薔薇色の瞳
茶村 鈴香
薔薇色の瞳
薔薇色の頬、ならわかる。
薔薇色の唇、なんてますます結構だ。
だが、私が待つ部屋の扉のチャイムを鳴らしたのは、薔薇色の瞳の女性だった。
薔薇色の瞳、陶器のような白い肌、髪は白に近いプラチナブロンド。濃いネイビーのマスカラで瞳を彩っている。唇は潔いまでの紅。瞳よりもほんの僅かに、濃い。体格や顔立ちは日本人のそれで、プラチナブロンドの髪を見ても異国の女と見紛う事はない。黒のニットワンピースに身を包み、同色のエナメルのヒールを履いている。
「チェンジしますか?」
開口一番、彼女はそう言った。言いながら挑戦的な眼差しをこちらに向けてくる。
彼女を激しく拒絶するタイプと、沼に引きずられるようにはまるタイプがいるのだろう。
「先に言っときますね、私、アルビノなんで」
「いえ、素敵じゃないですか」
私は彼女を招き入れ、身体が冷えているのでブランデー入りの温かい紅茶を勧める。
薔薇色の瞳の彼女と過ごした時間は、さほどエキセントリックなものではなかったが、忘れられない夜になった。
私は若白髪の体質だったので、お互いの各所の毛の白さを比べて遊んだ。何をどうして欲しいのか、私はかなり具体的に言うので彼女は甲斐甲斐しく応えてくれたし、私も彼女が望んでいることをしたつもりだ。
「優しくしてくれるんだ」彼女は10回以上もそう言った。それまで彼女がどういう扱いを受けてきたのか、容易に想像できた。薔薇色の瞳は時にきつく閉じられ、時には半眼となり、私も彼女を満たしたい気持ちでいっぱいだった。
約束の時間は過ぎ、朝まで延長料金無しでもいいよ、と彼女は言ったが私にはこのあとの使命があった。
すっかり乾いた茶色のコンタクトレンズを外す。
私の右目は、漆黒。ここに入り込んだものは二度と帰らないそうだ。
私の左目は、形容しようのない光を放つ。右目から入ったものが左目から出てくるとの話もあるが、今のところ体験はしていない。
アルビノの彼女は右目に吸い込まれた。ずいぶん可愛らしい女性だったから、いつか左目から現れてくれる事を密かに望んでいる。
若白髪のウィッグを外し、体毛の生えたボディスーツと男性器を外し、私は本来の姿に還る。
明日はオフ、明後日には女性の姿で『レンタル彼氏』なるものの調査をする必要がある。
この惑星の『愛情行為と金銭のやりとりについて』が、次のレポートのテーマである。
薔薇色の瞳の彼女は「愛おしい」という感情を私に教えてくれた。すぐにでも彼女を左目から取り出せるよう、自分自身のマニュアルをもう一度読み返してみたい思いに駆られている。
翌々日、私は女性の姿となり唇を薔薇色に染めて『レンタル彼氏』と待ち合わせる予定である。薔薇色の瞳の彼女のように、いたいけに振る舞えるといいのだが。
薔薇色の瞳 茶村 鈴香 @perumi
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