第9話 友人が元夫と結婚していて、私の息子の存在が消えていた

そう思った時、またしても心がザワザワしてきた。

また来た。

この感覚・・・一体何?


「これは夢だ。現実じゃない」

その言葉が頭に浮かんだ瞬間、私は目を覚ました。


え?ほんとに・・・夢だったの?

ここって・・・私の部屋だし。

私の、一人暮らしの部屋だ。


夢の中での私は、高校生だった。

自宅から学校に通い、バイトに行っていた。

ついさっきまで、その時の自分として考え、行動してたのに。

あれが全部夢?

前にもこんな感覚があったけど、一体どっちが現実でどっちが夢なのか分からなくなってくる。

夢と現実の境目が、どんどん曖昧になっていく感覚。


枕元の時計を見ると、深夜二時半を過ぎたところだった。

そういえば、さっきも一回目が覚めて・・・

そんなに時間経ってない。

ものすごく長い夢を見たような気がするのに。

夢というのは、自分で感じているよりもずっと短いらしい。

一晩に何度も見るけれど、一回につきせいぜい数分とか数十秒とか聞いたことがある。


もしかして、今見た夢の影響で、また何か変わってるとか?

そうだ・・・自分だけじゃなくて人を巻き込んで変わったら大変だから、夢の中の体験が今に繋がるように、変えないように、意識してみようと寝る前に思った。

だけどやっぱり眠ってしまうと、夢の中での私はその時の私として生きている。

「これは夢だ」という感覚は無い。

起きる前に、これは夢だという言葉が浮かんで、そして目が覚めた。

最後だけじゃしょうがないんだよね。

そういえば、何度かそんな事を思ったような気もするけど。

よく覚えていない。


壁の方を見ると相変わらず、本棚があり本が詰まっている。

これにはもう驚かなくなった。

スマホの画面を見ると、私が作ったらしいブログのアプリが入っていた。

これも消えてない。

夢の内容に沿ってブログが出来ている事も変わってない。

アプリを開いてみると、長年に渡って書き続けているブログ記事が存在している。

ここまでなら、現実に影響が出たのは私自身に関する事だけ。

問題はここからだ。

今度は連絡先を開いて見た。

今は一人暮らしをしている息子の一輝の連絡先が・・・


「え?消えてる!」

見間違いかと思い、何度も見直した。

しかし何度見ても、一輝の連絡先は存在していなかった。

「嘘・・・」

冷たい手で心臓をギュッと掴まれたように、呼吸が苦しくなってきた。

まさか本当に・・・一輝の存在が消えたって事?


恐る恐る、今度はラインを開いて見る。

そこでも、一輝とのやり取りの履歴は見られなかった。

友達の一覧の中にも一輝の名前は無い。

一輝が一人暮らしになってからも、月に一度位は連絡取ってたのに。

私の夢の中での出来事が今に影響して、本当に一輝が存在しなくなったって事?

そんなのって無い。

酷いよ・・・

これってもう、元に戻らないの?


どうか間違いであって欲しいと願いながら、私はもう一度最初から、ラインの履歴を見ていった。

そこで私は、さらに衝撃的な変化を見つけてしまった。

愛華のラインアカウント。

アイコンの写真は、愛華一人じゃない。

家族?

現実の愛華は独身で、旅行会社に勤めている。

私と愛華の友達関係は高校時代からずっと続いていて、今でもたまに連絡を取り合い、会う事もある。

愛華は若い頃と変わらずモテるのに「恋愛とは縁が無い」と言っていて、でもそれなりに人生楽しんでる感じだった。

それが変わったってこと?

愛華が結婚する世界線に変化してる?


愛華のプロフィール画面を開いてみると、そこにも家族らしき写真が入っていた。

海水浴場で撮った写真で、写っているのは四人。

愛華の隣に居るのは・・・海斗!?

おそらく間違いない。

別れてから二十数年経ってて、それ以来私は一度も会った事がないけど。

体型はほとんど変わっていなくて、今の実年齢は四十六歳のはずだけど、それよりかなり若く見える。

さすがに二十歳過ぎの頃よりは老けたと思うけど、それでもまだ十分に魅力がある。

むしろ歳を重ねた事で落ち着きが出て、いい顔になったかも。

愛華は今でも変わらず美人だし、すごくお似合いの二人。

そこに一緒に写ってるのは、二十代と見える若い女性二人。

二人とも、芸能人かと思うほどの美貌。

どっちに似てもそうなるだろうけど、どちらかというと二人とも海斗の方に似てる感じ。

明らかに似てるから、見ただけで間違いなく親子だと分かる。


四人とも楽しそうな笑顔で、幸せ感が伝わってくる。

そうか・・・もしあの時、高校時代最後の夏休みで海に行った日、海斗と恋愛が始まるのが私じゃなくて愛華だったら・・・

それから間もなく結婚して子供が出来てたとしたら・・・娘さんが二人居て、ちょうどこれくらいの年になってるのも分かる。

結婚して子供が出来て二十数年、こんなに仲良くいられる家族って滅多にあるもんじゃない。

結婚したのが私じゃなくて愛華だったら、海斗は幸せだったんだよね。

愛華も。

もしそれだけなら、私は心からその方が良かったと思える。

夢の中でもそう思ってた。

高校時代最後の夏休み、海に行った時に、愛華と海斗がうまくいけばいいなって思った。

どう見ても私より愛華の方が、海斗と共通点も多くて相性がいいと思うし。


だけどそれだと・・・一輝の存在は?

一輝の存在が消えてしまうなんて、とても耐えられる事じゃない。

それも私のせいで?

一輝が今まで生きてきた人生ってどうなるの?

勉強はあんまり好きじゃない子だったけど、明るくて面倒見が良くて、友達にも恵まれていた。

体を動かすのが好きで手先が器用で、物作りも得意だった。

家電製品や家屋の傷みも一輝が直してくれて、私も両親もすごく助かっていた。

高校時代からキャンプにハマり出して、卒業したらアウトドア用品専門店に就職を決めた。

今でもそこで元気に働いている。

この前、彼女が出来たっていうラインが来てた。

「今度会わせるよ」って言ってたのに・・・


本当にそれが全部、無かったことに変わった?

そんなこと、あっていいわけない。

どうやったら戻せる?


私が・・・夢の中で他の恋愛なんかしたから?

その事が無かったら、私は海斗と出会って付き合う流れになったはず。

あの彼と、会わなければ・・・会わないように出来たら・・・


そこまで考えた時、強烈な喪失感が襲ってきた。

あの彼にもう会えないなんて。

あんなに衝撃的な出会いは初めてだった。

それがもう会えないなんて・・・


気が付いたら私は泣いていた。

彼にもう会えないと思うと寂しくてたまらない。


この恋愛が無ければ、現実の流れを変えてしまわなくて済んだのに。

もし今からでも間に合うなら、あの時点で自分が恋愛をしない状況を作らないといけない。

そのためにはこれ以上、彼と会ってはいけない、好きになってはいけない。

もちろん分かっている。


それでも私の感情は、真逆の方向に向かっていた。

全身全霊で、彼に会いたいと願っている。


それが、息子の一輝の存在を消してしまう事だとしても?

この期に及んで私はまだ、自分の恋愛のことを考えているのか。

一人の人間の存在が消えてしまう事よりも、自分の恋愛の事を考えているのか。


自分は最低な奴だと思いながら、それでもまだ彼のことを考えてしまう。

どうしたらいい・・・



















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