朱色の夏

豊嶋裕二朗

プロローグ

もし、あなたが自分の半生を語ってください。と言われたらいつのことから話始めるだろうか。生まれた瞬間?親に初めて叱られた時?それとも、何でもないありきたりな日常?どのシーンからかは分からないがあなたはきっと笑顔を浮かべ懐かしみながら、記憶に残る一番最初の思い出を語りだすだろう。だが僕は違う。僕は苦々しいあの日の事を、今でも忘れられない運命的でそれでいて暴力的だったあの日


_______人生で初めての彼女に5日で振られた日の事を苦々しい面持ちで語りだすだろう。






泊 優斗(とまり ゆうと)を乗せた車は同窓会が開かれているホテルに向かっていた。


「泊社長。本日の会に参加されるのですか?

さほど重要な会では無いですし、お休みになってはいかがですか?」


「いいや、鈴谷君。今日の同窓会はどうしても参加したいんだ。おそらく今日は「彼女」も来るはずなんだ」


「例の彼女ですか。昔話もいいですがそれよりも今を大事にされた方がよろしいのでは?」


少し呆れながら秘書の鈴谷 結(すずや ゆい)はタブレットに目を向けながら言った。


「いつも言ってるだろ?特段才能の無い僕が会社を起こし、ここまで大きくできたのはあの悔しさがあったからだ。彼女に…


「人生初めての彼女に5日でフラれた事が悔しくて彼女を見返すために頑張った。ですよね。それで今日その方に会えるんですか?」


「おそらくね。卒業から10年目という節目の年だし、高校を卒業してから会ってない人も多いから記念に来る人も多いと思うよ」


「なら会えるといいですね。ただ、9時から社内ミーティングがありますから8時30分にはホテルの前で待っていて下さい。よろしくお願いします。」


そういうと鈴谷君はこちらを向いた。


「分かりましたか?絶対に8時30分には玄関に。お願いしますよ?」


「はいはい。大丈夫だよ。ほんと鈴谷くんは仕事熱心なんだからなんだから。僕としてはもっと昔みたいに笑ってくれる方が可愛くていいと思うけどね」


「昔?昔というのはいつの話ですか?」


「そりゃあ鈴谷くんが初めてうちに来た時…5年くらい前の頃だよ」


「そんなに時間が経てば誰だって変わりますよ。さあ早く行って下さい」


「そうだね。ならまた後で」


そう言ってタクシーを出ようとすると後ろから


「もし、もしその方に会えたら泊社長はどうしますか?」


「……君に振られたおかげでこんなに幸せだって自慢してやるよ」


そう言って会場に向かった。



18時から始まっていた会は初めの挨拶を終え、それぞれのグループに別れて話が始まっていた。


どこに行こうかと迷っていると


「泊!来てくれたんだな!」


懐かしい声がした。声の方を向くとそこには見覚えのある顔がいた。


「鮫島か!懐かしいな」


彼の名は鮫島(さめじま)。誰とでも仲良くなれる学年の人気者で皆んなから好かれていた。俺も彼を好きな一人だ。聞くところによると今回の会も彼の主催らしい。


「泊がきてくれるなんて嬉しいよ!高校生以来だよなぁ。あれからもう10年か。パッとしなかったお前が今じゃ社長だもんな。時が経つのは早いもんだ」


「パッとしなかったは余計だ」


「まあいいじゃん今日は楽しもうぜ」


そういうと鮫島はよく通る声で少し奥のグループを呼んだ。


「おーい剣道部!泊が来たぞー」


すると懐かしい面々が見えた。


「じゃ、俺は他の奴らにも挨拶してこなきゃだからさ。楽しんでな!」


そういうと鮫島は去って行った。腕時計に目をやると19時。早く彼女を探したいが少し旧友とと話しをしてからでもいいだろう。そう思い、鮫島の好意に感謝し奥のグループは向かった。




「おい泊!久しぶりじゃん!元気?」


「会いたかったぜ泊社長」


「社長なんてよせよ、恥ずかしい」


「泊!お前本当に社長になったんだな。ガセ情報かと思ったぞ」


「ガセとはなんだよ」


「アハハハ」


みんなで大笑いした。


それから僕らは10年の時を埋めるために話をした。高校卒業以来誰にも会っていなかったので気まずくならないか一抹の不安があったが杞憂のようだった。あまりにも楽しすぎて今まで一回も剣道部のみんなに会いに行かなかったことを少し悔やんでしまいそうだった。


だが、時間は待ってくれない。彼女を探さないと。


「ちょっとほかにも会いたい人がいるから別の所に行ってくる」


「お!人気だね社長!がんばれ!」


「うるせぇ!じゃーな!」


そう言って再び彼女を探し始めた。



それから会場を見て回っているとぽんぽんと肩を叩かれた。驚いて振り向くと化粧の濃い女が3人立ってる。だが顔に覚えがなく、戸惑っていると女たちが話し始めた。


「泊くーん久しぶり。うちら覚えてる?3年の時クラス一緒だったよねー」


なんとなく思い出した。クラスでいつも大きな声で話し、みんなから良くも悪くも一目置かれていたグループ。いわば、クラスのカーストトップ女の子だ。


「ああ、久しぶり。でも、今ちょっと人を探してして忙しいからあとで話そう」


そう言って切り上げて離れようとした。その時


「風井さんを探してるの?」


その言葉に思わず足が止まってしまった。

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