第24話 脈動する誇りと崩れゆく戦線
アルトリウス王国とヴァルヴァリス帝国の戦いはすでに何年にも及び、両軍ともに疲弊を深めていた。王国の若き騎士リオンと、王都出身で後方支援にも長けたエリスは、数度にわたり自分たちの力では太刀打ちできない帝国の大軍に対抗してきた。しかし、そのたびに“漆黒のフレーム”――ゼルの操るアストラルフレーム・グランスレイヴが現れて、帝国軍を壊滅させる形で王国を救っている。
だが、王国騎士としては誇りが大きく揺らいでいた。何度も命を救われながらも、「いつまで漆黒に頼らねばならないのか」という自問が消えない。そして、ゼル自身は王国を助けるつもりなどなく、ただ帝国を滅ぼすという復讐心で動いているにすぎなかった。長く続く三つ巴の構図は、そろそろ次なる大波を迎える兆しを見せつつある――。
峠での砲台破壊作戦を成功させたリオンとエリスの小隊は、数日ぶりに北東の拠点へ戻っていた。そこで待ち受けていたのは、兵士たちの微妙な空気。たしかに砲台を壊したことで戦果を挙げ、帝国の一部行動を妨害できたが、最終的には漆黒のフレームが登場し、帝国軍を掃討する決め手になったからだ。
夜明け前の陣営には、僅かに薄い霧が広がり、遠くでラッパの音が寂しげに響いている。リオンはオメガフレームを整備士に預け、地面に敷いたシートの上で肩を回していた。先日の作戦で右肩を打った影響が残っており、嫌な鈍痛がたまに走る。
「リオン、大丈夫?」
エリスが心配そうに声をかける。彼女は狙撃フレームの調整を終え、物資管理の報告書をまとめていたところらしい。ここ数日、補給の遅れがひどくなっているため、部隊全体がピリついているのだ。
「うん、何とか平気。エリスこそ寝てないんだろ? クマが濃いよ」
「ふふ、ありがとう。でも私より兵士たちのほうがもっと大変だし、ここで弱音は吐けないよ」
エリスは笑みを浮かべるが、その目には明らかな疲労がうかがえる。前回の作戦で少し成果を出せたとはいえ、兵士や指揮官たちが抱える不安は解消されていない。隊長ギルフォードも含め、多くが「また漆黒が来なければ勝てないのでは」という無言の問いに苦しんでいるのだ。
そんな朝の空気を破るように、司令テントへ一同が招集される。隊長ギルフォードや士官たちが地図を広げ、偵察からの新情報を確認していた。そこには、帝国軍が次なる大攻勢を準備しているらしいという報が並んでいる。
「これを見ると、帝国は北東と南方の二方面を同時に押さえつつ、中央を突く形を狙っている可能性が高い。砲台を壊してから日が浅いが、向こうも黙ってはいないということか……」
ギルフォードが苦い表情で地図を叩く。そこには先日リオンたちが叩いた砲台の配置ルートが書き込まれているが、新たな砲台や量産型インフェルノフレームが補充されているらしく、「局所的な作戦成功では間に合わない」という印象を否応なく与える。
「皆も知っている通り、漆黒のフレームが再度現れるかもしれない。だが、いつまでもあれを当てにしていては、我々の存亡そのものが危うい。今こそ我々が主導して防衛を成し遂げる手立てを見つけねばならん」
隊長は強い口調で訴えるが、その背後には「具体案がなかなか浮かばない」という実情が透けて見える。リオンとエリスも黙って耳を傾けていた。
「もし、北東から大部隊が来るなら、今度こそ自力で踏みとどまりたいです」
エリスが控えめに発言すると、士官の一人が「あれ(漆黒)が来るか来ないか分からない以上、危険ではないか」と返す。
「しかし、もう一度あれに頼れば、今後もずっと同じ状況が続く。それでは王国の民もついてこなくなるだろう」
ギルフォードが遠くを見つめるように言うと、会議室に沈黙が走る。まるで「理屈では分かっているが、実践できるかどうか」と思い悩む雰囲気だった。
会議を終えてテントから出たリオンとエリスのもとに、数名の兵士が声をかけてきた。彼らは砲台破壊作戦にも参加していたが、漆黒のフレームの助力がなければ危なかったと痛感している。
「二人とも、お疲れさまです。隊長の方針は分かりましたが……本当に、あれなしで勝てるんでしょうか」
若い兵士が眉を寄せて問いかける。リオンは答えに詰まりつつ、「いや、まだ分からない。でも、俺たちでやれることを少しずつやっていくしか……」と返す。
「リオン、エリス、俺たちはお前らの指示に従うつもりだ。だけど正直、漆黒が来なかったら、全滅するんじゃないかと怯えてるんだよ……」
もう一人の兵士がうつむきがちに言うと、エリスは「怖いのは私も同じ。でも、いつかは自分たちで守らないと……ね?」と歯を食いしばるように話す。
