13-3 上位総当たり戦ー学園の影
――ランキング総当たり戦の緊張感が続く中、レヴァンは束の間の静寂を求めるように学園の敷地を歩いていた。
総当たり戦も中盤を過ぎ、激戦が続く日々に心身は疲弊しているはずだったが、彼の頭の中は別のことで埋め尽くされていた。
星喰いとの戦い、ランキング戦での勝利、そして自らの星紋術――すべてが絡み合い、彼の胸に漠然とした不安を呼び起こしていた。
昼下がり、陽射しが暖かく降り注ぐ中、レヴァンは普段は足を運ばない学園の裏手に続く小道へと歩みを進めていた。
通りを囲む古びたレンガ造りの壁は、年月を重ねた苔が付着し、ひんやりとした湿気を纏っている。
この場で聞こえるはずの環境音も遠くに微かに聞こえるだけで、この道だけが異様な静けさを保っていた。
ふと足を止めたレヴァンは、全身に微かな違和感を覚える。
風が途絶え、光が歪むような感覚――空気中に漂うマナの流れがどこか不規則で、明らかに通常とは異なっていた。
「……なんだ、この感じは?」
彼は低く呟き、慎重に辺りを見渡した。
立ち止まることでさらに感覚が研ぎ澄まされ、気配の源を探るように視線を巡らせる。
その瞬間、目の前の空間が一瞬だけ揺らめいた。
まるで水面に小石を落としたかのような波紋が走り、彼の視界に一瞬の歪みを生む。
「……星紋術による隠ぺいか。」
レヴァンの脳裏に、かつての記憶が蘇る。
星紋術を用いた隠ぺい術――それは高等な技術で、使い手も少ないため、既に過去の技術とされていた。しかし、ここでそれが使われているという事実に、彼の心はざわめいた。
「まさか、こんな場所に……。」
慎重に進みながら、レヴァンは両手をゆっくりと前に翳した。
その手に浮かび上がる星紋が淡い光を放ち、風を纏う感覚が彼の全身に広がる。
風の流れを視覚化し、周囲を探る――それはレヴァンが得意とする応用技術だった。
目の前の空間に、微かに跳ね返る風の流れを感じ取る。
それが隠ぺい術の核――つまり術式の中心であると直感したレヴァンは、全神経を集中させた。
「――姿を現せ。」
低く呟くと同時に、星紋が強く輝き、周囲の空間が軋むような音を立てた。
次第に目の前の風景が揺れ動き、まるで幻が剥がれるようにして、古びた鉄扉が姿を現した。
鉄扉は錆びついており、その表面には学園の紋章を含む複雑な星紋術が刻まれていた。長い年月により風化したその文字は、一部が欠けていたが、今でも明確な威圧感を放っていた。
「ここが……隠されていた場所か。」
レヴァンは低く呟き、慎重に扉へと近づいた。
その瞬間、冷たい空気が彼の頬を撫で、背筋に一筋の寒気が走る。
扉の向こうから漂う感覚――それは、まるで星喰いと対峙したときに感じる不穏な気配を思わせるものだった。
レヴァンの視線は、扉に刻まれた術式に吸い寄せられる。
それは単なる物理的な封印ではなく、精神に直接作用する高次元の星紋術だった。
星紋の一部が未完成に見える箇所があり、これが術の強度を弱めている可能性があると判断した彼は、扉の封印を解く方法を探し始めた。
「この古い星紋……俺が触れていいものなのか?」
躊躇しながらも、彼の星紋が淡く反応し、術式と共鳴する感覚が伝わってきた。
それはまるで、扉の先に進むべき道を示しているかのようだった。
一瞬の迷いを振り払うように、レヴァンは剣を握る手に力を込めた。
その剣は、風を纏いながら微かに輝きを放っている。彼の中に芽生えたのは、次なる真実を求める強い決意だった。
「……行くしかない。ここには何かがある。」
そう呟き、冷たい鉄扉に手をかけた瞬間、微かな振動が足元から伝わり、周囲の空気が一気に張り詰めた。風の音さえも消え、緊張が高まる中、レヴァンはゆっくりと扉を押し開けていった。
冷たく錆びついた鉄扉を押し開けると、レヴァンの視界には、薄暗い空間が広がった。
施設内の空気はひんやりとして湿気を帯び、鼻腔を刺激するかすかな薬品の臭いが漂っている。壁に取り付けられた古びたランタンが、青白い光を揺らしながら施設全体を不気味に照らしていた。
床は石畳で、一部はひび割れており、苔が生えている箇所もあった。
天井は高く、無数の鉄製のパイプが絡み合いながら上部へ伸びている。そこから滴る水滴が一定のリズムで響き、施設内の静寂を一層際立たせていた。
正面の巨大なガラスケースの中に保存されているのは、完全な形を保った星喰いの遺骸だった。
その体は漆黒に染まり、所々に光る星紋のような模様が刻まれている。その模様は不規則に脈動しており、まるで生命の名残がまだそこに宿っているかのようだった。
「……これは、星喰いの遺骸か……?」
レヴァンは呟きながら、遺骸の凶暴そうな爪や牙を観察した。
それはまさに怪物と呼ぶにふさわしい姿をしていたが、その模様には星紋術の構造に似た複雑なパターンが含まれており、見れば見るほど星喰いが単なる自然発生の存在ではないことを物語っていた。
