子どもの名前の命名権
ちびまるフォイ
人の人生は縛れない
「社長、どうしたんですか? 不機嫌そうな顔をして」
「うーーむ。我が社はどうも認知度が低い気がする」
「そうでしょうか。CMも出してますし、町には看板も出しています」
「それじゃ不十分だ。もっと自然に刷り込みができて、
勝手に認知度があがるようなものはないか?」
「そうですねぇ……」
秘書はとあるサイトを見せた。
「社長、こちらはどうでしょう」
「フリマサイトじゃないか。社長の私は使う必要のないものだ」
「ではなく、商品を見てください」
「これは……命名権?」
「そうです。子育ての資金のたしにすべく
今はみんな子どもの命名権を売っているんですよ」
「……話が見えないが?」
「子どもの命名権でもって会社を宣伝するんです。
名前というのはさまざまな場所で呼ばれます。
出席確認を始め、その人が歩む人生の多くで呼ばれるんですよ」
「た、たしかに!! これは宣伝媒体として良さそうだ!!」
そこで社長はありあまる資金のはしくれを使って、
どこかの誰かの子どもの命名権を買った。
「この子の名前は、打山会社とかいて"ダーヤマ"と読ませよう」
「だいぶムチャな命名ですね……。
なにも会社の名前そのまま使わなくても良いのでは?」
「わかっとらんね。こういうのは直接わかるほうが良いのだ。
一般市民どもは愚かだからな。シンプルにしないと」
かくして命名権を元に「
もちろん、この1人だけで満足するような人間では
とうてい社長などという業突く張りの役職につけるはずもない。
「ようし、どんどん命名権をもってこぉい!」
「はい社長!」
社長の手によってあらゆる新生児の名前は「ダーヤマ」に書き換えられた。
一度命名権を買ってしまえば、追加費用は発生しない。
掲載しているだけでお金を取られる看板や、
命名権よりも莫大な費用がかかるCM掲載よりもずっと経済的。
「わっはっは。なんてオトクなPR活動なんだ!」
「やりましたね社長!」
それからしばらくしてのことだった。
社長は今季の業績を見ながらしぼった肛門のような顔をしていた。
「社長、どうしたんですか? さっきから踏ん張ってらっしゃるようで……」
「今季の業績を見ていたんだよ」
「悪くないのでは?」
「まあそうだ。だが劇的に増えてもいない」
「なにか問題でも?」
「わからないのか!? あんなに命名権買ったのに!
なんの変化も起きてないんだよ!!」
「それは……本人の意思で名前を変えるケースもありますし」
「だとしても、まだそれをするまでは名前はそのままだ。
これだけ名前を広めたのに我が社の名前が売れてないのはどうなんだ!?」
社長は顔を真っ赤にしてテーブルを叩きまくった。
血流が叩きつけた手のひらに集中したからか頭が冷える。
「あっ……わかったかも」
「社長?」
「秘書くん。私は根本的な勘違いをしていた」
「というと?」
「これまで買ってきたのは庶民の命名権じゃないか。いわばザコ」
「はあ……」
「そんなザコ人間の人生に関わる交友関係なんてたかが知れている。
当然、そんな人間の一般的な認知度も低いわけだ」
「いろんな人を敵に回しそうな言い方ですが……」
「そこで私は考えたわけだ。
命名権というのは"すごい人の名前"でなければならん」
「なるほど」
「将来有望で、有名になる人の命名権を得られれば
その人が有名になったときに必然的に名前が売れるというわけだ!」
「さすが社長! 天才!
では有望株の命名権が売られてないか確認しますね!!」
「ちっちっち。そんなのあるわけないだろう」
「え? でも社長が……?」
「親や環境に恵まれた将来有望なサラブレットが、
わざわざ命名権を身売りするケースなんて無い」
「ではどうするんです?」
「こっちで有名にするんだよ。凡人を有名人に育て上げるのさ」
こうして社長による一大プロジェクトがはじまった。
まずは命名権が売られている子どもの選定が行われている。
いくら有名人に育てるプロジェクトだとしても素養は良いのが望まれる。
両親や家庭環境から経済状況までさらったうえで命名権を買う。
「社長、この子は良さそうです」
「ようし。命名権をせりおとせ!」
とある一般家庭の小さな子どもの命名権が購入された。
名前はいつもどおり「
「社長。でもこの子、女の子ですよ?」
「それがどうした。雌雄どちらにも使える汎用的な名前じゃないか」
「男の子のほうがなんていうか出世欲というか
スポーツとかで頑張れる気がしたのですが」
「はっはっは。それは偏見だよ。女子も変わらんさ。
それに女子のほうがコミュニティは広い。
名前を広めるにはこっちのが良いんだよ」
ダーヤマちゃんは生まれる前からも手厚い保証を受けることになった。
それまではただの一般家庭だったが、
社長の惜しみない支援により豪邸が与えられる。
容姿も整形とゲノム加工によりモデルのようになる。
もともと両親の運動神経が良いことは知っていたのでスポーツも万能。
成績についても社長の支援で一流の講師を招いたことで
学業の成績はおろか帝王学から黒魔術までをたしなむ才女となる。
「社長、ダーヤマちゃんがテレビに出ていますよ!」
「ぬわっはっはっは! 計画どおりだ!
彼女はこんなところで収まる器ではない。
きっとこれからも大活躍していくだろうさ!!」
「広告活動、大成功ですね!」
「当然だ!!」
彼女の人生はまさにサクセスストーリー。
あらゆる困難を金と社長の力で持って押しのけたこともあり
町を歩けば名前を呼んでくれるほどの有名人となった。
現在はモデルとしても活動し、テレビにはコメンテーター。
お天気キャスターをつとめながら、あらゆる場所で講演をするほど有名に。
彼女が躍進すればするほどに、会社の名前は世間にイヤミなく広まることになる。
彼女が宇宙飛行士のひとりとして月に出発し、
月面に自分の名前を彫るというプロジェクトに参加が決まったころ。
青ざめた顔で秘書が社長のもとにやってきた。
「しゃ、社長……」
「どうしたんだ。ずいぶんと声と体が沈んでるじゃないか」
「良くないニュースがあります」
「なんだと?」
「実は……ダーヤマちゃんが結婚するそうで……」
「それのどこが悪いニュースなんだ?
それくらい私もしっている。有名なプロ野球選手だろう?
有名人とのビッグカップルなんて願ったりかなったりじゃないか」
「その選手のことご存知なんです?」
「ああもちろん。海外でも活躍しているし、
ニュースじゃ彼の話題でもちきりだ。知らないほうがおかしい。
五味之選手だっけな?」
「ええ、その人と結婚するんですが……」
「だから、なんでさっきからもったいつけるんだ。
結婚なんて良い話しじゃないか。報道としてもいいネタだろう?」
「彼女、名字も相手方にあわせるみたいで……その……」
「はっはっは。なんの問題もないだろう? びっくりした。
名前も変えるかと思った。名字ならなんの問題もないじゃないか」
「いえ、名字だから問題なんです」
秘書はテレビをつけた。
ちょうど期待の大型夫婦の結婚報道をやっていた。
「ご結婚、おめでとうございます!
これからは
報道陣の言葉に社長は顔が真っ青になる。
その後も彼女が有名になるほど会社の名前は侮辱され続けた。
子どもの名前の命名権 ちびまるフォイ @firestorage
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