兵士たちも決して弱気だけではなく、「ならば何とか踏ん張ってみよう」と内心思っている様子が見えるが、帝国軍の圧倒的物量の前では心が折れそうになるのも事実だった。
「きっと隊長も打開策を探ってると思う。俺たちは訓練と情報収集を欠かさず、次の大軍に備えよう」
リオンがそう言うと、兵士たちは静かに力強く頷き、散っていく。二人はその背中を見送りながら、あまりに大きいこの矛盾にため息をつくしかなかった。
山奥の茂みをかき分け、ゼルはグランスレイヴの具現を一度解いてから、しばし徒歩で動いていた。あまりに目立つ場所でフレームを展開すれば、王国軍も帝国軍も気付いて寄ってきてしまうからだ。
彼はしばらく行くと自然の洞窟を見つけ、そこを隠れ家にすることにする。元来、ロストテクノロジーであるアストラルフレームは魔力を使い果たせば維持できなくなり、再度呼び出すにはゼル自身の体力(=魔力)の回復を待たなければならない。魔力切れを起こせば戦場で危機に陥るため、行動には慎重を期していた。
岩肌に腰を下ろすと、ゼルは魔剣の柄に触れる。「ふん……あの王国軍、砲台を叩いたのは悪くなかったが、結局俺がとどめを刺す展開になったな。次はどう動く?」
声には苛立ちとも呆れとも取れる響きがある。両親を奪った帝国を葬るため、ゼルは漆黒のフレームを利用しているが、王国軍が主体的に戦い始めた様子に一抹の興味を惹かれるようだった。
「リオン、エリス……とか言ったな。あいつら、いつまで頑張れるか。まあ、俺には関係ないさ。帝国が動けば、俺も動くまでだ」
そう自分に言い聞かせるかのように呟く。だが、その瞳の奥にはわずかな迷いが浮かんでいる。もし王国軍が漆黒を頼らず戦う力を身につける日が来たら、自分の復讐にどんな影響があるのか――考え始めても答えは出ないので、ゼルは面倒そうに目を閉じた。
その日の夕刻、北東の峠で警戒態勢を敷いていたリオンとエリスのもとに、カールが青ざめた顔で戻ってくる。南方の谷でも帝国軍が動きを見せており、今度はそちらで本隊らしき動きが確認されたというのだ。
「隊長が言っていた二正面作戦ってやつか……」
リオンが呟くと、カールは地図を見せながら説明を続ける。「どうやら南方の谷で大軍が準備していて、こっちと同じくらいの規模で攻めてくる可能性がある。どちらかが陽動、どちらかが本命なのか、両方本命なのかは分からない」
士官たちも集まり、作戦テントでは激しい意見が交わされる。隊長ギルフォードも指示をまとめながら、リオンたちに向けて声を張り上げた。
「我々は北東を放棄できんが、南方も手薄にできない。漆黒が出てきたとしても、どちらに現れるかは分からない。……リオン、エリス、少数精鋭で峠を守りながらも、状況次第では南方への増援に動く可能性も考えておけ」
二人は「はい」と応じるが、内心では苛立ちを抑えられない。どこへ帝国が攻めても、漆黒次第なのかと思うと自分たちの無力が痛感されるからだ。
会議が終わった後、エリスはリオンを連れて資材置き場へ向かった。そこには王国の限られた魔導式技術で作られた補助装備や、旧式の機械式フレームのパーツがまとめてある。
「リオン、見て。これだけ魔石があるなら、もう少し防御装置を増やしたり、簡易な砲台を整備したりできないかな……?」
「そうだな……でも整備班も兵士も疲れてるし、急ごしらえで効果があるかどうか……」
エリスは端末で設計図を開き、「防御シールドの増強装置をいくつか作れれば、一時的に漆黒を待たずとも持ちこたえられるかもしれない」と提案する。まだ正式な開発計画ではないが、自分たちの力でやれることを探そうという姿勢が見える。
リオンはその光景を眺めながら思う。「エリスも必死なんだな。王都育ちって言っても、今は最前線の地獄を一緒に見てきた。僕が落ち込んでる場合じゃないか……」
二人は作業服に着替えて資材置き場を漁り始める。兵士からは「お前たち、戦うだけでなく改造までする気か?」とからかわれるが、二人は笑って応える。「やるだけやらないと何も変わらないからね」と。
同じ日の夜、ゼルは峠から離れた高台に立っていた。昼間の偵察によって、王国軍が北東と南方の双方を守ろうとしているのを何となく察知している。帝国はまもなく本格的に攻めるはずだが、いつどこに現れるかが読めない。
「面倒だな……。クラウスは二正面で王国を潰そうとしてるのか。まあ、どちらにせよ帝国を叩けるなら叩きたいが……」
