第27話「密航者」

後藤紳もまた、アメリカの西海岸にたどり着いていた。

邪教の儀式の予兆に吸い寄せられたのだ。

すれ違う人間を洗脳し、記憶を書き換えながらコンテナと一緒にサンフランシスコ港に入港すると、巨大な港湾機械や車両の間をすり抜けて歩き出した。

見慣れない黒づくめのチビに警備員が駆け寄る。

拳銃を抜いて警告すると、後藤はそちらを向いてサングラスを外した。

警備員が見たのは眼球があるはずの場所に空いた穴だった。

ただ、両眼がないわけではない。

何もないのだ。

そのまま警備員は銃を構えて立ったまま固まるように気絶した。

後藤はサングラスをかけなおすと、港を後にした。

黒い侵入者はまっすぐ北東へ歩いた。

制止する警備員や警察官を何人も金縛りにしながら。

警告だけではなく銃を撃った人間もいたが、弾丸は貫通も、跳ね返りもせず、黒いコート吸い込まれて布にかすかな傷をつけただけだった。

ウィルマース財団はカルフォルニア州政府とFBIにすぐさま「触れるな」と警告を出した。

黒づくめの密航者は海からヴィーガンが大量死した現場まで淡々と歩いた。

快晴の衆人環視に晒されながら、歩く姿は世界中にインターネットを通じて配信されている。

黒づくめの密航者が20時間ほど歩いたところで、世界はその向かう先が爆発事件の現場ではないかと気づき始めた。

一睡もせずに歩き続け26時間強が経過したころ、男はイーストサクラメントの現場に着いて止まった。

ただ立ち止まったのだ。

報道カメラの前で実況している人間の声と、ヘリコプターの音、遠い町の喧騒、風がビルを通り抜ける音。

それらすべてが空虚に響いていた。

このまま、あの男は永遠に立ち尽くすのではないだろうか?と観衆が疑い始めた瞬間、黒づくめの男は後ろから刺された。

赤い蓬髪から覗く二本の角、筋骨たくましい上半身、そしてヤギのような下半身は頭髪と同じ赤褐色の毛におおわれ、逆関節で蹄になっている。

黒づくめの男は自分の胸を貫いて伸びる赤い波打つ両刃に身じろぎもしない。

刺した側は逆に錯乱している。

異世界の言葉で喚き散らしているが、黒づくめの男は一向に取り合わない。

そして、自分の胸から生えている刃を右手でつかむと、強引に引っ張り、自分の体を貫通させて手中に収めてしまった。

刃渡り40cmぐらいはあるだろうか。

ここでカメラを構えて様子を撮影していた人間の半数ほどが意識を失って倒れた。

後ろから刺した側の異形の半獣人は今度は、黒づくめの男の体に腕が食い込んで動けないようだ。

より一層何かをわめきたてて騒いでいる。

黒づくめの男は自分の胸から取り出した邪悪な赤い剣を握りつぶして粉々にすると、そのまま口から吸いつくした。

半獣人が狂った叫び声をあげると、両方の手首から先が切断された状態で後ろ向きに吹っ飛んだ。

それを助け起こす者がいる。

黒い聖職者が身に着ける祭服を着た長身痩躯の肌の黒い男だ。

「立つがいい古の神官。」

辛うじて立ってみている観衆からどよめきが聞こえる。

半獣人が現れた時も、だれもそれがどこから来たか分からなかった。

今度の聖職者もそうだ。

「それにはあなた方一人一人に私自身がお応えいたしましょう。」

疑念を感じた聴衆、全ての横に一人ずつ、その祭服の男は立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る