4
塾で先生の買っている猫のことを散々聞かされた後に、ようやく解放された。
トボトボと歩く夜道は、人通りも少なく不気味であり、ポツンポツンと灯る住宅街の照明は、世界をそこだけ切り取って存在させていた。
心細くつい首をすくめてしまう道を一人進んで、あまり居心地の良くない家に帰れば、そこに母と呼ばれる女はいなかった。
代わりにメモが机の上に一枚。
『お姉ちゃんのことで警察へ』
ふうん。ついに見つかったのか。
何の感慨もなかった。数回しか会ったことがない『姉』という物体に、一体、何を思えば良いのか、検討もつかなかった。
誰もいないリビング、風呂も沸いてはいないが、我が娘が見つかったなら仕方ない。
あんなに娘に無関心そうな女にでも、それなりの情があるんだろう。
警察……ということは、どこかで補導でもされたのか、何か犯罪でもしていたのか。
あり得ないことではない。
年若い家出人が金銭を稼ごうと思えば、それだけ手段が限られるということであろう。
息子というものを演じる必要があるならばと、風呂くらい沸かすつもりで重い腰を上げれば、スマホに着信があることに気づく。
『塾が終わったら警察に来てください』
母からだ。
着信は、つい先ほど。
家に帰っている途中。
住所と電話番号も記載されているが、ここならは、迷うことはない。
俺は、あまりの面倒くさい状況に大きなため息を吐きつつ、玄関へと向かった。
外に出れば、どこかでパトカーのサイレントが鳴り響いていた。
高い音階のサイレンは、耳障りで、不機嫌な俺の気持ちを逆撫でする。
姉が帰りたくないと警察で駄々をこねてでもいるのだろうか。
ならば話は簡単だ。
俺は遅かれ早かれ家を出るつもりだから、気にせず堂々と居れば良い、そう言えば良いのだ。そうすれば、姉とやらは家に帰る。
どうせ誰も止めはしないだろう。
名前だけの姉と母。一皮剥けば、赤の他人だ。
父? 父親は、一応血が繋がっているだけで、俺が予想よりも早く家を出ることに何の異論があるとも思えない。
家族なんて結局気持ち悪い偽物だ。
人間なんて、底の底では結局一人。
警察署に着いて、母に会えば、泣いた目で、俺を見ている。
「お姉ちゃん、死んだのよ」
母なる物体は、俺にそう言った。
なんの感慨も湧かない。
そりゃそうだ。姉弟と呼ぶには希薄過ぎる関係だ。沸くわけないのだ。
だけれども、ここで心のままに「へぇ、そう」。と、言えば、薄情だと罵られるに違いない。
どうしようもない俺は、「うん」と、だけ返答する。
てか、お前さ。
そんなに泣くほど大事な娘なら、どうして放っておいたんだよ。
さっさと探しにいけば良かったんじゃね?
てかさ、お前さ。
そんなに泣くほど娘に傍にいて欲しかったんだったらさ、どうして娘が反対しているのに、再婚したんだよ。
俺の親父とそんなに大恋愛して感じでもないだろ?
本当に意味不明だ。
どうして良いか分からない俺は、母を置いて、警察署の出入り口へ。
風除室で一人立って、スマホをいじっていると、知った顔が通り過ぎる。
「あ、先生」
先ほど講義をしていた猫好きの塾講師が、血相を変えて俺の前を走り過ぎていく。
そうとう焦っているのか、俺のことは気づかなかったようだ。
「は、母を! 連絡を受けまして!」
何が起きたのかは知らないが、猫どころではなさそうだった。
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