第5話 喝采
ドレスを着るなんて、久しぶり……いや、初めてだっただろうか? 前、働いていた時に同僚の結婚式に呼ばれたから渋々着たことがあったかもしれない。
金木犀が香る季節。
私は中学の同窓会に来ていた。
同窓会の案内が来たのは確か呪いの動画が届いたその日だった。普段なら一瞥もせずに案内を捨ててしまうところだが、やはり虫の予感というか運命は存在するのだ。
会場には当時の担任と、かつてのクラスメイトが二十人来ていた。クラスメイトは確か四十人くらいだったから、半分は来ているのか。昔のことはあまり思い出せない。友達もいなかったし。
思った通り、かつての担任もクラスメイト達も私の顔を見ても、私の名前を聞いても、あまりピンと来てはいなかった。私のことを覚えていた人はよりにもよって何でお前が来たのかという顔をしていた。まあ、無理もない。
私も旧交を温める目的でここに来たのではない。
廟創山から帰って後、私は自分が呪いになれるかを調べに調べ尽くした。
裏拍手で祈っただけで殺すのはあの空間だけだったらしい。
それでも、やはり、あの呪いの動画の力は絶大だった。
ありとあらゆる方法で、考えつく方法全てを使って、不特定多数の人間に動画を見せた。
その結果わかったのは、老若男女、貴賤は問わず、貧富の関係なく、この呪いの動画は人を殺すことが出来る。動画の内容を理解出来ていなくても効果は現れた。日本語がわからない人、まだ言語や状況が理解出来ない赤子で実証済みだ。
ネットに動画を上げたことに関してはまだ効果はわかっていない。意外とバズるというのは難しいらしい。
まあ、それはいいとして。
一番の収穫は、動画を音声無しで見せても、動画を音声のみで聞かせても、効果は変わらずに発揮されるということである。これも、耳の不自由な人、目の不自由な人で実証済みである。
「お集まりの皆さーん!」
私は会場に全員がいるタイミングを見計らい、密かに持ち込んでいた拡声器を使って叫んだ。
突然の事に会場が静まり返る。
同窓会の余興なのかと興味深げに様子を伺う人、こそこそと話し合い人がいるだけで、誰も私の行動を止めには来なかった。
こういう不測の事態の時、人はとりあえず様子を見るという行動に移る。以前、公園で同じ事をして実証した通りだ。
注目を集めるとすぐに拡声器のマイクの前で動画を再生した。
『おいっ、何だよアレ! アレなんだよ!』
『知るかよ! 俺が!』
ザッザッザッ
ガサッ
『ねえ! 私達今どこにいるの!』
『わかんねえよ!』
ふっ ふふっ
あはは……
あれ?
女の笑い声?
こんな音声なかったはずなのに。
背筋に歓喜が走る。もう私の中で恐怖と喜びはもう同義だった。
あるかんじょ でぎと あるく
とみの かんたちおん ふれん
すてや まれいか からみとうさ
『何? 何ッ?』
『念仏?』
あるかんじょ でぎと あるく
とみの かんたちおん ふれん
すてや まれいか からみとうさ
『お前ら誰なんだよ! 出てこいッ!』
『そんな事言うな! もし出てきたら……』
がさっ
『何? 何?』
『あの白いの何?』
『え、あ』
ごとっ
がたっ
……
……
ふふっ
ふ
あははははははは
あはははははははははははははははははははははははははは!
けたたましい女の哄笑が拡声器を通して会場に響き渡った。
最早、呪いを動画を見る時に安心すら感じていた私ですら、凶兆を感じざるを得ない悍ましい嗤い声に、口の端が釣り上がってしまう。
すると。
ぺちぺちと拍手のようでありながらもっと鈍い音がした。
私は顔を上げた。
会場にいる全ての人間が自分の手の甲同士を打ち合わせて拍手をしていた。
皆笑っていた。泣きながら笑っている者もいた。
唖然とする私の前で、ざわざわとした感嘆の声が合わさっていつの間にか歌へと変わっていた。
あるかんじょ でぎと あるく
とみの かんたちおん ふれん
すてや まれいか からみとうさ
あるかんじょ でぎと あるく
とみの かんたちおん ふれん
すてや まれいか からみとうさ
あるかんじょ でぎと あるく
とみの かんたちおん ふれん
すてや まれいか からみとうさ
おみや あぶすりっとぅ うに でぢぃと
なんだか、なぜだかわからないけれど。
おかしくって、おかしくって私はケラケラと笑いだしてしまった。
喝采の中、私は。
自分の笑い声と動画の笑い声が酷くよく似ていることに気がついた。
喝采 ケロケロせがれ @irikoshiumu
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