際、私の両手に余るくらいの大きな魔石を捧げてくださいましたわ! その時わたくし、まるであの本の姫のようだと思いましたのよ! あれは何の魔石だったのですか?」

「イビルレックス、だったか?」

「変異種のつがいだったな、ヴァル。魔石は抱卵前のメスのでかいほう」

(ええ……イビルレックスの変異種って確か災害級じゃなかったか……)

(しかもつがいなんて下手すりゃ国が落ちるレベルだろ……)

(抱卵前後のメスなんて狂乱状態になるはずだろ、正気か!?)

「あんな小物ではあなたに釣り合わない。ふがいない俺を許してくれ」

(いや、あれを小物扱いっておかしいだろ!)

(化け物……!)

「何をおっしゃるの! 跪いて血の滴る魔石をポケットから取り出し、わたくしの手が汚れるからとハンカチにくるんで捧げてくださったそのお心遣い、わたくしときめいてしまいましたわ!」

「ああ、ユリシア……!」

感極まったように両手を伸ばし、ヴァルハイトはユリシアをひょいと抱き上げてその膝にのせて、しっかりと抱きしめて拘束してしまった。

もちろん、地獄の底から這い上がってきた炎鬼えんきのごとき凶悪な顔で。

「姫えええやっぱり目を覚ましてくださいー!」

「なんでそんな血なまぐさい話を美談のように語ってんですかあああ!」

「あなたはその男に騙されてるんだぁぁぁ!」

「あら」

愛する夫の膝の上に囲われて、ほわほわとほほ笑む彼女は、こてんと首をかしげた。

「わたくし、今とっても幸せですのよ。もし目を覚ましたとして、今以上にわたくしが幸せを感じられる保証はございませんし、そんなリスクを冒してまでも目を覚まそうとも思いませんし、何よりわたくしの幸せはヴァル様のおそばにあることですし」

ユリシアはきゅっとヴァルハイトの礼服の胸元をつかんで、とてもとても照れている(まさに悪鬼の表情の)夫の顔を、幸せそうに見上げた。


「そもそも、ヴァル様がわたくしを騙していたのだとしても。わたくしが死ぬまで騙し通していただければ、それがわたくしにとっての真実ですわ」



その後、令息たちはがっくりとうなだれて退出していき、二度とユリシアに近寄ることはなかったという。


それから4か月ほどたって、ユリシア・ワーグナー辺境伯夫人が第二子を妊娠したと公表された。

時期的に考えれば、おそらく夜会の前後と思われる。

つまりは、結婚し、子供を産んでなお男たちを魅了する美しい妻に、嫉妬にかられたヴァルハイトがたいそう張りきった結果、そのようになったのだろうと察せられて。

ヴァルハイトに塩を送る結果になったことに、貴族令息たちは完膚なきまでに心を折られ、膝から崩れ落ちたのだった。


再び失意のどん底に落ちた令息たちは、またしても神の道に入ったり、放浪の旅に出たり、失意で呆然としている間に肉食系令嬢たちにかっさらわれていったりして、その存在のほとんどが消えていった。

そして、仕掛け人である副官・キールには、二度目のボーナスが支給されたとかどうとか。

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君を愛することはない! と思いきや 村沢侑 @Murasawa_9820

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