3−5

 いやいや、そんなわけがない。こいつはただの人間。あっ、違うか。人間といっても普通の人間ではなかったな。『超帯電体質』っていうのがあった。もしかして……。


「おい、高坂」

「ん? サキ、さっきからお前ひとりでエルフと話してんじゃねえよ。いつから異世界語なんて話せるようになったんだよ? 私には何言ってるのかわかんねぇから、仲間外れにされた気分だ……ぷぅ」

「何が『ぷぅ』だ、ぶりっこすんな。ぶっ殺すぞ、気持ち悪ぃ」

「あ? てめぇ、今なんつった。あぁ?」


 おっと、このままだといつも通りタイマンの流れになってしまう。それよりも、両腕を見る。やっぱりつけてない。


「もしかしたらマジックキャンセルの力も、帯電体質が関係あるのか? そんなことってあるんだろうか?」

「何ぶつぶつ言ってんだ。おめぇの分もメシ、食うぞ?」

「高坂、とりあえず100均の静電気防止ゴム腕につけろ」

「は? ああ、忘れてたな」


 ポケットからゴムを取り出して、腕に着ける。

 これで静電気はおさまったはずだ。


「ナルーさん、もう一度高坂に話しかけてみてよ」

「ああ、はい。あの……人間のお嬢さん。私のコトバはわかりますか?」

「え? あんた、日本語しゃべれたの? 勝手にメシ食ってて悪いね。うまいよ」


 うまいって、散々メシマズって叫んでたじゃねぇか、この女……。さらっと嘘つきやがって。これだから高坂は嫌いだ。


「ふむ……防具を使っていないのに、マジックキャンセルするなんて、稀有な人間ですねあなた方はコフィン国の人間でもなさそうだ。言葉が違う」

「こふぃん国?」

「近くにある、人間の国です。実はこのコフィン国には困らされていましてね……」

「戦争でもしてんのか?」


 腹がふくれたらしい高坂が、会話に割り込んでくる。


「戦争、といいますか、一方的に……我が村は『鏡石』の産地ですから」

「鏡石? ああ、あのダイヤモンドか」


 広場を囲んでいる巨大ダイヤの石々を見て、高坂は納得したようだ。


「まぁきれいだからなー、ダイヤ」

「これは他の人間の国で、高値で取引されるもの……しかし、我が村にはなくてはならないものなんです。これらがなくなってしまったら、私たちは生きていけません」

「なんで? 貿易でもしてんの?」


 どことなく高坂は他人事だ。メシをごちそうしてもらったのに、この言い方は薄情すぎる気もするが、異世界に来たばかりのオレたちに何かできるかと言われても何もできやしないことには変わりない。


「いえ、貿易ではありません。この村は魔法でバリアを張った畑や果樹園を持っていますから、自給自足で賄えるんです」

「だったら石なんてあげてもいいと思うんだけど。こんな鏡張りみたいな村落ち着かないわ。それに、邪魔じゃない? 大きい石なんて」

「そんなことはありません! 鏡石は……私たちの姿を映し出してくれるじゃありませんか!!」


ドオオオン!! と効果音が鳴りそうな感じで言われたが、オレと高坂はピンとこない。

 何? 姿を映し出してくれるって。だから普通はそれじゃ落ち着かねぇって思うんだけど、こいつらは違うのか?


「私たちは美しい! 美しい自分たちの姿を見られなくなるなんて……そんなの生きている価値なんかないじゃないですかっ!!」

「「は?」」

「私を見てください。陶磁器のようなきめ細かいすべすべな白い肌、整った顔に、宝石のような青い瞳……絹糸のような流れる金色の髪……すべてが芸術品だ!!」

「はぁ……」


 興奮してきているのか、頬が紅潮しているナルーさんを見て、高坂も呆れている。もちろんオレも。


 だが、ナルーさんだけではない。先ほどから村人たちがおかしい。鏡石(ダイヤ)に映る自分の姿を見ながら身もだえている。


 これは……。


「お前ら、ナルシストか?」

「高坂、しっ」

「なるしすととは?」


 よかった。この村には『ナルシスト』という概念はないみたいだ。


「ナルキソッスのギリシャ神話を思い出すな。美少年が水面に映った自分の姿に恋をしたっていう。『ナルシスト』の語源だ」


 オレがぼそぼそつぶやいている中、高坂は不思議そうにコトバが通じるようになったナルーさんに質問した。


「あのさ、この村って女の人いないの? 不思議に思ってたんだけど。はっ、もしかしてやっぱりエルフは美人だからって、こふぃん? とかいう国の人間に連れ去られたとか?」

「いえ、この村の種族は、もとから男しかいませんよ」

「……え? 男しかいない?」


 高坂が身構える。一応、ここにいる女はこいつだけだからな。男子校に女子ひとり紛れ込んだと同じ状態。しかしナルーさんはその様子を鼻で笑った。


「人間の女より、私たちのほうが美しい。それにこの村の種族には、運命に基づいた『魂の番』がいるんです。この魂の番と子を成すのです」


 どういうことだ? よくわからないでいると、今度は高坂がつぶやいた。


「ふうん、ベータのいないオメガバースな世界なわけか」

「オメガバースってなんだ?」

「お前、帰ったらBL本も読むんだな。女子高にいたらBLは必修科目だからな」

「オレ、女子高じゃねぇし関係ねぇや。まぁよくわかんねぇけど、この村のエルフたちは男同士で子どもを作るのか……」


 ノーマルなオレにはなかなか理解できねぇが、まぁ納得は行く。

 下手な女(高坂みたいなやつ)なんかより、この村にいるエルフのほうが美形だからなぁ。


「高坂、よかったな。おめぇがこの村の美形エルフに襲われる可能性は0.000001%以下ってことだ」

「ぐぬぬ……それもなんだか納得いかねぇわ」

「でも気持ち悪ぃ村だな。さっき見たくねくねストリップも、自分たちが美しいから鑑賞してたようなもんだろ?」

「いえ、さっきのは儀式だったのですよ。私たちはコフィン国と今戦争状態で、助けを求めるために『聖女』を召還したはずなのですが――あっ、もしかして聖女?」


 ずいぶんあっさりとナルーさんは高坂を指さす。


「――え?」

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