7-2 精霊の囁きー契約者との模擬戦
――学園生徒たちはアリーナへと移動した。
そこは広大な空間で、光が天窓から差し込み、どこか神聖な雰囲気を醸し出していた。訓練のための傷跡が床に残るアリーナは、数々の戦いを見守ってきた証である。
生徒たちは自然と観客席に集まり、ざわめきが次第に広がっていく。
セイラスはその中心に立ち、落ち着いた声で語り始めた。
「精霊と契約するということが、いかに戦闘において重要であるか、そしてその難しさを体感してほしいと思います。そのため、模擬戦を行います。代表して私と戦ってくれる者を一人選びます。」
その瞬間、緊張が生徒たちの間に走った。
誰もが息を呑み、互いの顔を伺う。
セイラスの目が一人ひとりを見渡しながら、次第に止まった。
その視線の先にいたのは、レヴァンだった。
「レヴァン・エスト。」
その名が呼ばれると、周囲の視線が一斉に彼に向けられた。
驚きと羨望、あるいは不安が混じった表情が広がる中、レヴァンは自分の名前を呼ばれたことに一瞬固まった。
「君は、星の光に所属していて戦闘経験も豊富だと聞く。精霊契約者との戦闘に耐えられるだけの腕前を見せてほしい。」
セイラスの声は穏やかだったが、そこには逆らえない威圧感があった。
レヴァンは深く息を吐き、ゆっくりと立ち上がった。
「分かりました。精一杯やらせてもらいます。」
その答えにセイラスは微笑み、手で合図を送った。
「では、中央へどうぞ。」
アリーナの中央に立ったセイラスとレヴァンを囲むように、他の生徒たちが観客席に座り、静寂が広がった。その場の空気は緊張で張り詰めていた。
セイラスは一歩前に出ると、淡々と詠唱を始めた。
その声は冷たい空気に溶け込むようでありながら、アリーナ全体に響き渡った。
「霜降る大地よ、その冷厳なる力を宿し、我が敵を封じよーー顕現せよ、ティエラ!」
詠唱が終わると同時に、アリーナ全体の温度が急激に下がった。
白い霜が床に広がり、息が白く凍る。空気中の水分が結晶化して輝き、光がそれに反射して幻想的な光景を作り出す。
突然、霜の中から氷の精霊ティエラが姿を現した。
その身体は透明感のある青白い輝きを放ち、滑らかな氷で構成された美しいフォルムが周囲の視線を釘付けにする。その動きはしなやかでありながら、冷たく硬質な威圧感を漂わせていた。
「これが……戦闘態勢の精霊……」
観客席から誰かが呟いた声が聞こえ、息を呑む音が連鎖する。
「行きますよ、レヴァン!」
セイラスの声が響くと共に、氷の精霊ティエラが宙に舞い上がった。
アリーナ全体に冷たい空気が満ち、観客席の生徒たちからどよめきが起こる。
その場にいるだけで指先が痺れるほどの冷気は、ティエラが発する威圧感の一端に過ぎなかった。
レヴァンは剣を構え、深呼吸を一つ入れる。
心臓の鼓動が耳に響く中、自らの炎を燃え上がらせるために意識を集中させた。
「氷なら、炎で対抗する!」
ティエラがセイラスの指示に応じるように手をかざすと、空気中の水分が瞬時に凝縮され、巨大な氷柱が形成された。
それが「ゴゴゴッ!」という重低音を立てながら地面を砕き、レヴァンへ迫る。
「炎弾(えんだん)!」
レヴァンは、無数の火の玉を氷柱へ向けて放った。
衝撃音と共に氷が崩れ落ち、周囲に破片が散らばる。
しかし、ティエラはすぐに動きを変えた。
「......!!」
冷気の鎖が地面から伸び、レヴァンの足元を狙う。
「甘い、焔脚(えんきゃく)!」
レヴァンは即座に反応し、火の星紋術で足元を爆発させ、鎖を蒸発させた。
その煙の中から前方へ突進するが、セイラスの声が冷静に響く。
「ティエラ、氷壁を!」
透明な氷壁が瞬時に形成され、レヴァンの攻撃を阻む。
「炎で消し飛ばす!」
レヴァンは、剣に炎を纏わせ強力な一撃を繰り出す。
炎の衝撃波が氷壁を粉々に砕き、その破片が光を反射してアリーナ中に飛び散った。
「流石、星の光に所属しているだけあって強いですね。では、これはどうでしょう。」
セイラスが微かに笑いながら氷の刃を放つ。
鋭利な氷刃が四方から迫り、レヴァンを挟み撃ちにする形を取る。
その時、ティエラがセイラスの攻撃に呼応し、氷刃が強化され大きくなる。
「熱衝壁(ねつしょうへき)!」
レヴァンは火を圧縮した防御術で氷刃を弾くが、背中を掠める一撃が彼の体力を削る。
ティエラは単なる攻撃手段ではなかった。
セイラスの指示に応じながらも、自らの意思で攻撃と防御を切り替え、レヴァンを圧倒する動きを見せる。
「ティエラ、全方位攻撃を!」
セイラスの言葉と共に、周囲の地面が一斉に凍り付き、鋭利な氷柱が突き上がる。
「くそっ……!」
レヴァンは風の星紋術を使いながら跳躍してかわすが、直後にティエラが放った氷の刃が背後から追い打ちをかける。
「連携が完璧すぎる……だが、負けるわけにはいかない!」
レヴァンは自分の中に沸き上がる炎の力をさらに高め、剣を構え直した。
「ここからが本番だ!」
レヴァンは剣に火の星紋術を集中させる。
「焔竜旋華(えんりゅうせんか)!」
炎の竜が舞うように螺旋を描き、ティエラとセイラスの周囲を包み込む。
そして、周囲の氷を燃やし尽くした。
「火属性の全方位攻撃か...造形も美しい。」
「あいつ、風属性メインだと思っていたが、火属性もここまで扱えるのか。底が知れないな...」
セイラスとレヴァンが模擬戦を行っている一方、アリーナで観戦している生徒達が口々に感想を漏らしている。
熱気が氷を溶かし、一瞬だけ霧が発生していた。
(よし、今だ!)