夜風が吹き、ゼルのマントが揺れる。魔剣グランスレイヴは腰に収まり、いざという時にいつでもアストラルフレームを呼び出せる状態だ。今回も命を削るわけではないが、魔力をどれだけ温存できるかで結果が変わるとゼルは理解している。
「もし王国軍が先に潰されてしまえば、帝国を叩く機会も減る。……だからこそ、俺は適度に助け続けてるってわけか……。ふん、なんとも面倒くさい話だな」
その自嘲気味の言葉の裏には、リオンたちが自主的に戦力を整え始めた様子を僅かに認める気持ちもある。砲台破壊に先手を打ったり、新たな防衛策を考えたり――王国騎士たちの小さな努力は、ゼルにも微妙な影響を及ぼしつつあった。
翌朝、隊長ギルフォードは隊員を集め、北東の峠を中心とした再防衛方針を伝える。南方が本命ならば北東は陽動かもしれないが、逆もあり得る。漆黒がどちらに出現するかも不明だ。
「だが、我々は漆黒を当てにせずとも十分に戦う意志がある。兵士たちよ、先の砲台破壊で分かっただろう。少数の力でも、やり方次第では帝国の機先を制することができるんだ」
ギルフォードはそう言って士気を高めようとする。今までは失望や落胆が募っていた兵士の表情にも、一筋の希望が灯り始めた。砲台を落としたリオンたちの小隊が「やればできる」という実例を見せたからだ。
リオンはエリスと視線を交わし、「隊長も、少し期待してくれてるのかな」と感じた。エリスも微笑み返し、「大丈夫、少しずつだけど前進してるよ」と励ます。その後ろでカールやエルドも頷きつつ、「いつか漆黒に頼らない勝利を実現しようぜ」と拳を合わせる。
その日の午後、南方から伝令が駆け込んでくる。「帝国軍が兵力を大幅に増強し、早ければ数日以内に本格侵攻を始めるとの報告です……。北東へ回り込む部隊もいる模様で、こちらへ大規模な攻撃が来る可能性が高いかと……」
兵士たちの表情が強張る。連日の戦いと不足気味の補給に加えて、さらなる大軍に押し寄せられたらひとたまりもない――そんな絶望がよぎる。だが、ギルフォードは苦い顔で言い聞かせる。
「このまま歯を食いしばって守り抜くしかない。もし漆黒が出ても出なくても、我々はやれるだけのことをやるんだ。分かったな……」
兵士たちは声をそろえて「はい!」と答えるが、心の中では「やはり漆黒が来てくれたら……」という期待を抱いてしまう。リオンとエリスにしても同様で、もし次の戦いで漆黒が現れなければ、自分たちは戦線を維持できるのかどうか不安は尽きない。
こうして王国軍の緊張は極限へと近づいていた。リオンとエリスは、わずかながら新しい装備や防御システムの開発を試み、漆黒頼みの状態から少しでも脱却したいと思っているが、時間も物資も圧倒的に不足している。
一方で、ゼルは山中で静かに時を待ち、帝国が本格侵攻を仕掛ける瞬間を狙っている。ロストテクノロジーであるアストラルフレーム“グランスレイヴ”の維持には、徹底した魔力管理が必要だが、王国軍と帝国軍が激突すれば、その混乱に乗じて自らの復讐を果たす大きなチャンスとなるだろう。
帝国軍も黙ってはいない。クラウス大尉は失敗続きの対漆黒作戦をさらに強化し、新たな兵器や作戦を準備しているという。量産型インフェルノフレームの増産ペースが落ちていない以上、王国軍の防衛線は一度破られれば簡単に崩壊してしまうに違いない。
この状況で、王国の誇りと帝国の執念、そして漆黒の復讐がどのようにぶつかり合うのか――まさに次の戦いが決定的な場面を作り出すだろう。
勝ったはずの戦いが続くほど、王国軍の心は曇るばかり。漆黒に助けられなければ帝国を退けられないのか――その問いが兵士たちを苦しめる。
リオンとエリスはわずかながらに前へ進み、「砲台を壊す」「少数精鋭で動く」など、新たな方法を試み始めた。だが、現実は甘くなく、帝国はさらなる兵力と新兵器を投入しようとしている。一方、ゼルは山中で冷静に動向を探り、次なる大戦で大きな復讐を果たすときが来るのを待つ。
三者の思惑が引き裂かれるか、重なり合うかは、近いうちに訪れる大激戦にかかっている。“漆黒に頼らない”という理想と、“復讐のために漆黒を操る”現実が交錯するとき、リオンたちが迎える運命は如何に――。
忘れられた魔道と機械の時代を駆ける騎士たち 蒼空ユウ @dctaka007
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。忘れられた魔道と機械の時代を駆ける騎士たちの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます