巫女島と夜のキャンプ

夏音

第1話 後悔

「いや!イヤです!放してくださいっ!」


周囲にいる人たちがチラチラとこちらを見ているのが分かる、が、引き下がるわけにはいかない。


「ばか!放すかよ!絶対はなさないぞっ!」


なぜなら・・・


「これ以上肉を買っても絶対に食い切れんからっ!おまえ絶対食えないからっ!」


「イヤっ!」


勢いよく半額のシールが張られた焼き肉用肉5種盛り合わせパックをスーパーの精肉コーナーの前で俺の手からもぎ取ると胸に抱きしめながら巫女島みこしまが毛を逆立てたネコのように唸った。


何故こんなことに・・・


時間をさかのぼること2時間半前、自分はサークルの部会を終えてご機嫌だった。

今日は夜キャンだ。

去年の夏、バイトをして何とか買った中古の軽自動車には既に荷物も積んである。

後はここからキャンプ場に着く間に食材と酒を買うだけだ。

きっとこの時期の夜空はきれいだろう、酒は…と考えていると後ろから声がした。


「っパイ!センパイ!もうなんで無視するんですか!?ひとりでニヤけて気持ち悪いですよ!」


せっかくいい気持だったのにとムッとして振り返るとそこには巫女島が居た。


巫女島は自分の参加する写真サークルの一つ下の女子で、去年くらいまではまだかわいげもあったのに夏の合宿を過ぎた辺りから徐々に生意気になりだし、今では毒を吐くまでになってしまった。

「ふたりともまたやってんの?痴話ゲンカならよそでやれよ~」と笑う同回生達の声を聞き流しながら巫女島に向き直る。

以前はショートだった髪をセミロングくらいまで伸ばし、小柄ではあるけれど少し吊り目な小さな顔はどことなくネコを思わせた。

明るく、よく気も利いて人当たりもいい。サークル内外でも人気があるらしく、一度映研の友人から「お前巫女島さんと付き合ってんの?」とやけに怖い顔で聞かれたこともある。

その時は「どこをどうみてそう思ったんだ」と言ったらものすごく残念な物を見るような顔をされた。俺は巫女島にすら相手にされないくらい残念なヤツだとでも思ったんだろう。まあ多分そうなんだろうけど。

とにかく最近何故かよく絡まれる。


「今日はこれからキャンプなの!大自然の中、思いっきり羽を伸ばして酒を飲む!考えるだけでサイコーだぜ!」


むくむくと萎えた気持ちがまた膨らんでくる、が、


「え?誰と行くんですか?まさかひとりじゃないですよね??え、いくら根暗な先輩でも友達すらいないなんて・・・」


とこれ見よがしに引かれた。


「友達ぐらいおるわ!まぁ星空の下、焚火を眺めながらひとりゆったりとくつろぐ、そんな大人な夜の愉しみ方はお子ちゃまな巫女島クンには分かるまい。かわいそうに・・・」


そう、これでこそ大人の対応だろう。


「え、キモいです。なんか本当にキモチワルいです」


「うるさいっ!いいだろ、別に誰に迷惑かけるわけでもなし!とにかく俺は急いでるの!じゃあな!」


何故かコイツと話してるといつも精神年齢が子どもに戻ってしまう気がする。具体的にいうと小学5年生くらいまで退行してしまう。気を付けよう。

そう思ってよしっと帰ろうとすると、今度は肩から掛けていたバッグを後ろに引っ張られたものだから首が締まった。


「何すんだ!殺す気か!」


っと今度こそ少し怒るも巫女島は悪びれる様子もなく、


「しょーがないですね~、奇跡的にバイトも休みのこのわたしが付き合ってあげますよ!」


とニコリと笑った。


そこから「いや、結構です」「そんな、遠慮しなくても」と言うようなやり取りが5分くらい続いたが、時間がもったいなかったので仕方なく折れることにした。

この時何故か巫女島がドヤ顔だったのが気に入らなかったが、荷物をふたり用に積み替えなければならないことに思い至り「今から1時間後に迎えに行くからな」とよくよく言い聞かせて部室を出た。この時既に歯車が狂い始めていた事は、今にして思えば疑う余地もない。


