君を愛することはない! と思いきや
村沢侑
傾国の美女の結婚
結婚式を終えたその日の夜。
いわゆる『初夜』を迎えた夫婦の寝室で。
ガウン姿なのに、さながら出陣式のような風情の男を夜着姿で迎えているのは、花嫁になったばかりの少女。
ユリシア・ハルフェスト侯爵令嬢改め、ユリシア・ワーグナー辺境伯夫人である。
彼女に相対する悪漢、ではなく『夫』であるヴァルハイト・ワーグナー辺境伯は、寝巻の上にきっちりとガウンを着こんだ姿で、岩のような圧迫感をまといつつ仁王立ちしている。
ユリシア・ハルフェスト侯爵令嬢は、白銀の髪、真っ白な肌、水色の透き通った瞳を持つ、大変な美少女だった。
その容姿から、『妖精姫』やら『月光の聖女』やら『雪の精霊』やら、御大層な二つ名をいくつも付けられながらも、誰もそこに
当然、彼女のデビュタント以降、ありとあらゆる筋からの縁談が舞い込むことになる。
国内の貴族・王族はもちろんのこと、隣国にとどまらず遠く海の向こうの大陸からも、引きも切らずに押し寄せた。
が、これに危機感を抱いたのが、この国の国王陛下だった。
彼女の美貌は、
今ですら争奪戦が勃発しようかというところを、何とか外交交渉で押さえている現状なのに。
どこかの貴族に輿入れさせたとして、あきらめきれない者がもし彼女を奪おうとしたら?
ユリシアの身を守れないばかりか、それこそ内乱・戦争に発展する可能性がある。
王家に囲えればよかったのだが、残念ながら王子二人と近縁の男子はすべて結婚しているか、婚約できる年齢に達していないほど幼く、かなわなかった。
そこで、国王はユリシアの婚姻に制限をかけることにした。
武力・財力申し分なく、他国にもにらみを利かせられる未婚の男子。
それに当てはまらない縁談の申し入れは、すべて国王の裁可により却下されたのである。
そんな時に、ハルフェスト侯爵家からの縁談希望として挙がってきたのが、ワーグナー辺境伯家であった。
ユリシアは、たいそうな二つ名で呼ばれるほどの美貌の少女であったが、その性格もまた、ふわふわと柔らかい春の陽だまりのような女性だった。
いつも微笑みを絶やさず、おっとりとした口調で話しながら、頭の回転はよく話題に豊富。
誰もが彼女を慕い、だれもが彼女の心を射止める貴公子が誰かを噂し合った。
北の辺境伯であるヴァルハイト・ワーグナーは、国土の4分の1を占めるワーグナー辺境伯領の守護神と呼ばれる偉丈夫だった。
いわく、|北の悪鬼《あっき。
いわく、辺境の魔王。
いわく、
ユリシアの言われようとは全く正反対の二つ名をいただく、精強な武人であった。
それは、彼の容姿と功績に由来する。
広大な辺境伯領ではあるが、その地の多くは『魔の森』と呼ばれる深い森林におおわれていて、人が生活できる地域は領地のうちの5分の1程度だ。
しかし、魔獣から採れる皮や骨、肉、内臓などは様々な素材として扱われ、森から採取される
しかし魔の森はもともと魔素が多い地層の上に広がっており、そのせいで魔獣や竜などが多く生息する、国内で最も危険な地域であるという側面も持つ。
当然のことながら、魔獣討伐・採集採掘には危険が伴ううえ、時には魔獣が森からあふれてくることもある。これらに対抗するべく、辺境伯軍は実に3万人を配備し、常に魔の森との境界線で戦闘を繰り広げる、国内最強の軍であった。
それを率いるヴァルハイト・ワーグナー辺境伯はその中でも歴代最強の騎士であり、大型魔獣500頭の群れを一人で
そのうえ、2メートル近い長身に、日々の魔獣討伐で鍛えに鍛え抜かれた体躯は筋肉に覆われ、横にも縦にもでかい。
常に威圧するような鋭い眼光、整ってはいるがいささかワイルドすぎる顔立ちも相まって、女性どころか男性ですら引くほどのコワモテであった。
さらに、その顔は表情筋が死んでいるとうわさされるほど無表情だが、いざ話しかけようとすると途端に怒りの形相でにらみつけるという、いささか困った人物でもあった。
そのせいで、26歳になるこの年までなかなか縁談がまとまらず、独り身のままであったわけだが。
それを、何をトチ狂ったのか、かの精霊姫が見染めたのだという話になって、国内外に激震が走った。
当然のことながら、ハルフェスト侯爵家には連日連夜、『目を覚ませ』族、『あなたにふさわしいのはこの僕だ!』族、『君を魔王から解放してあげる』族だのが湧いて出て来た。ひっきりなしにやってくるそれらに対処しきれなくなった侯爵家は、王家の庇護を求め、結果、ユリシアは王家が所有する離宮に避難する事態にまで発展。
すると今度は、ユリシアに接触できなくなった輩が『姫を解放しろ』族、『君は姫にふさわしくない!or姫にふさわしいのはこの僕だ!』族、『姫を魔の手から解放する』族にジョブチェンジ、辺境伯領に殺到した。
だが、それらのことごとくを顔色一つ変えずに一蹴したヴァルハイトに対し、逆に国王が『この男ならイケる!』と認めてしまったのが運の尽き。
あっという間に婚約が整い、ユリシアが離宮に避難している間に結婚準備を済ませ、両者の顔合わせもろくにないまま、さっさとワーグナー辺境伯領へ嫁に出されてしまったのである。
求婚していた男たちは、崩れ落ちた。
中には、辺境伯領へ攻め入ろうとした頭の足りないのもいたようだが、もとより国内最強の名をほしいままにしている辺境軍により、領境を越えることすらかなわず。
また、辺境伯に対し、ユリシアを守るための軍事行動については相手が誰であろうと(外国の王族であろうと)おとがめなしのお墨付きを国王が与えたことにより、手を出せるものがいなくなってしまった。
だが、国王だって、たかが一侯爵令嬢を守るために、何の理由もなく辺境伯にお墨付きを与えるわけがない。
ワーグナー家は、過去には王家から王女が降嫁したこともあるうえ、先々代には、同じく魔の森に接する隣国である帝国の第三皇女が降嫁してきており、現当主であるヴァルハイトは、かなーり下位のほう(20位台とか30位台)ではあるが、帝国の継承権も有している。
当然帝室とは今も交流があることに加え、両国は魔の森での共同の軍事行動も多く、それを担う辺境伯という立場でも、ヴァルハイトは帝国から厚い信を受けていた。
『他国にもにらみを利かせられる』だけの血筋と伝手としては、これ以上のものはない。辺境伯家に手を出して、万が一にも何かあれば、大陸最大の国家である帝国が牙を剝くのだ。これに国王が許可を与えれば、最強の抑止力になることは間違いようのない事実だった。
ちなみに余談だが、この帝国の第三王女であるが、『
まあそんなわけで、二人の婚姻がまとまったのである。
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