心声・神歌が交わるときに

美しい海は秋

第1話

世界は終わりに向かっている。

そんなことをよく言われているが、俺には関係ないことだった。

今を生きることが精一杯の俺には特に何も感じない。

いつものように依頼をこなし、着の身着のままの恰好で次の依頼を確認する。


「おい、いつもの野郎が来たぞ」

「本当だな。依頼の成功率が高いからってなんでも許されているものな」

「ああ、いつもの汚い装いでな」


男たちは俺に聴こえるようにそんなことを言ってくるがいつものことだ。

あいつらは依頼を最後までなかなかこなさなかったことで、俺にもその依頼というのが回ってきたのだが、もたもたしていたから俺が依頼をこなしただけなのだが、勝手にこなしたことによって、それで恨まれている。

依頼をこなすのが遅かった自分たちが悪いのを俺のことにされても困るのだが、そんなことを言ってしまうと、余計に面倒になるのがわかっていたので、何も言わない。


あいつらのように仲良しこよしで依頼をやる意味など全くないのだから、仕方ない。

聞こえる雑音を無視した俺は依頼に目を向ける。

特にいいものはない。


「何もないか…」


それを確認した俺は依頼でもらったお金を清算するためにいつもの場所に向かう準備をする。

面倒ではあるが、今のままの恰好では警戒されてしまうからだ。

都市の外れにある倉庫の隣にある小さな草の茂みをのける。

そこには見慣れた鉄の扉がある。


俺は警戒することもなくその扉を開けると一番手前に置かれていたコートを取り出して羽織る。

これで、服装について面倒なことを言われることはないだろう。

毎回のことながら違うルートで違う家に入る。

家の中に入ると、指定された部屋の扉を開く。


「やあやあ、いつもご苦労様です」


いつものように男はそう言葉にする。

顔は胡散臭い笑顔だ。

何度も見ているのでわかっている。


「依頼の完了につきましては…」


俺は指定されていたものを机に置く。

それを見た男は確認をすますと、すぐにお金を差し出す。


「さすがにいつものように仕事が早いですね」


いつもの言葉を返された俺は世間話をしたいであろう相手の会話をバッサリときる。


「次の依頼はあるのか?」


俺の言葉に対して、男は全く驚いた様子はない。

いつものことだから、気にするということもないのだろう。


「はいはい、掲示板のほうは…」

「いいものがなかった」

「ええ、ええ、そうでしょうね。あなたにはいい依頼があります」


その言葉とともに渡された紙には、依頼内容が書かれている。

ただ、依頼が書かれている紙で一番重要な場所というのは、俺には決まっている。


金額だ。


ここに書かれた数字で依頼を受けるのかどうかを決めている。

理由は簡単だった。

金額が上がるということは俺に対して価値があることに違いないからだ。

そして、依頼の難易度も高いはずだからだ。

内容を確認した俺は、頷く。

男はその言葉で了解したことがわかったのだろう。


「では、お願いいたします」


男は仰々しく礼を行うが、俺はいつものように特に見ることもなく部屋を出ていく。

家から出ると、またいつもと違うルートで隠れ家へと戻る。

箱が一つだけある隠れ家へとついた俺はいつものように地図を広げる。


「次はここだな。その前にやることをやるか…」


俺は汚れた服を着替える。

あまり同じ服を着続けるというのも不衛生だと教わったからだ。

病気などでいつもの動きをできなくなっても困る。

面倒だが、こういうところからやらなければいけないことが始まっていると考えると、これも仕方ないことだと考えてしまう。


ある程度綺麗な水が流れているであろう場所を確認する。

時間も夜なので、普通にしていれば多少汚れていても俺のことを気にするという人はいないだろう。

ようやくすべてのことを終えた俺は、空が白く明るくなってきたタイミングで、いつものように森の中で眠る。

いつものことで気にすることではない。

こんななにもない森に入る人はまずいないのだからだ…


ただ、この日は違っていた。

眠っているタイミングで気配を感じる。

音がしているということを考えても、獣か何かだろうか?