その周囲にはいくつものガラス容器が並んでおり、中には分断された星喰いの部位が液体に浸されて保存されている。それぞれの容器には、何かのコードが記されており、いずれも学術的な記録の一環であることを示していた。
部屋の隅には、埃をかぶった棚があり、そこには古代の巻物や石版が整然と並べられていた。
巻物はどれも時間の経過で劣化しており、触れると崩れてしまいそうなほど脆そうだ。その中の一つを手に取ると、星紋術の起源や、失われた技術について書かれた文字が浮かび上がった。
「星喰いは、星紋術の暴走によって生じる可能性がある――」
その一文が、レヴァンの目を釘付けにした。
星喰いが星紋術と深く関わっているということを、これ以上なく明確に示す内容だった。
石版の一つには、古代の言語で次のように記されていた。
「星の怒りは我らの傲慢を映し、星喰いを生む。我らが星紋の力を制する術を失う時、再び星喰いは大地を覆い尽くすだろう。」
その文面に描かれた星紋の模様は、まるで今にも動き出しそうなほど精緻で、古代の人々が星紋術に対して畏怖と敬意を持っていたことが伝わってきた。
施設の奥に進むと、一冊の古びた書物が無造作に置かれていた。
ページをめくると、そこには過去の実験記録や星喰いの解析結果が書かれている。
だが、あるページには奇妙な警告が記されていた。
「……仮にこの隠ぺい術を突破する者がいても、その者には口外できない呪いがかかる……。」
その一文に目を凝らすレヴァン。
だが、続きは掠れて読めなかった。
「あの感じ、呪いか......だが、何のために、ここまで隠す必要があるんだ?」
レヴァンの頭の中で、次々と疑問が湧き上がる。
施設を隠す理由、研究の目的、そして星喰いの真の姿――すべてが謎のままだ。
施設のさらに奥に進むと、錆びた棚に並ぶ分厚い書物や記録が目に入った。
その中で、一冊の革表紙の書物が彼の目を引く。
表紙には「星喰い実験記録」と記されており、中には数十年にわたる研究の記録がぎっしりと書き込まれていた。
ー実験記録抜粋ー
○月×日 検体Aを使用。星喰いの発生源と思われる星紋の痕跡を抽出し、星紋術を施した。しかし、星紋の力が暴走し、検体は破裂した。術者の精神的負担も大きく、このままでは再現性が確認できない。
○月△日 検体Bにて、星喰いの「核」を取り出し、それを星紋術の媒体に組み込む実験を実施。結果、核が星紋と反応し、新たな力の発現が観測された。ただし、その力は不安定で、術者が暴走した。
○月▲日 検体Cの実験において、星喰いの核に直接「風」の星紋術を当てる。核が一時的に沈静化し、星喰いの活動が停止したように見える。沈静化は成功したが、再び核が活性化し、施設内で制御不能な状態となる。
記録は断片的ではあったが、星喰いの研究が長年にわたって続けられており、その目的が星紋術を進化させることにあったことを示唆していた。
しかし、これらの実験はすべて失敗に終わっており、多くの犠牲を伴っていたことが行間から読み取れた。
記録を読み終えたレヴァンは、冷たい汗が背中を伝うのを感じた。
この研究施設が何を目的にしていたのか、そして星喰いが星紋術にどれほど深く関わっているのか――彼の中で疑念と恐怖が混じり合う。
「これが……本当に俺たちが扱うべき力なのか……?」
探索を続ける中で、レヴァンは微かな気配を感じた。
施設の奥から近づいてくる複数の足音。彼の存在に気付いた誰かが、ここに来ようとしている。
(まずい……見つかるわけにはいかない。)
彼は足音を避けるように身を隠し、慎重に出口へと戻ろうとした。
その最中、入口の扉の星紋術が光を放ち、施設全体が微かに振動する。
まるで施設そのものが何かを警告しているかのようだった。
施設を後にし、レヴァンが見上げた空には、雲一つない青空が広がっていた。
施設内の不気味な静けさが脳裏にこびりつきながらも、彼の目には、未来への決意の光が灯っていた。
扉の向こうに残された施設が、再び闇に包まれる音が響く。
その瞬間、星喰いの遺骸に刻まれた星紋が、微かに輝きを放った――誰にも気づかれることなく。
――レヴァンが星喰いの研究施設の存在を知った一方、研究施設の最奥では異様な緊張が高まりつつあった。
薄暗い研究室に置かれた結晶は、その不気味な光を強めながらさらに活性化している。
周囲に配置された精密機器の針は乱れ動き、警告音が途切れることなく鳴り響いていた。
「侵入者は捉えたのか?」
「いえ、急いで向かいましたが、姿はありませんでした。」
「捉えられれば、いい被検体になったのに。まあいい、どうせ口外はできない。それより今はこれだ、」
リーダー格の老学者は残念がりながら、警告音のもとになっている精密機器に視線を戻す。
