第6話 結婚生活が破局に終わった当時の苦い思い出

海斗と連絡先を交換して、それから後も会うようになって、結婚が決まるまではトントン拍子だった。

見た目の派手な感じからは意外だったけど海斗は、恋愛で付き合う時は結婚の可能性はいつも考えると言っていた。

自分の事は何でも隠さず教えてくれたし、自分の身内にもすぐに会わせてくれた。

そういうところも、最初の印象通りだと思った。

結婚したら子供は二人か三人作って、動物も好きだから飼いたいし、いつも笑い声が絶えない賑やかな家が理想だと話していた。

自分の生まれ育った環境はそうだったからと。

たしかに彼の身内は皆んな、明るくて気持ちのいい人達だった。

私の両親も彼を気に入った感じだった。

「まだ若いんだから結婚をそんなに急がなくても、もうちょっとじっくり付き合ってお互いを知ってからにしたら?」とは言ってたけど、特に強く反対はしなかった。


結婚に憧れがあった私は、とにかく早く結婚したかった。

子供にとって親が若い方が嬉しいと思うし、若いうちにお母さんになりたいとも思っていた。

生まれた場所も育った場所もずっと同じだったし、結婚したら街に出て素敵なマンションで暮らしてみたいという夢もあった。


そして、私の高校卒業とほぼ同時に、結婚が決まった。


海斗はそれまで、少し不便でも職場へはバイクで通えるからというので、家賃の安いアパートに住んでいた。

そのアパートでは二人には狭いし、それに家族が増える事も考えられるから、少し広い所に引越そうという話になった。

結婚式の費用や引越しの費用は両方の親がほとんど出してくれて、新しいマンションの初期費用は海斗が預金をはたいて出してくれた。

バイトさえした事がない私は、お金の事をほとんど何も考えていなかった。

早く結婚出来た喜び、街に住める喜び、マンションに住める喜びでいっぱいだった。

経済観念ゼロ、家事の経験もゼロ、今にして思えばそんな子供が、結婚して上手くいくわけがないと分かるけど。

当時は本当に何も考えていなかった。

急がなくていいと親が言ったのも、そういう事だったんだなと今ならわかる。


愛華は「先を越されたか」と言いながら、心から祝福してくれた。

めちゃくちゃイケメンの彼氏で羨ましいとも言っていた。

私もそれがちょっと自慢で、初めての恋愛がうまくいってる事が嬉しくて、舞い上がってたと思う。

その後の生活の事なんて何も考えていなかった。


海斗は、私の願いを何とか叶えようと頑張ってくれていたと思う。

悪い事が起きたら何でも人のせいにしていた当時の私は、その事さえ見えてなかったけど。

勤めていた職場も彼は気に入ってたのに、引っ越して通勤距離が遠くなった事と、個人経営の小さな会社だという事で、私は転職を薦めた。

通勤にも便利な場所で大手企業の求人を見つけた時は、熱心に彼を説得した。

職種としては同じような系統だから、きっと出来るはずと決めてかかっていた。

海斗は全然乗り気じゃなかったけど、最終的には私の願いを聞いて応募してくれた。


転職出来たはいいけどその職場が合わなくて、海斗は日に日に元気が無くなっていった。

ついに、前の職場に戻りたいとまで言い始めた。

「まだ慣れてないからじゃない?行ってればそのうち慣れるよ」

私はそんな風に言って取り合わなかった。

安定した職場で働いてもらいたいと願ったのには、もう一つ理由がある。

妊娠が分かったから。

生まれてくる子供のためにも、安定した生活は絶対に必要だと思った。

今思えば、私自身は料理もろくに出来ないからよくデパ地下で惣菜を買ってきて、街に住める喜びを満喫しつつ買い物を楽しんでいた。

安定した生活は彼が与えてくれるものだと思っていて、一緒に作っていく気持ちが全然無かったと今振り返れば思う。

当時はその事に気が付きもしなかった。


私が十九歳で息子を出産するまで、海斗は何とか頑張ってくれていた。

出産前後の数ヶ月、私は実家に帰って両親に甘えっぱなしだったけど、その間も一人で頑張ってくれていた。

もう限界だったのかもしれないけど、私は自分の出産のことだけで精一杯で、彼の状況に気がついてもいなかった。


彼が突然勤め先を辞めてしまったのは、それから約半年後のことだった。

それを聞いた私は激怒した。

どこか新しい勤め先を探すからと言われても、聞く耳持たなかった。

海斗に聞いた今の預金額が思ったよりかなり少なかった事も、怒りに拍車をかけた。

私の生活費の使い方を考えれば、足りなくなる度に彼が預金から出してくれていたんだから当然なんだけど。

その頃の私は何もかも相手のせいにして被害者意識しかなかった。

「恋愛に縁のなかった私が、こんなに上手くいくなんて変だと思ったんだよね。やっぱりこういう宿命なのかも」

愛華に相談した時も、たしかそんな風に言っていたと思う。

泣きながら親に電話して、もう離婚すると喚いていた。