俺はゆっくりと目を開けて、周りの明かりに目をならしながら、音がしているほうを見る。

そこにいたのは、二人の女性だった。

森の中だからか、二人の声は大きい。


「どうでしょうか、お嬢様」

「はい。かなり素晴らしいと思います。まだこの世界でもこれだけ空気が綺麗な場所があるんですね」

「はい。ここセントラルでは、この場所にのみ森林が残っていますから」

「そうなんですね。すごいことですね」


お嬢様と呼ばれた女性は、そんな言葉を発しながらも、持っていた棒で地面をつっつくようにして進んでいく。

それだけで気づく、女性が目が見えないことに…


「いい?」

「ええ、大丈夫です」

「そういうことじゃないの…私の声が大丈夫なのかなって…」

「問題ありませんよ」

「それならよかった。少しだけ奥に行きたい」

「わかりました」


森の奥に入っていく二人を俺は観察する。

あまりいろいろな場所を嗅ぎまわれると、俺が使っている場所に向かう可能性があるからだ。

かといって、近づきすぎるのはよくない。

それは、目が見えないであろう女性が欠落者の可能性が高いからだ。


「面倒なことになったな…」


俺は誰にも聞かれることもないようにそう言葉にして後を追っていく。


欠落者というのは、かなり前から確認されている特殊な人物たちのことだ。

世界が黒い何かに侵略されているということは、今や人々が当たり前のように知っていることである。

だが、いつからそれが起こっているのか、それについて俺は知らないが、それが起こり始めてから人も同じように終わりに向かっていっているのか、生まれてくる一部の人たちに、最初から欠損がある人たちがいた。


最初はそんな人たちのことを全員がバカにしていた。

まともに生まれることもできないのかと…


ただ、そんな人たちには体の一部が欠損している変わりに普通はもっていないような特殊な能力を身に着けていた。

それは体の一部を失ってできることではあるので、能力というのも体の一部が異常な能力を授かるというものであり、人によって能力に違いはあるものの、多くの人に宿る能力は小さいものであり、生まれてから体にハンデを負っていることを考えれば、普通に生まれたほうがよかったと思う人がほとんどだと聞いたことがあった。


実際に俺が出会ってきた欠落者はそういう人たちがほとんどだったからだ。

それでも、多くの欠落者には小さいながらも厄介な能力をもっている。

ここから見えているであろう女性にもそんな能力があると考えるのが自然だ。


「どんな能力があるのか、先に知っておく必要があるよな」


これから先、何かの障害になるかもしれないからだと俺の直感が言っているからだ。

ならないとしても、同じ能力のやつに出会ったときに対処も楽になるだろう。

俺は気づかれることがないようにしながらも、後をついていく。

女性たちは、そのまま森を抜ける勢いで進んでいくのだった。


普通がどうかはわからないが、この都市では森を抜けると、そこにあるのはただの壁だった。

だから、女性の持っている棒が壁に当たる。


「ここが行き止まりですね」

「はい。これ以上は行くことはできませんね」

「そうですか…やはりこの都市の外には出ることができませんよね」

「はい。そもそも都市の外は黒い何かに侵略されていると聞きます。無理をして外に出ることは難しいと思いますよ」

「そうですよね。都市の中にいれば安全は安全ですよね」

「はい。ですので、無理をして外に出ようと思わないでくださいね」

「わかっています」


女性は壁を触る。

押したところで壊れるようなことはないが、それでも外への憧れというものがあるのだろう。

ただ、女性は壁に向かって、何かを呟く。

何を言っているのかはわからないが、すぐにもう一人の女性が声をかける。


「お嬢様。そろそろ帰りましょうか?」

「はい」


女性たちはそう言葉にするとその場を去って行く。

ゆっくりと去っている女性たちを警戒しながら見ると、俺はゆっくりと目が見えていない女性が立っていた壁に触れる。

すると、力をほとんど加えていないのにも関わらず壁の一部が少し削れる。


「なるほどな…」


俺はなんとなく女性がどんな能力を秘めているのかわかってしまう。

もし仕事で出会うことになったら、厄介な相手になるだろう。

今はそんなことを考えても仕方ないが…


仕事がある俺は、こなすために動き始める。

前もって準備さえすればやることは決まっている。

だからこそ準備は必要だ。

一つ一つのことを前もってやることによって仕事というものは完璧に行うことができる。

そのことを俺はわかっていた。


昼はやれることが少ない。

夜になるまでに時間がたつのを待つしかない。

そんなことを考えながらも今度こそ眠りにつくのだった。

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