第5話

 むしろ、この場合問題になるのは火矢によって引き合わされるべき彼彼女らである。


 さて、彼彼女らというのは火矢を放ったもののこと、ではない。それらはあくまで裏方であり、裏方でしかあり得ない。表舞台に上がることを幸せとしない類の生命体であり、どこまでも舞台装置である。そうではなく、主題は「自死へと向かう少年少女青年聖女」である。これは貴文が折りに触れて叫ぶ呼称であり、社会のぜんまいたる裏方生命体の名付けなどでは決してない。


 少年と少女が対になることは頷けるものの、青年に対比すべき言葉を貴文はしかと理解できていなかった。音から選ばれたのが聖女であり、その語彙は正常とは言い難い。だがこの地が青き清浄の地ではないのだから、そんなことはどうだっていいのだ。貴文にとって適度に心を紛らわす言葉であればそれで良い。意味よりも音が優先され、音によって思考を跳ね飛ばすことで目の前の惨状から文字通り目を逸らすのだ。見ないふりをするのだ。少年と少女が対になるなんて一連の言葉があれば、今度はつがいになるべきだとか、ついになるのであれば今まで鳴ることなどできなかった楽器としての彼らを憐れむような視線すら浮かべるかもしれない。浮かべたとて、それは一瞬でかき消されることだろう。その憐れみの対象は少年少女であるが、貴文には責められるべき対象は己しかいないのだ。必然として想起されるのは自分の中の最も少年らしかった記憶であり、少女らしさを秘め持っていた瞬間である。


 最も少女らしさを秘めていたのは、姫らしさとも形容できそうだったのはやはり恋人の前である。貴文にとって唯一の外の景色はおよそ彼女からもたらされていたといつまでも過言ではない。彼女を離した貴文は片目を失ったに等しい。彼女といたところでその目が果たして正常に機能していたかは別として。


 彼らと出会うのは、引き合わされるのは先にも述べた通り社会のぜんまいの仕業である。円滑な幸せの社会を祈る敬虔な裏方たちがいてこそ社会はまた一つ次の進化へと至るとか。教義の程は貴文にとってはどうだってよかった。一つだけ気に食わないのはそれが生活に関与してくるところだった。


「其方が相談役か」


「哀れにも恋人を捨てたものの心までは捨てきれず、さりとて共に命を散らすこともあまつさえ命を生かすことすらできぬ己だけで完結した愚か者のことを言うているのなら私で違いない。それ以外のものはここにはおらぬし、それに加えて先に述べたほどのろくでもなくもわずかばかりに上品なやつだっていやしないさ。ここにいるのはただのおろか人。疾く失せよ」


「その口上は違いなく相談役じゃろな……聞いておくれよワシの娘の話じゃ」


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