「これは……どうなっている?」
老学者が震える声で呟いた。
彼の目の前では、結晶の表面を走る星紋に似た模様が激しく脈動し、まるで結晶そのものが生き物のように鼓動しているかのようだった。
「エネルギーが異常に増大しています!」
助手が叫びながらモニターを指差す。
その画面には、通常の星紋術のエネルギー値をはるかに超えた異常数値が表示されていた。
「制御結界を強化しろ! このままでは危険だ!」
老学者が命じると、数人の研究員が一斉に術式の強化をし始める。
結晶を囲むように張り巡らされた防御結界が再度強化され、淡い青い光が研究室全体を覆った。
しかし、その光が結晶の放つ闇と衝突するように揺らぎ、不安定な状態が続いていた――
――夜の帳が静かに学園を包み込み始めた頃、学園内の空気は昼間とは異なる冷たさを帯びていた。木々が風に揺れる音がわずかに聞こえる以外、すべてが静寂に支配されている。
聖女アリセア・フォルセインは白いマントを身に纏い、緩やかな足取りで学園の裏道を歩いていた。
その後ろには、漆黒の鎧を纏った護衛のエリオン・オルディアスが控えている。
彼の鋭い眼差しは周囲を警戒しつつも、アリセアに一歩でも近づく危険を阻むかのように揺るぎなかった。
「アリセア様、このような時間に調査をされるのは危険ではありませんか?」
エリオンは声を潜めながら、しかし慎重に問いかけた。
アリセアは足を止めず、視線を前方に向けたまま静かに答える。
「今、この学園で星喰いに関連する何かが隠されているのなら、日中では見つけられないでしょう。夜の静けさこそ、隠されたものを浮き彫りにするのよ。」
その声は穏やかでありながら、芯の強さを感じさせた。
アリセアとエリオンが辿り着いたのは、学園の奥にある古びた通路だった。
壁にはひび割れた石材がむき出しになり、苔が生えている場所もある。
その冷たい空間に、二人の足音が規則的に響く。
エリオンは周囲の気配に注意を払いながら、目の前の壁を指差した。
「こちらの壁に何かしらの術式が隠されている可能性があります。私が確認いたしますのでお下がりください。」
彼は慎重に壁を調べ始めたが、触れてみても特に異変を感じ取ることはできなかった。
彼の手袋が石材を擦る音が静寂を切り裂く。
「……特に異常はありません。しかし、わずかに空気の流れが異なる気がします。」
アリセアはエリオンの言葉に耳を傾けながら、手を軽く翳して周囲のマナの流れを感じ取ろうとした。だが、その表情にはかすかな困惑が浮かんでいる。
「不自然な流れを感じたけれど……それ以上の手がかりは掴めないわね。」
彼女はため息をつきながら、足元に目を落とした。
調査を続ける中、アリセアは立ち止まり、静かに口を開いた。
「エリオン、学園総帥――ルディアス・ファルグレイについて、どう思う?」
彼女の問いに、エリオンは一瞬だけ間を置いて答える。
「アリセア様、私は学園総帥が全てをご存知ではない可能性もあると考えています。とはいえ、これほど大規模な学園の中で、秘密裏に何かが進行しているとは……彼が全く知らないとも思えません。」
アリセアはその答えに微かに頷き、表情を引き締めた。
「もし彼が本当に何も知らないのだとしたら、この学園には彼を欺きながら何かを進めている者がいることになる。だとしたら、その存在は――星喰いと学園の秘密を繋ぐ糸ね。」
彼女の言葉に、エリオンは低い声で応じた。
「その可能性は否定できません。ですが、何らかの証拠が必要です。このままではただの憶測に過ぎません。」
二人はさらに通路の奥へと進んだが、結局これ以上の手がかりを見つけることはできなかった。
古びた壁と冷たい空気だけが、二人を取り巻いていた。
「……何も見つからない。私たちはまだ、何か重要なことを見落としているのかもしれない。」
アリセアは自嘲気味に呟き、夜空を見上げた。
エリオンは一歩後ろに控えながら、静かに言葉を紡ぐ。
「アリセア様、真実を掴むための道は簡単ではありません。しかし、必ず糸口は見つかるはずです。私はどこまでもお供いたします。」
アリセアはその言葉にわずかに微笑み、再び歩みを進めた。
二人が通路を去った後、その静寂を裂くように風が吹き抜けた。
その瞬間、何事もなかったかのように見えた壁が微かに光を帯び、一瞬だけ歪んだ。
だが、それはほんの一瞬のことであり、再び通路は元の静けさに戻った。
その光景は、二人が見落としてしまった何かが確かに存在していることを暗示していた。
彼らが立ち去る背中を見守るかのように、学園の夜は静かにその謎を包み込んでいく。
悠久の星紋剣士 蒼野 レイジ @aono_reiji
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