その後一ヶ月経っても海斗が新しい勤め先を決められなかった時、私は一方的に離婚を決めた。

いくつか応募していたのは見たけれど、どこも採用にならなかった。

前の会社を短期間で辞めたから評価が下がったに違いないし、だから辞めなければよかったのにと、私はまた怒りを爆発させた。

彼はもう少し考えて欲しいと言ったけれど、私の考えが変わらないと見るとそれ以上強くは言わずに離婚を承諾した。

自分が無職になったという負い目もあったのかもしれない。


私は息子を連れて実家に帰った。

当時の事を今振り返って考えると、苦い思いが込み上げてくる。


恋愛や結婚がうまくいかない不幸な星の下に自分が生まれたわけでもなければ、一方的に彼が悪いわけでもない。

海斗はむしろ限界まで私に合わせようとしてくれていたと思う。

転職後は仕事が忙しくて、好きな趣味からも遠ざかっていた。

疲弊するに決まっている。

私は世間知らずで子供過ぎた。

親が言った事の方が多分合ってて、結婚するにはまだ早かったと思う。


息子の一輝がまともに育ったのも、ほとんど両親のおかげだった。

私は子育ても全然ダメで、世話は全部母に丸投げだったし。

保育園、小学校に行くようになった一輝と、いつも遊んでくれたのは父だったし。

そのせいか成長してからでも一輝は、何か悩みや相談事あると親の私より祖父母に話していた。

父親である海斗とも、私の父と母が連絡をとってくれて、一輝は時々会っているようだった。

私に気を遣ってか、私の前ではその事は言わないけど。


当時の私は、何であんなに精神的に子供だったんだろうと思う。

年齢からすると事実子供なんだから仕方ないと言えばそうなんだけど。

結婚の事以外でも、確固たる自分というものが無かったように思う。

高校生でも、もっとしっかりしてる子は居るし。

自分がどうなりたいか、何をしたいか、はっきり決めてる子もいる。

私はと言うと、いつも「何となく」「まあいいか」で、部活でも遊びでも愛華に誘われればついていくような高校生活を送っていた。


部活はそれなりにやってたけど、熱くなれるほど好きでもなかったし。

勉強もそれなりにやってたけど別に目標があるわけじゃなかったし。

成績は悪くなかったから進学も薦められたけど、どうしても行きたいほどの大学も無かった。

バイトして社会経験を積むような行動力もなかったし。

のめり込めるほどの趣味も無かった。

今思えば本当に、ぼーっと生きてたと思う。


その事に対して苦い後悔があるから、こうありたかった自分というものを夢で見ているのかもしれない。

その夢がどうも現実に影響を及ぼしてるみたいだけど。


壁の方を見ると、やはり本棚はそのままそこにある。

後から増えた分の本も変わらずに存在している。

それ以上に増えた様子は、見たところ無いように思うけど・・・


今の部屋の状況を写真に撮っておこうと、ふと思いついた私はスマホを手に取った。


え?何これ?

こんなの入ってたっけ?

ホーム画面の中に、見慣れないアプリがあった。

タップしてみると、メールアドレスとパスワードを自分で保存していたらしく、すぐに開く事ができた。

「嘘・・・私の・・・ブログ?」

今までに読んだ覚えのある本の、レビュー記事がズラリと並んでいる。

ブログの開始時期を確認すると、今から三十年近く前の日付になっている。

記事数は五千記事を超えていて、閲覧数もそれなりにあった。

読んでくれている人が沢山いるらしい。

すごく嬉しいんだけど・・・でも現実の私はブログなんて書いてない。

これももしかして夢の影響?

 

物が増えるだけじゃなくて、書いてたかもしれないブログ記事まで増えてるって・・・夢の中での高校生の私は、本を捨てずに部屋に置いてて、バイトを始めてて、バイト先で気になる人に出会って、ブログを書き続けてて・・・

それだけでも現実とはけっこう違う過去になっている。


そのあと高校生活の最後の夏休みに、愛華と一緒に海に行く約束をした。

ここは夢と現実で一致してるんだけど・・・現実では、私にはその時特に好きな人とかは居なかった。

だから、海斗と出会ってすんなり付き合い始めて、結婚まで進んだ。


だけどもし、これから夢を見て、この後が違ってたらどうなる?


愛華と海に行くのは同じでも、夢の中での私には、バイト先で一目惚れしたらしい気になる人が居る。

あの人の事が気になってるとしたら、海斗がいくらイケメンでも、すんなり付き合うというのは多分なさそうに思う。

海斗と付き合わないとしたら、結婚しないわけだし・・・そうなったら息子は・・・生まれないって事?!


ここまで考えた時、次に夢を見るのが恐ろしくなった。












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