第18話 感情の行方

「……わぁ、すっごい……」

「ふふっ、そうだね女御にょうご。私も、今とても感動しているよ」



 それから、月日は経て十月へ。

 庭園にて、思わず感嘆の声が洩れる。そして、そんな私に深い共感の伝わる微笑で告げる帝。


 さて、そんな私達の視線の先には、相変わらずの美青年――こういった素養の乏しい私でも、思わず息を呑むほどの優雅な舞を披露するげんちゃんの姿が。



「……あの、女御さま。その……どうでしたか、私の舞は」

「うん、すっごく良かったよ源ちゃん。ほんと、感動しちゃったもん」

「……っ!? あ、ありがとうございます女御さま!」


 その後、暫しして私の下へと感想を尋ねに来る源ちゃん。尤も、以前――あの幼少の頃とは違い、トコトコと駆け寄ってくる感じではないけど……それでも、やっぱり何処かあどけなさは残っていて……まあ、私だからそう思うだけかもしれないけど。



 さて、そんな可愛い可愛い源ちゃんが先ほど披露していたのは青海波せいがいは――舞楽の中において最も華麗優雅とされる、とうの国より伝来した雅楽で。確かに、本作においても甚く感動的との描写がなされていたけど……うん、実際この目にすると、本当に心に沁み入――



「……あの、女御さま。その……いえ、何でもありません」

「……そっか」


 すると、不意に恐る恐るといった様子で何かを口にするも、自身で引き下げてしまう源ちゃん。……まあ、おおかた予想はつくんだけどね。





「――聞くまでもないかもしれないけど、今日の催しはどうだったかな、女御」

「はい、大変素晴らしかったです」

「そうか、それなら本当に良かった」


 その日の夜のこと。

 清涼殿の寝所にて、温和な微笑でそう口にする帝。もちろん、お世辞などではなく本心から素晴らしいと思っている。おいそれと逢うことは叶わないものの、成長を重ねる源ちゃんを間近に感じ、こうして帝からも深い愛情を享受する日々――大変なこともあるけど、十分に満ち足りた日々と言えよう。正直、現代むこうにいたときより遥かに幸せで。



 ――――なのに。



「……あの、帝さま。その……大変、申し訳無いのですが、実は源ちゃ――いえ、源氏げんじきみと関係を持ってしまいました」

「…………へっ?」



 唐突が過ぎる私の告白に、ポカンと呆気に取られた様子の帝。……うん、至極当然の反応……なにせ、他の男性――それも、よもや彼にとって実の息子たる男性との情事なのだから。



 ――そして、もちろんこれは真っ赤な嘘。そもそも、それが事実なら私は――少なくとも、藤壺ふじつぼとしての私は既にこの世界にいないわけで。


 ……まあ、真っ赤と言っても全く以て何の脈絡もない嘘でもなく。実際、源ちゃんのからのそういう接近アプローチも幾度かあったし、本作では実際この時期ときには既にそういう関係になっている。


 だけど、私は拒んでいた。彼の愛情おもいを知ってる身ゆえ些かなりとも心苦しくはあったが、それでも全て拒んでいた。だからこそ、本作の藤壺とは違い、心穏やかに今日の舞を眺められたわけだし。……なのに、なんでこんな――



「…………そうか。いや、謝る必要はないよ。こちらこそ、本当に申し訳ない。そして……勇気を出して話してくれてありがとう、女御」





「……あの、女御さま。その、私から申し上げたことゆえ恐縮なのですが……どうして、今宵は逢って頂けたのでしょう?」

「…………」



 それから、数日経た宵の頃。

 そう、喜びを湛えつつ困惑の窺える表情で尋ねるのは我が継息子ままむすこであり愛息子の源ちゃん。まあ、それも尤もだろう。言葉の通り、こういった彼の申し出に今日の宵にて初めて応じたのだから。



「……あの、女御さま。その、私から申し上げておいて甚だ矛盾があるのですが……本当に、ご無理はなさらずとも――」

「……別に、無理なんてしてないよ。それとも……むしろ、源ちゃんが嫌? 私と――」

「そんな、私が嫌だなんて滅相もありません!」

「……そっか、良かった」


 その後、なおも不安そうな表情かおで尋ねる彼にこちらから問うてみると、言葉の通り強く否定の意を示す源ちゃん。……まあ、聞くまでもないんだけどね。


 さて……この時代において、こんな時間に血の繋がりもない男女が二人で逢うとなると、その後の展開はもはや決まっていて……いや、この状況なら現代むこうでも然したる違いはないのかな。



 朧な月が仄かに差し込む寝所にて、どちらからともなくそっと近づき衣を重ねる。……ほんとに、これで良いの? ほんとに……本当に申し訳ないけど……今なら、まだ引き返せるかも。今なら、まだ帝に――



『…………そうか。いや、謝る必要はないよ。こちらこそ、本当に申し訳な――』


「…………」



 ――その後、どれほど経ってからだろう。藤壺わたしの意識が、遠い霞の中へと消えていったのは。





「…………ん」



 目を覚ますと、視界そこには見慣れたような――それでいて、ほぼ覚えのない天井が広がっていて。そして、心做しか以前に比べ随分と身体が……いや、気のせいでも何でもないんだろうけど。


 それから、そっと視線を隣に移す。すると、そこには何とも見目麗しい――それでいて、随分と記憶に新しい類稀なる美青年が。


 ……まあ、流石に予想はついてたけど――果たして、間違いないだろう。そもそも、本作において藤壺――とりわけ、主人公たる源氏の君にとり彼女に匹敵する存在なんて、数多いる登場人物の中でも相当に限られてるわけだし。


 すると、未だ寝惚け眼の私に対し、比類なき美貌の青年――未来の夫たる源ちゃんは、何処か揶揄からかうような微笑を浮かべて言った。



「――おや、随分とお寝坊さんだが……それほどに良い夢を見ていたのかな、むらさききみ





 





 


 



 





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