2.悪夢から目覚めて

 目を開く。どうやら夢を見てたらしい。木漏れ日から差し込まれる夕陽と共に、が当てられ、声を掛けられたから左手を顔に当てながら起き上がる。

 それにしてもほんと気味の悪い夢だ。今でも鮮明に思い浮かべるほどに嫌な夢だった。


 悪夢を見ていたからだろうか。一瞬だけ彼女が亜麻色髪の女の子に見えてふるふると首を振ってから再度目を向けて微笑む。


「起きた?」

「……ぁ……うん。おはようニア」


 翡翠色の瞳を輝かせながら風に揺れる白絹のような髪をおさえて少女は小さく微笑う。抑揚のない声で言ってくる少女──ニア。それが名前。

 色白の肌と白いワンピースを着て、あまり笑うことがない。見たことがあるのは今みたいな微笑だけ。そして彼女はだ。


 魔人族。人間族と姿は変わらないが、違いはただ一点。角だ。魔人族は頭のどこかしらから角が伸びているのだと初めて会ったときに教えてくれた。

 そしてニアは額の上から真白の角を生やしている。


 暗い気分をふるい落とすように首を振ってニアの角に目を向ける。


「なぁ、ニア」

「どうしたの?」

「なんで俺にだけそれ見せてるんだ?」

「あ、これ?」


 ニアが角にそっと触れる。きらりと陽光で角が輝く。光景に目を細めながら眺める。あぁ、とても綺麗だ。


「オーロンはきらい?」


 オーロン。それが俺の名前。歳は7で人間。辺境の村に住んでるからそこまで裕福ではないと思うけど、別にこれといった不満はない。


「いや。綺麗だなって思うよ。でもだからこそ……なんで俺以外には見せてないんだろうなって」

「だって……魔人族はうとまれてるでしょ」

「それは……」


 俺は顔をしかめる。ニアのいうことは至極当然だったからだ。魔人族は亜人族よりも人間に疎まれている。


 それはかなり昔からそうだったらしい。俺からすれば魔人族も亜人族もみんな等しく人間なのに。

 何故、体の違いだけでそうするのか俺には一切理解が出来ない。


「……オーロンのそういうとこ、私は好き」


 隣で両足を抱えながらしゃがんで微笑むニアに訝しみながら答える。


「そういうとこって……俺はただ良いものは良いって言ってるだけだぞ?」

「だから私はあなたにだけ見せるの。でも、触っちゃ……ダメだよ?」

「触らねぇよ」

「即答されるのはそれはそれで傷つく」

「じゃあどっちなんだよ」


 ニアは少しむっとするような顔をしたと思えばすぐに微笑む顔になる。そういえばいつの間にか翡翠色の瞳の輝きは収まっていた。


「特訓、もう終わる?」

「今はきゅーけー中。ニアは?」

「見て。あの子たちがくれたの」


 ニアはそう言って左手に握る籠からリンゴを見せてきた。


「あの子たち?」

「そう。ほら、あの子たち」


 ニアは手を森の奥に向けた。茂みの中から鹿のような動物がこちらを見ていた。


「……動物と話せる、んだっけか」


 ニアは動物と会話できるという特殊なものを持ってる。魔人族特有なのかはニアも分からないそうだ。


「そう。食べる?」

「半分こするか」

「うん。えっと……お願い」

「おう」


 傍らに寝かせていたすこし細身の剣の柄を掴み、鞘から抜く。リンゴを渡されて、半分に切って渡しながら剣を鞘に戻す。


「ほら」

「ありがとう」


 ニアは隣に座って、シャクシャクと小さい口でリンゴを頬張った。それを横目にニアの倍くらい口を開けてリンゴを頬張る。果肉が舌に乗れば酸味と甘味の程よい味が広がった。


「あ、ウマ」

「うん。美味しいね」


 ニアの言葉に頷きながら、さっき見ていた夢を思い出す。街並みは今俺たちがいる世界よりも遥かに高度だった。


 服も豪勢だったけど、視点から見たものは最悪の一言だ。


「…………オーロン?」

「え、な、なに?」


 気付けばじぃーっと見つめられていた。ニアの綺麗で大きな翡翠の瞳には顰めっ面の俺が映っていた。


「何考えてたの?」

「え? ……あー、いや、……夢、見たんだ」

「……夢?」

「あぁ。結構夢見が悪いもんだったけどもう忘れたよ」


 初めてと言って良いだろう。俺はニアにそんなふうに嘘をついた。言ったらきっと悲しむだろうから。


「ほんと?」

「あぁ。っと。ほら、帰ろうぜ」

「うん。あ、これどうしよう?」


 食べ残したリンゴを見た。近くにいた鹿に目を向ける。俺もまだ残してるけど……。


「あいつらに上げようぜ」

「分かった」


 ニアは頷くとなまじ人間の喉から出してるとは思えないまるで笛のような音を上げた。鹿たちは耳を動かしてのそのそとこちらに向かってきた。


「これ、上げる。オーロン」

「あぁ。ほらよ」


 あまり触れたくはないだろうから地面にリンゴを置く。数匹の鹿がゆっくりとした足取りで近づいてきて恐る恐る口をつけた。


 それを軽く見てから後ろへじりじりと2、3歩ほど下がって、剣を左腰に差す。


 野生動物というのは気配に敏感だ。父さんの狩猟をたまに手伝っているから身に沁みている。


「行こうぜニア」

「ん。あ、ねぇオーロン」

「んー?」

「手、繋いでもいい?」

「あーまぁ、良いけど。ほら」

「ありがと」


 左手をニアに向ける。ニアは少し嬉しそうに小さな口を綻ばせ、左手を握った。離さないようにして手を引いて帰る。

 何の気なしにニアに目を向ける。ニアは心做こころなしか嬉しげだった。

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