家に帰るとソロテントを一人暮らしの家の戸棚に仕舞い、代わりに4人用のテントとキャンプ椅子を一脚取り出して車に積んだ。

メスティン(アルミ製の飯ごう)では調理もし切れないだろうから食器代わりに使うようにして、別にダッチオーブン(鋳鉄製の鍋で蓋も付いている)も荷物に追加する。

寝袋の予備は夏用しかないけど仕方がない、焚火をするなら着たくはなかったけど防寒ジャケットの下にダウンを着込み、下もダウンパンツに履き替える。靴下も厚手のものにし、これもまた似合わないのであまり被りたくはなかったけれど、去年冬キャン用に買ったフライトキャップを玄関のコート掛けから取った。念のため巫女島用に焚き火用のポンチョも持っていこう。

ここまで40分。

急いで車に飛び乗ると巫女島の家に向かった。


彼女は実家暮らしで、想像以上に大きな家の玄関先で少し気おくれしてしまったがどうにかチャイムを押す、が反応がない。

あれ?っと思い表札を見るも間違いなく「巫女島」だ、そもそもそんな名前そうないだろう。

もう一度押す。

返事がない。

今度はスマホを取り出して鳴らしてみると割と直ぐ巫女島が出た。


「今お前ん家のチャイム鳴らしたんだけど壊れてんの?」


「大丈夫!聞こえてます!聞こえてますよ!あと5分!あと5分待ってくださいっ!」


電話越しでも何やらバタバタしているのが分かる。

まぁ仕方ないかとため息をつきながら「あと5分だぞ」っと言うと巫女島が「楽勝です!」と楽し気に答えた。

いや、なら準備しとけよ・・・


そこから待つこと20分、きっと巫女島家の時計と俺のスマホには時差があるんだろう。彼女はやけに晴々とした表情で玄関から出て来た。

「焚火で匂いも付くから汚れてもよく、風を通さない真冬の北海道でも過ごせるような恰好で来い!」っと言った自分の言葉をどこまで聞いていたのかは分からないが山ガールみたいなこざっぱりとした服を着ていて、巫女島クンはたいそう満足げだ。

何か言って欲しそうにこちらを見ていたが「うん、いいから早く乗って」と言うとはーっとおおげさな溜息をついて助手席に乗り込んで来る。

そして案の定、運転席でモコモコに着ぶくれした自分の姿を見て、それはそれは生き生きと目を輝かせて散々からかうのであった。


そこから走ること約一時間、巫女島を連れていくならトイレ等の設備面を考えて近くのキャンプ場に行くことに、その途中のスーパーの中である。


スーパーにつくなり巫女島は「炭火で焼き肉が食べたい!」と精肉コーナーに一目散に向かうとカゴの中に次々と肉を放り込み、既にソーセージや焼き鳥を合わせて1㎏くらい入っている上にあろうことか500gの焼き肉セットを放り込もうとしたもんだからさすがに止めた。


「なんです先輩?」


巫女島は心底不思議そうにこちらを見返してくる。

本当に曇りのないまっすぐな瞳だ。


「いやいや、肉こんな食えんから」


パックを取り上げて戻そうとする。


「食べれます。楽勝です」


っと言って巫女島がそのパックをまたカゴに入れようとする。


「いや、だから無理だって」


「いえ、食べれます」


「無理だって」


「いや、食べます」


「ばか!だから無理だって!」


何度目か巫女島から肉盛りパックを取り上げようとして今に至るワケだ。


言っておくが巫女島は自分が知る限り決して大食いではない。むしろそんなに食べてる印象はない。

自分も人よりは食べる方だがそれでも肉なら500gがいいところだろう。

ちなみに通常BBQ等で基準にされる肉の量は、成人男性で350g、女性は250gだそうだ。

もしあの肉盛りパックを買ったとして、男女ふたりずつでも余裕がある。そんなのもう合コンか焼き肉パーティーだ。

そろそろ周囲を行きかう人々の視線も気になるし、なんなら子どもたちがお菓子の棚の陰からワクワクとこちらを見ている。


「わかった!わかりました!買おう!でもお前絶対これ食えよ!残さず食えよ!」


そう言ってカゴを突き出すと「勝った!」と言う表情を隠しもせずに


「足りなくなっても先輩にはあげませんからね!」


と言って巫女島は丁寧に、半額シールが張られた焼き肉用肉5種盛り合わせパックを累々と積みあがった肉達の上に置いた。

うん、たぶんキミが大食いチャンピオンかライオンでもない限り足りなくなることはないよ、と心の中で呟きながらお酒コーナーへと足を向けた。


なんだかキャンプ場に行くのが怖くなってきた。





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