第5話 約束

「……はぁ、ほんと滅入る」



 それから、数日経た宵の頃。

 そんな暗鬱とした呟きを洩らしつつ、清涼殿へと向かう廊下を歩いていく私。……別に、帝と会うのが嫌なわけじゃない。ただ、この廊下みちを通るということは――


 ――ガチャン。


「……はぁ」


 少し後方――つい先ほど、私が通った扉がガチャンと閉まる音がする。まあ、これも筋書き通りなので分かってはいたけども。



 さて、これで終わればまだ幸いなのだけど……まあ、そんなはずもなく。そもそも、一時的に帰り道を塞いだくらいじゃほぼ嫌がらせにもならないし。


 なので、当然ながらこれに留まらず前方――清涼殿へと向かう方の扉にも鍵がかけられ、この区切られた廊下の中に閉じ込められてしまうことになっていて。

 ……ほんと、止めてほしいよねそういうの。これじゃロクに寝れもしな……いや、大丈夫かな? この熱くて重苦しい重ね着の何枚かを布団にすれば、一晩くらいはなんとかなりそうだし。


 まあ、そうは言ってもやはり部屋で眠るに越したことはない。恐らくは、控えめに言っても半分くらいこの状況の原因とはいえ……それでも、あれほど深く桐壺わたしを愛してくれてる帝に淋しい思いをさせるのも些か忍びないし。なので――



「――っ!? ちょっと、何で閉めないのよ!」


 もう宵だというのに、何ともけたたましい声が後方から届く。一方、そんな叫びを余所に開いたままの扉を悠然と進む私。そして――



(……ありがとうございます、女御さま)

(……うるさい、お礼なんていいわよ。ただ……忘れないでよね、約束)





「……ふむ、そういうことなら無下にするわけにもいかないが……だが、貴女はそれで良いの……いや、この質問は甚だ配慮に欠けてしまうね。そうするより他なかったのだろう」


 その後、暫し経て。

 清涼殿の寝所にて、いたく申し訳なさそうに告げる帝。ただ、申し訳ないのはこちらも同様で。と言うのも――



『――もし、私に協力してくださるなら……他のお妃さま方よりいっそう貴女をご贔屓なさるよう、私の方から帝さまに願い申し上げましょう』


 前日の夜半よはのこと。

 みんなが寝静まった頃、こっそりと一人の女御の部屋へ赴いた私。……いや、ほんとバレなくて良かった。私の方から体調不良を強く訴えておいたため、昨夜は帝からのお召しがなかった。それもあってか、私に仕えてくれている女房達を含めみんな油断してくれていたのが幸いだった。


 そして、唐突な私の……それも、自身が深く妬み憎んでいる相手からの訪問に、ひどく驚き困惑した様子の女御。……まあ、そりゃそうだよね。ともあれ、そんな彼女に申した言葉が上記これなわけでして。



『……はぁ? あんた嘗めてるわけ? ちょっと帝さまに可愛がられてるからって、この女御あたしに上から目線でもの言ってんじゃないわよ』


 ともあれ、果たして私の提案にありありと嫌悪感を示す女御。まあ、それもそうだろう。女御じぶんよりも格下である更衣――更には、妬ましくて憎くて仕方のない桐壺わたしの口から、このような屈辱とも言えそうな提案をされているのだから。それでも、流石に状況が状況だけにどうにか声量こえは抑えてるようだけど。……うん、ひとまず一安心。


 それでも――果たして、最終的には承諾の意を示してくれた。もちろん、計り知れないほどの葛藤はあっただろうし、私に対する憎悪もいっそう強くなったかもしれない。それでも――桐壺わたしの口添えがあれば、自身に対する帝からのお召しの機会が得られるであろうことは、どれほど悔しくとも認めざるを得なかったはずだから。

 それに、機会さえ得られたならこちらのものという自信もあっただろう。たかだか一介の更衣たる桐壺きりつぼなどより、格も高く誰よりも美しい女御わたしの魅力に帝さまは気が付くはず――きっと、そのようなプライドもあっただろう。


 ともあれ、彼女の協力――まあ、協力と言っても他のお妃達の嫌がらせに加担しない、というだけの話なんだけど――ともあれ、そんな彼女の協力のお陰でひとまずは難を逃れたわけで。

 

 


 



 



 

 

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