君を授かるまでは、しばしウィスキーで二人の夜を。
阿堂リブ
第1話「ホワイト&マッカイ」
第一話「ホワイト&マッカイ」
コポ、コポ、コポ。
氷を入れたグラスに、琥珀色のお酒が注がれる。
そこにステアと呼ばれるかき混ぜるための細いスプーンを差して、ゆっくりとウィスキーを氷で冷ましていく。
そうすることにより、冷却されたウィスキーのトロリとした舌触りを堪能できるためだ。
僕のような、ただの下手の横好きな素人からすれば、ある種、そうする気がするという儀式のようなものだ。
十分にステアで氷を回転させて、次は炭酸水でハイボールにしていく。
炭酸を散らせないように、氷を避けて直接ウィスキーに注ぐイメージで、ゆっくり、ゆっくりと。
「いいにおいだねぇ」
正面でその光景を机を挟んで眺めている僕の嫁である桃子が言う。
僕はふふんと鼻を鳴らした。
「そうだろう? 今日はホワイト&マッカイだからね。このお酒は、安いけどとても美味しいし、何より香り高くて最高の食中酒だからね」
得意げにそう言うと、桃子は「あはは」と笑った。
「すっごい語るじゃん」
「そりゃね。好きなんだ、このウィスキー」
炭酸水を注ぎ終わり、しゅわしゅわとした涼し気な音が、真冬に暖房を付けた部屋の中に広がっていく。
琥珀色に淡く炭酸水で満たされたグラスをお互いに持ち上げる。
彼女のキラキラとした眩い瞳が、僕と合う。
「「乾杯」」
カチンと打ち鳴らしてから、グッと煽る。
その瞬間広がる、まるで焼きリンゴのような仄かな酸味と、アルコールの裏に隠れたグッと出てくるスパイシーな味わい。
そして何よりもこのスパイシーの更に奥から湧き上がってくるフルーティさが、たまらなく『美味い』と言う感情を引き出す。
くぅーーーと唸ったのは僕だけではない、お互いに一息して、僕らは心が重なった。
「「美味い!!!!」」
一度グラスを置いた桃子は、ふぅと艶めかしい吐息を天井に吹いた。
「すごいね。これは美味しいかも。幾らだったの?」
「それが、驚きなんだけど……なんと、酒屋さんで1300円」
「やっっっっすい!? でも本当に美味しい。甘くて飲みやすいし、私でも全然楽しんで飲める」
「はは、桃子。こちらをどうぞ」
僕はそう言って、桃子の目の前に、森永乳業の”小枝(あまおうイチゴ味)”を差し出す。
あーんと差し出した小枝を桃子が口で受け取り、すぐさまウィスキーと一緒に口に含む。
一瞬、悶えたように足をバタつかせた桃子はウィスキーを嚥下して、叫んだ。
「あーーーーー! おいっしぃーーー!」
「ね? あまおうイチゴチョコレートの甘さと、ホワイト&マッカイのフルーティな甘味が調和して美味しいでしょ?」
「単純なお菓子の甘味と、ウィスキーの何処か香り高い甘味のマリアージュ……これはハマっちゃうよぉ」
「あはは、ほどほどにね」
言いながら僕は、焼いたウィンナーを箸でつまみ、一口。
しょっぱい塩見とジューシーさが、口いっぱいに広がる。うん、ディスカウントストアで買ったお徳用のウィンナーだけども本当に美味い。
そして、ハイボールを含むと、さらにこの甘じょっぱさがスーっと血管を伝っていく感覚が流れて、体の疲れを癒してくれる。
仕事の後はやはり、このスタイルが一番疲れに良い。
「ウィスキーってbarで粛々と飲むイメージが強かったけど、家呑みも良いものだねー」
「そうだろう?」
「まーくんの作ってくれたチョレギサラダもすっごく美味~~」
「そう? 喜んでくれてよかったよ」
チョレギサラダなんて、スーパーで帰るレタスパックに、お湯で戻したわかめと、刻み海苔、そしてごま油とごまドレと醤油を混ぜたドレッシングを掛けるだけの簡単料理なのに、僕の嫁は褒め上手だな。
用意さえすればまな板も使わず数十秒で作れる簡単料理で、コスパも最強で、かなり美味しい海藻サラダ、それがチョレギサラダなのだ。
作れるようになればモテるポイントにもなるし、知っておくに越したことはない。
なんせ女性人気も高い、超美味いダイエットにも効く万能サラダなのだから。
「まーくんは~、こんな料理で何人の子を誑かしてきたのかな~?」
「はっはっは。君しか誑かされてないよ」
そりゃ、僕だって桃子と出会うまでの間に、それなりに恋愛も経験してきた。
だがしかし、家でご飯をご馳走するぐらいの関係まで発展したのは桃子が最初で最後だ。
確か最初は、付き合って一か月ほどのことだった気がする。思えば桃子は距離の詰め方がとても上手い女の子だった。
知り合ってから告白されるまでは、およそラブコメ漫画の10巻分ほどのロマンスがあった気がするが、まぁ、そう思えるほど濃かったということだろう。
「そうなんだ~。生意気~」
「むっ……」
そういって桃子に鼻をつままれてニヤニヤとからかわれる。
少し苦しそうに目を細めた僕は、少しだけ、大人びた表情をした桃子が年上のお姉さんのように見えてドキっとした。
僕と桃子はお互いに同い年なんだけど……なんだろうね、お酒が入ったことによるこの翻弄されてる感覚、たまらなく良い。
「結婚生活、始まっちゃったね」
鼻から指を話した桃子が、少し伏し目がちに言ってくる。
少し耳が赤くて、気恥ずかしさを覚えているような、何処か嬉しそうな色んな色を混ぜた表情を僕に見せてくれる。
僕も、桃子と結婚したという実感がやっとフッと帰ってきた気がした。
最初に実感したのは入籍手続きを終えて市役所から出てきた時だから、それ以来だろうか。
「まだ、このアパートでしばらく二人だけど……その内、もっと大きな家に引っ越そう」
「そうだね。私たちの間に赤ちゃんが出来るまでは、こうやって二人で過ごせるね」
「頑張るよ」
コツンと、お互いにグラスを当てる。
なんだかはちみつを生で飲まされたかのような、気恥ずかしいまどろみの中で、晩酌は進んでいく。
ホワイト&マッカイの甘くてフルーティ、それでいてアルコールのピリリとした舌触りは、恐らくそんな雰囲気を醸し出す一つの要因になっているかもしれない。
こんなオシャレな夜は、続く。
きっと、まだ見ぬ”
暖かな宵闇に、月明かりが差すそんな夜を。
君を授かるまでは、しばしウィスキーで二人の夜を。 阿堂リブ @Live35
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