じゃない。

瑞希

じゃない。

朝目覚める度に、昨日よりもっと好きになっていて。


逢いたい。少しでも顔を見たい。話をしたい。


この気持ちには底がなくて。



目が合うと、ふわり、優しく弧を描く瞳が好き。かっこよくて、人前だとちょっと塩。でも2人きりだと優しいところが好き。仕草が好き。空気が好き。


彼女相手だとどんな風だろ。変わらない?それとも甘々になったりする?



昨年4月。新卒で入社した会社の同期として出会って、少しずつ距離が縮まって。週末の仕事終わりにご飯を食べに行って、休日何かにかこつけて会って。用事なくても毎日メッセージ送りあって。


わたしは佐倉さくらのことをサクちゃんと呼んで、佐倉はわたしを有紗ありさって呼ぶ。ほかの同期とは違う、わたしたちだけの呼び方。


ふとした瞬間、期待してしまう時がある。でも、綺麗な先輩と仲良さそうにしてるのを見ると、期待は吹き飛ぶ。



キミだけのわたしに、してくれないかな。


わたしだけのキミに、なってくれないかな。



2月の同期会。2次会のカラオケでお手洗いから戻ると、部屋のドアの横、足をクロスさせて壁にもたれかかっている長身の佐倉がいた。私に気付いて、よう、と近づいてくる。


「サクちゃんもお手洗い?」

「いや、有紗が戻ってくるの待ってた。ちょっと外行かね?」

「外?え、ちょっと、」

わたしの承諾を得る気は毛頭なかったのか、強引に肩を組んで連れていかれる。

(距離感!)

まるで男同士がじゃれあってするようなそれに、どうしようもなく胸がときめく。

肩に回された腕をつかんで見上げる。と、嬉しそうに口角を上げる横顔が、たまらなく愛おしい。


「寒っ!待って寒すぎる」

「さっむ。これ着とけ」

冷気に身を震わせると、着ていたスーツのジャケットを脱いで、肩にかけてくれる。

「いいよ申し訳なさすぎる。サクちゃん着てて」

「いや、俺筋肉あるから余裕」

「...ありがと。じゃあ片腕だけでも、ね?」

どさくさに紛れ、佐倉の腕に腕を絡ませ、ぎゅ、力と想いを込める。

(これあり?なし?拒否らないで。引かないで)


「見てこれ。大きすぎて萌え袖にもならない。なんか...サクちゃんの体温残っててちょっと温かいし、いい匂いする。サクちゃんに抱きしめられてるみたいで照れる」

「あーヤバい。なんで有紗はいつもそう可愛いかな」

佐倉が、こてん、私の頭の上に頭を乗せる。

不意打ち。突然の甘えるような仕草に顔が火照って、胸の鼓動が早くなる。


「やった!可愛いって言われた!」

「いつも思ってるわ」


関係を壊す一言が、もう喉まで出かかってる。ムリかも好きが溢れそう。

壊れたっていい。いっそ、伝えてしまいたい。


狭間で揺れる私を捕らえたのは、真っ直ぐな眼差し。

「さすがにもう、気付いてると思うけど」

佐倉の言葉に息を飲む。ねえ、なにに?

大きな期待。とそれに負けず劣らず大きな不安。

(お願い...お願い...)


「有紗」

名前を呼ぶ、今までで1番優しい声。


「俺、有紗のことすげえ好き」

(嬉しい!凄く嬉しい!よかった!)

「わたしも好き。サクちゃんと付き合いたい、です」

「なんでそこ敬語」

ははっ。佐倉の笑い声が響いた、カラオケが入っている雑居ビルの一角。夜の黒に反発する人工的な照明が、突然明るさを増した気がするくらい嬉しい。


「ヤバいわマジで。嬉しすぎて叫びそう」

「ふふっ、カラオケ戻って叫ぶ?」

「は?2人で抜ける一択だわ。俺んち行かね?」

「ムリムリムリムリ!サクちゃん手早すぎ!」

まだ無理だよそんな。まだ全然、両想いの実感ないのに。


でもそっか。これからは恋人だけに見せるサクちゃんのいろんな顔、見せてくれるんだよね。用事なくても逢ってくれる?甘えていい?時々ワガママ言っていい?好きって思った時、我慢せず口にしていい、よね?

サクちゃんも甘えてね。好きって言ってね。


待って。蛙化されたらどうしよう。


「そんな全力で拒否んなよ。無性に離れがたくてこのまま2人でいたいだけ。それにそのー、有紗が俺とそういうことするのが嫌なら待つ。ガチで大事にしたい」


気持ちが、言葉がたまらなく嬉しくて、佐倉の身体を力いっぱい抱きしめる。自分とは全く異なるゴツゴツした男らしさ、逞しさに、ますますドキドキしながら「サクちゃん」と名前を呼んだ。

ん?って首をかしげる照れ混じりの笑顔がかっこよくて、かわいくて、私と同じくらいドキドキしてくれているのが伝わってくる。


「明日サクちゃんの家に遊びに行っていい?」

「え、は?え?明日?」

「うん明日」

一瞬固まって、強い力で抱きしめられて。かと思うと、「クソっ」と、この雰囲気とはかけ離れた言葉が降ってきた。

クソって何よと言いかけ口をつぐんだのは、続きがあったからで。


「エグ。勘弁して。耐えれるかな俺ムリだ自信ねえ」

「大好きだから嫌じゃないよ」

「おまっ、かわいすぎだろ帰したくねー」



大好きなキミの彼女になれた夜。



きっと、明日も明後日も、これからずっと。


朝目覚める度に、昨日よりもっと好きになる。

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じゃない。 瑞希 @mizuki365

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