第11話 疑念と決意

帝国軍が撤退した戦場には、破壊と混乱の爪痕が広がっていた。王国軍はかろうじて勝利を収めたものの、その代償はあまりにも大きい。無残に散らばる兵士たちの遺品や、煙を上げるフレームの残骸が、勝利の余韻を打ち消していた。


リオンはオメガフレームを降り、無意識のうちに握りしめていた拳を開く。戦いの中で流された血と汗が、未だに冷えずに手のひらに残っているような感覚だった。


「……俺たちは、本当に勝ったのか?」

リオンは呟きながら目を閉じた。脳裏にはインフェルノフレームの猛威、そして突如現れた漆黒のフレームの圧倒的な姿が焼き付いていた。


リオンが歩み寄ると、すでに地面に座り込んでいるエルドとカールがいた。どちらも疲労が顔に滲み出ている。


「リオン……無事だったか。」

エルドが苦笑を浮かべながら声をかける。


「なんとかね。それより、状況はどうなってるんだ?」


カールが答えた。「生き残った兵士たちは負傷者の手当てに回っている。それと、隊長が緊急会議を開くらしい。」


「隊長……。」


その名を聞き、リオンは顔を上げた。ギルフォードが現場を歩き回り、次々と部下に指示を飛ばしている姿が見えた。


「……あのフレームについて、何か知っているのかもしれない。」


リオンの疑念を察したかのように、ギルフォードが声をかけた。「リオン、エルド、カール。少し時間をくれ。話しておきたいことがある。」


簡易的な野営地に設けられた作戦本部。その中でギルフォードは、王国軍の現状を地図を使いながら説明していた。


「これまでに確認されていた試作型インフェルノフレームは一機のみだった。それが、今回の戦闘で量産型が初めて投入された。」

ギルフォードの言葉に、場が一瞬静まり返る。


「試作型より性能は少し落ちているとはいえ、圧倒的機動性と、運用時間も大幅に延びている。帝国が短期間でここまで技術を進化させたのは、脅威以外の何物でもない。」


エルドが険しい顔で口を開いた。「……それでも、今回現れたあの漆黒のフレームは別格でした。」


ギルフォードは頷き、「ああ」と言葉を続けた。「士官学校でも簡単に教えられることだが、『アストラルフレーム』という名前を聞いたことがあるか?」


リオンとエルドが顔を見合わせる。


「確か2000年前の魔導文明の遺産だったはずですが、詳しいことは教えられませんでした。」

リオンが答えると、ギルフォードは深い溜息をついた。


「アストラルフレームは、その通り古代の魔導文明が生み出したフレームだ。だが、現代ではその技術が完全に失われている。そのため、誰も実際に見たことはない。」


「じゃあ、あれがもし本物だとしたら……?」

リオンの問いにギルフォードは首を振った。「分からない。だが、少なくともあれは我々の敵ではない。ただし、味方かどうかも分からない。」


その頃、帝国軍も混乱の中にあった。指揮官専用インフェルノフレームに乗っていたクラウス大尉は、片腕を失ったフレームを操縦しながら撤退を指示していた。


「大尉、被害が甚大です! 敗残兵が次々と後方に流れ込んでいます!」

部下が焦燥の表情で報告する。


「構わん、全て撤退させろ。フレームの損傷が激しいものはその場で破棄し、兵士を優先するんだ。」


クラウスは通信機を切り、目を閉じた。「あの漆黒のフレーム……いったい何者なんだ。」


悔しさを押し殺しながら、クラウスは必死に撤退戦を指揮する。


夜になり、戦場は静寂に包まれた。王国軍はなんとか陣地を整え、次の戦闘に備えていた。


「負傷者の数が多すぎる……補給も足りない。」

ギルフォードが仮設のテントの中で頭を抱えていると、リオンが中に入ってきた。


「隊長、俺たちに次の指示を。」


ギルフォードは疲れた表情でリオンを見つめた。「リオン、今は休め。これ以上君たちを戦わせるわけにはいかない。」


「……でも、俺たちにはやらなきゃならないことがある。」


リオンの言葉にギルフォードは苦笑を浮かべた。「そうだな。だが、君たちが倒れるわけにはいかない。」


リオンは頷き、テントを後にした。その背中には、まだ戦う覚悟が刻まれていた。

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