4.あの日の情景

 いつかの夕方。は見慣れない景色のはずなのになんだか懐かしい気分になった。


「あれー? 帰らんのー?」

「あ、うんっ。その……」

「あ〜……そっかそっか。旦那様か・れ・し・さ・まを待ってるんだったね〜」


 友達の女の子がニヤニヤしながら背中を叩かれてつんのめってじんわり痛さを感じながら友達に拗ねる子供みたいに言う。


「んなっ! ま、まだ……そんなんじゃ、ないし……」

「なっはは、照れてる〜かんわい〜」

「うっ、うっさいし……!」


 むぅ〜とむくれると友達はニヤニヤしたままむくれたほっぺたをつんつん突つく。


「ぷす〜」


 窄めた口から空気が風船の口から漏れるみたいに抜けていく。


「んも〜、愛いやつめ〜。うりうり〜」

「や〜め〜ろ〜」


 ほっぺを両手で揉まれて振り解く程でもないけどそんなふうに言葉をあげる。


「ん、あれ。どうした?」

「あ。お待ちの人が来ましたぞ〜。んじゃ、まったね〜」

「あ、ちょ……! はぁー……。もー。えへへ、ごめんね。勝手に待ってたの」


 彼が教室に戻ってきたのを見て、友達が片手をあげてそそくさと帰った。

 横髪に触れてから笑う。さすがに何も言わずに待ってておかしいだろって言うだろうなぁ。


「勝手にって……俺、さっきまで図書室いたから来れば良かったのに」


 隣の席に向かいながら彼は笑いながら言ってくれた。普段ならわたしのことをばかにしたりすること言うくせになんでか今は優しかった。


「ば、ばかにしないの?」

「は? えっ、お前ってそんなタチだったか?」

「ち、ちがうもん!」

「ははっ。だろ? んじゃ、帰るか」

「うんっ」


 バッグを手に教室を出ようとする彼に駆け足で近寄って彼の左腕に抱きつく。


「なっ、お、お前なぁ……!? 抱きつくなって!」

「えー。いーじゃーん。減るもんじゃないし〜?」

「だからってお前は……っはぁ〜〜〜〜〜。ったく。今日だけだぞ?」

「えへへ。わぁ〜い!」


 彼はなんだかんだ言って優しい。わたしのやることに悪態つくけど付き合ってくれる。そんな彼のことがわたしは──。


──────

────

──


「────ん」


 スンと鼻を軽くすすった時にいつもオーロンの匂いが濃くて目を覚ます。


 とっても良い夢を見てた気がする。それは分かるけど詳しいことがわからない。ただ懐かしい感じだった。


「…………」


 ぼーっとオーロンの寝顔を見上げる。月明かりに照らされて、きらきらと反射する金に近い茶色のまつ毛。私よりふたつ下の年相応な寝顔は可愛い。


 右腕を伸ばして、まつ毛と同じ色の髪を触れる。柔らかな感触の髪はしゃくっと右手に潰れて、なでりなでりするたびに重力に従って垂れていく。


「……ん」


 ぴくっと目蓋まぶたが震えた。起こしちゃった? と手を止めて数秒見つめる。だけど起きる気配はなかった。それはそうだ。オーロンはまだ起きない。今はまだ夜だし、起きるのは太陽が昇って肌寒い早朝。


「…………ふふっ」


 一緒に寝たいと言ったのは、別れちゃう寂しさを紛らわせるためもあった。けど原っぱで寝てた時の寝顔を見るのが私の憩いだったから。


 けどこれも1週間したら見納め。もっとオーロンの隣にいたかった。それでも、オーロンが家族といるのを見て私もそうしなきゃ行けないと思った。


 離れるのは怖い。嫌だ。

 でも離れなきゃ行けない。パパに会わなきゃ行けない。そうするともう2度と会えない。


 そう思えばきゅぅっと心臓が締めつけられる感覚になった。


「……?」


 その感覚に心当たりがあるような感覚がしたけど分からない。知ってるはずなのに分からなくて余計首を傾げるほかなかった。


 そんな霧をつかむような感覚を抱きながらオーロンの髪を撫で続けているとのっそりとオーロンが動いた。


「あ……」

「……良い加減手を退けてほしいんだけど」


 そうは言いつつもどこか満更でもないような顔をするオーロン。寝起きのオーロンはいつもよりも子供っぽくてかわいい。


「もう少し」

「…………あと少しな」


 オーロンはなんだかんだで断らない。だから。


「んっしょ」

「お、おい……!」


 より近くで撫でようと私が身を寄せるとオーロンは顔を後ろに下げた。


「……? なんで仰け反るの? 撫でづらい……」

「ち、近いんだって。さっきのままでも良いだろ」

「むぅ……。じゃあオーロンの目をじっと見させて」

「…………………分かったよ」


 けどとオーロンは言いながら起き上がる。私もそれに倣って起き上がる。


「ったく……ほら」


 オーロンは照れ隠しの仏頂面で少しだけ両腕を広げてくれた。

 朝日に照らされるオーロンの顔は少し赤くてしてくれることが無いからそんな顔するのも理解できる。


「ん。……角、痛くない?」

「大丈夫だ。お前の角、綺麗だし少し当たっても問題ない硬さだ」


 じっとオーロンの目を見つめながら抱き寄る。彼の顎のあたりに角が当たるけど、オーロンは気にする素振りはなく笑って後頭部を優しく撫でてくれた。


「……そう」


 オーロンの言動にどうしてかいつもよりも心が揺れた。ふわふわするから嬉しいには嬉しい。

 けどそれ以上の“何か”を感じた。私にはそれが分からなくて納得いかない気持ちを抱きつつも微笑う。


「あぁそうだ。なぁニア。今日の朝、少し付き合ってもらってもいいか?」

「……? 良いけどなにをするの?」


 少しだけ離して両肩に手を置かれて寝る前の真剣な顔と同じような顔だった。


「────俺の特訓相手になってくれ」

「…………へ?」


 オーロンはきっと、頭がイノシシなんだと思う。

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