第4話
「書道部って何やるんだろ」
どこからかそんな声が聞こえてきた。確かに、と僕は空を見ながら思う。空は晴れ渡っていて、淡い青色がどこまでも広がっていた。絶好の文化祭日和だ。
僕を含め数十人の生徒がグラウンドに集まっていた。オープニングとして書道部がパフォーマンスを行うらしい。
けれど何をやるのかは僕もよくわかっていなかった。クラスメイトが書道部部長でなければ見に来なかったかもしれない。
『それではオープニングを務める書道部の入場です』
放送部の進行により、ぱらぱらとまばらな拍手が起こる。僕も軽く手を叩く。
グラウンドの上には大きなブルーシートが何枚も敷かれ、その上に幅数メートルもの長方形の紙が置かれている。
現れた五人の書道部員は一列に並んで白紙の前に立った。全員が白い上衣に黒い袴姿だ。
右端に立つ部長の鳴瀬が司会からマイクを受け取る。小さく会釈をして、こちらを向いた。
「ただ今より書道パフォーマンスを始めさせていただきます」
凛とグラウンドに響き渡る声。そしてその真っ直ぐな瞳に、僕は一気に呑まれた。
鳴瀬はマイクを自分の腕ほどもある長い筆に持ち換えて大きな白い紙の上に立つ。
「──はっ!」
空気を切り裂くような声とともに墨汁を含ませた大筆を叩きつけた。
そのまま身体全体を使って動かす。落ちる影よりも濃い黒色の線が描かれる。
彼女に続くように他の部員も声を張り、筆を振るった。五人がそれぞれ違う動きをしながらひとつの作品を作り上げていく。
舞うように、斬るように、線を描く。鬼気迫る眼差しで紙面を睨みつけながら、何度も何度も繰り返す。
僕はもう空なんて見ていなかった。
「……ありがとうございました」
筆を置いた鳴瀬の言葉をきっかけに、それまで静まっていたグラウンドが爆発した。入場のときの何倍もの拍手が彼女たちを包む込む。
僕も痛いほど手を叩いていた。それでもまだ足りなかった。
「すごかったよ、オープニング」
ようやく言葉にして伝えられたのは文化祭が終わって数日後のことだった。
最初きょとんとした顔をした鳴瀬はすぐに思い至ったようで「あ、文化祭の」と手を合わせる。
「今更だけど」
「ほんとだね」
でもありがと、と鳴瀬は笑った。あのときとはまた違うやわらかい表情だ。どちらが本当なのかわからない。どちらも本当なのかもしれない。
「じゃあ私もちょっと思ってたこと言っちゃおうかな。今更だけど」
「え、なに」
「いいよね、それ」
ぴっと指を差した先には僕の開きっぱなしのノートがあった。お世辞にも達筆とは言えない文字がずらりと並んでいる。
思わず隠したくなったが、その前に鳴瀬は微笑んだ。
「好きだな。この字」
息が止まった。時間も止まった気がした。
あれほどの書を描いていた彼女が、僕の拙い文字を好きだなんて。
それからのことはよく憶えていない。何かを喋ったような気はするが内容も曖昧だ。
確かなのは、僕の中にただひとつ残っていた温度。
きっかけは彼女の微笑みか、真剣な眼差しか。
どちらが本当なのかわからない。どちらも本当なのかもしれない。
僕は鳴瀬に恋をしていた。
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