第2話 レオナとミレン

「嘘…だろ?」


 俺は驚いて腰を抜かした。こんなに綺麗な女性にプロポーズをしたことが信じられなかった。

 腰まで伸びた綺麗な黒髪は、思わずシャンプーの香りがしてきそうなくらい艶がある。くりっくりの大きな茶色い目は、緑がかっていて、キラキラと輝いている。どこか神秘的で思わず吸いこまれそうなほど魅力的だ。


 壁のむこうにこんな女性がいたなんて。でも間違いなく、彼女の手には銀色の指輪が光っている。


 隣にいるのは、使用人のようなスーツを着た白髪まじりの男性と駆け回るウサギが二羽、そして一頭のライオンだ。

 ライオンは俺の顔を睨むなり、オオンと雄たけびをあげた。


「そのライオン襲ってきたりしないよな?」

「ライオンじゃないわ。猫のにゃーちゃんよ」

「いやどう見てもライオンだろ」

「猫よねえ? にゃーちゃん。あ、そうだ。私、レオナ。あなたの名前は?」


 レオナはどうみても猫には見えないライオンを撫でている。ライオンはレオナに懐いているのか、ごろごろと喉を鳴らしはじめた。


「俺は……永田健太」

「プロポーズしてから自己紹介なんて、面白いわね」


 レオナはクスクス笑っている。


「セーラー服着てるってことは、未成年だよね? 犯罪だからやっぱり俺、君とは結婚できな――」


――パチン!

 

 俺の頬に痛みがはしった。レオナに平手打ちされたようだ。


「ふっざけんな!」

「え?」

「女に年齢聞くんじゃないわよ、失礼ね!」

「別に聞いたわけじゃ…」

「実年齢は、はたち…だけど……気持ちは十六歳よ! 私はね、妹に彼氏を奪われたから妹の制服を奪って着たのよ。そしたら、怒った妹のミレンが私を壁に閉じ込めたのよ!」

「閉じ込めたって、君の妹は魔法使いか?」

「話すと長くなるわ。とにかく、あんた、私の指に指輪はめたんでしょ? だったら責任取りなさいよっ!」

「わかった、わかったよ」

 

(はたちならセーフか。でも、俺はこれでよかったんだろうか。美人だけど性格はキツそうだしな……)

 

「なにぐずぐずしてんの! さっさと行くわよ!」

「行くってどこへ?」

「うちの親に挨拶に行くに決まってんじゃない! 佐々木さん、準備して」


 佐々木さんというのは、隣にいる使用人の男性のことのようだ。

 佐々木さんが「かしこまりました」と言うのと同時に、レオナが俺の手を引っ張る。


 外に出ると、佐々木さんがいつの間にか黒い外車をアパートの前に用意していた。なんの外車だか俺にはわからないが、高そうな車であることには違いない。

「さあ、乗って」 とレオナは俺に言い、後部座席に乗り込んだ。


 一時間くらい経っただろうか、「着きましたよ」という佐々木さんの柔らかい声とともに車は静かに停まった。

 目の前には、真っ白い城がある。ドイツのノイシュバンシュタイン城 そっくりの城だ。


「君んち、まさかこの城じゃないよね?」

「君って呼ばずに、レオナって呼びなさいよ。そうよ、そのまさかよ。これが私のおうち」

「ここに挨拶に行くの?!」


 緊張で俺の鼓動が速くなる。ついこの前まで、結婚できるのか不安だったのに、一般庶民の俺が、こんな城に住むお嬢様の両親に挨拶するなんて状況が飲み込めずにいた。


「健太くん、ひとつお願いがあるの」


 扉の前でレオナが立ち止まった。さっきまでの元気な顔とは違い、深刻な顔つきをしている。


「私の手以外に、私の好きなところ、最低でもふたつ、見つけてくれないかな? 親にどんなところが好きになったか訊かれたら、答えられるようにしておいて欲しいの」


 俺を見つめるレオナの大きな瞳が少し潤んでいる気がした。そして俺が返事をする前に、レオナは扉を開けて城の中に入ってしまった。

 

(確かに、俺がプロポーズしたのは綺麗な手に対してであって、それはレオナの一部に過ぎない。レオナの好きなところ……か)


「にゃぱ~。お姉ちゃん、また新しい男連れてきてるぅ。ねえ見てー、おとうさん、おかあさーーん!」


 扉を開けると、フード付きの白いパーカーを着て、八重歯を見せてはにかむ少女がこっちに走ってきた。まるで猫のような顔だ。その少女は俺に勢いよく抱きついた。俺は思わず「うぐっ」と唸った。とても少女に抱きしめられている気分にはなれない。俺をハグする力が強い。


(この少女が、レオナの妹のミレンかっ)


「ぐりぐりぐりぐり。ぐりぐりぐりぐり。このお兄ちゃんが、私のこと好きになりますようにぃ~」

 少女はそう言いながら、俺の胸元に顔を埋めた。


(かっ、かわいい)

 不覚にも俺はそう思ってしまった。


「ちょっと! 何やってんのよ!」

 それを見ていたレオナがこっちに向かってきた。


――ボゴッ!


(またレオナに平手打ちされた……ってえ?)


レオナが俺を殴ろうとしたんじゃなく、ミレンがレオナを壁に叩きつけた?!


「お姉ちゃん、私の方が強いって忘れたの?」

「ごめんなさあああああい。助けてくださあああい」


 ミレンが頬を膨らませながら、レオナを睨みつけた。レオナは全身が壁に埋め込まれたまま、叫んでいる。


 俺はレオナを壁から剥がすのを手伝った。レオナが体についた粉をほろいながら、「ちっ、ミレンのやつ。私も空手習っておくべきだったわ」と呟いている。


「一体なんの騒ぎなんだ?」


 やってきたのは、レオナの父と母だった。城に住んでいる割には、その辺の庶民と何ら変わらない服装だ。

 父親は眼鏡をかけていて眉毛が太く厳格そう。同じく母親の方も痩せているせいか骨ばった体格のせいで厳しそうな顔つきだ。


「永田健太さんと結婚することにしたんです。私はこの家から出ていきます」

「結婚? レオナあなた……ちょっとお父さん一体何が起きているのかしら?」


 レオナの突然の告白に、レオナの母は驚いて目を見開いた。


「ちょっとこっちに来なさい」

 俺たちは、レオナの父親についていき、城の奥へと進んだ。

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