第7話 静寂の中の動き

 ある朝、ユウキが目を覚ますと、サキが庭で焚火をしていた。静かに揺れる炎が朝日と重なり、暖かな光を放っている。ユウキが近づくと、サキがにっこりと微笑みながら言った。


 「今日は少し、特別なことをやってみようと思うんだよ。準備はいいかい?」


 「特別なこと?」ユウキは少し驚きながらも頷いた。




 サキに連れられて、ユウキは村の外れにある森へと足を踏み入れた。そこは木々が深く生い茂り、風の音と鳥のさえずりしか聞こえない静寂の世界だった。サキは大きな岩のそばに腰を下ろし、ユウキに同じように座るよう促した。


 「ユウキ、この静けさを感じてみてごらん。ただ耳を澄ますだけでいい。」


 ユウキは少し戸惑いながらも、言われた通り目を閉じ、音に集中した。最初は風の音や鳥の声が聞こえるだけだったが、しばらくすると自分の呼吸の音が微かに耳に届き始めた。


 「何か気づいたかい?」


 「…自分の呼吸が聞こえる。」


 「その呼吸が、今のあなたのリズムだよ。今度はそれを森の音に合わせてみよう。」




 サキは深くゆったりとした呼吸を示しながら、ユウキにも同じようにするように指導した。吸う息と吐く息の間にわずかな間を作る。それを繰り返すうちに、ユウキの心拍が徐々に落ち着いていった。


 「自然と同じリズムで息をすることで、私たちはこの世界の一部であることを思い出せるんだよ。」


 サキの言葉が心に染み渡る。ユウキは次第に、森の音と自分の呼吸が一体となる感覚を味わい始めた。風のそよぎ、鳥の鳴き声、そして葉が擦れる音。それらすべてが自分の内側に溶け込んでいくようだった。




 「瞑想というのは、ただ静かに座っているだけではないんだ。」サキは続けた。「心と体を動かしているエネルギーの流れを感じ、それに気づいていくこと。そうやって自分自身とつながり直すことが大切なんだよ。」


 ユウキはこれまでの自分を振り返った。都会で忙しく働く日々の中で、自分の呼吸や体の感覚に意識を向けたことなど一度もなかった。それどころか、常に頭の中は次のタスクや心配事でいっぱいだった。


 「こんな風に静かに自分の呼吸を感じるだけで、こんなにも落ち着くなんて思わなかった。」


 サキは頷きながら、さらに一歩進んだ瞑想を提案した。




 「次は、木々のエネルギーを感じてみようか。そっと手を地面に置いて、足元から伝わる感覚に意識を向けてごらん。」


 ユウキはゆっくりと手を地面に置いた。冷たく湿った土の感触が指先を通じて伝わってくる。その感覚に集中していると、なぜか体の奥からじんわりと温かさが湧き上がってくるように感じた。


 「地面は、私たちを支えてくれているんだ。その支えを感じることで、心も穏やかになる。」


 ユウキはその言葉を受けて、改めて自然の偉大さと自分の小ささを実感した。それは決して劣等感ではなく、自分がこの大きな世界の一部であるという安心感だった。




 瞑想を終えた後、ユウキは深く息を吸い込み、森の空気を全身で感じ取った。体が軽くなり、心の中に穏やかな波が広がっているようだった。


 「これが瞑想か…。ただ座ってるだけなのに、こんなに違うなんて。」


 サキは笑顔を浮かべながら肩を叩いた。


 「瞑想は静寂の中で起きる動きだよ。心が揺らぎ、体が感じる。動き続けるものを受け入れることで、私たちは静かに、でも確かに癒されていくんだ。」


 ユウキはその言葉を胸に刻みながら、また新たな一歩を踏み出した気がしていた。自然と一体化する瞑想。それは都会の喧騒では決して得られなかった、静けさの中の動きだった。

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