霧の中でレヴァンは一気に距離を詰める。
セイラスが氷の刃を構えるが、レヴァンの速度がそれを上回った。
しかし、剣がセイラスの懐へ迫った瞬間、ティエラが間に割って入る。
「......!!」
氷の障壁が突如として形成され、レヴァンの一撃を完全に防ぐ。
その防御の精度と迅速さに、レヴァンは思わず目を見開いた。
「精霊は、ここまで能動的に動くのか……!」
セイラスがティエラに最後の指示を与え、アリーナ全体を覆うような冷気が広がる。
しかし、レヴァンはその中でも火属性を最大限に引き出し、氷の環境に挑む意志を崩さなかった。
「炎煌裂刃(えんこうれつじん)!」
輝く炎を纏った剣が敵を裂くような全力の一撃を放つレヴァン。
美しい炎の刃がティエラの氷を削り取り、ついにその分厚い障壁を破る。
「はい、ここまで!」
セイラスが、氷の多重壁を形成してレヴァンが放った炎を防ぎつつ、模擬戦終了を告げた。
アリーナに響いていた観衆の歓声が徐々に収まり、興奮が静寂に変わりつつあった。
模擬戦を終えたレヴァンは、ゆっくりと立ち上がり、剣を鞘に収めた。
剣を握る手には微かに震えが残り、彼の体力と集中力がどれほど消耗していたかを物語っていた。
セイラスがティエラを呼び戻すと、アリーナの冷気が次第に和らぎ始める。
彼が一歩前に進み出て、レヴァンの前で足を止めた。
「よく耐えましたね、レヴァン。貴方の火属性の星紋術を主体とした戦い、見事でした。」
セイラスは微笑を浮かべながら手を差し出した。その顔には敬意が滲んでいる。
「ありがとうございます。正直、圧倒されっぱなしでしたけどね。」
レヴァンも手を伸ばし、固い握手を交わした。
「そう感じましたか? ですが、私もティエラも手を抜く余裕はありませんでしたよ。」
セイラスが穏やかな声で応じると、レヴァンは思わず目を見開いた。
「本気だったんですか……?」
「ええ。貴方の戦い方には隙が少ない。それに、火属性の星紋術もここまで巧みに使いこなすとは、正直驚きました。火属性は扱えても補助的で、風属性が主体と思っていましたから。」
セイラスの言葉に、レヴァンは一瞬だけ言葉を失った。
自分が戦っている間、精霊術との圧倒的な差に気を取られていたが、評価されているという実感に胸が熱くなった。
観客席の生徒たちも、模擬戦の熱狂から少しずつ立ち直り、ざわざわとした会話が広がり始めた。
「あの連携はすごかったな」
「精霊との契約者相手に、あそこまで善戦するなんて予想外だ」
様々な声が、あちこちから聞こえる。
その中で、一人の生徒が呟いた。
「精霊との契約って、やっぱり憧れるよな……でも、あんな風に使いこなせるなんて夢のまた夢だ。」
その言葉がレヴァンの耳に微かに届いた。彼は拳を軽く握り、心の中で自問する。
(自分も、精霊と契約できるのだろうか?)
セイラスはレヴァンの表情の変化を見逃さず、静かに問いかけた。
「レヴァン、精霊契約についてどう思いますか?」
「正直なところ、まだよく分かりません。ただ……その力は圧倒的だということは、今回の戦いで痛感しました。」
「確かに精霊の力は強大です。しかし、それを引き出し、使いこなすには契約者自身の覚悟と努力が必要不可欠です。」
セイラスの言葉は重く響いた。
その中には、自身が契約を果たすまでに費やした時間と犠牲が滲んでいた。
「もし、貴方が精霊契約を考えているのなら、まずはその可能性を探ることから始めてみてはどうですか?」
その提案に、レヴァンは深く頷いた。
アリーナを後にしたレヴァンは、夕日が差し込む学園の廊下を歩きながら、次に進むべき道を考えていた。
セイラスの言葉が頭の中で繰り返される。
「まずは可能性を探ることから」
ふと足を止め、窓の外を見やる。
広がる赤い空と、微かに揺れる木々の影。その景色を眺めながら、彼の心に一つの答えが浮かんだ。
「まずは、知識だ。」
レヴァンは図書館へ足を向けた。
そこは、学園内でも最大級の規模を誇る知識の宝庫だった。
精霊契約に関する書籍を手に取り、真剣な表情で読み進める自分の姿が容易に想像できた。
(セイラスが言っていたように、力だけではない。精神性や覚悟も必要なんだ。)
決意を固めたレヴァンは歩みを速めた。
その背中には、次なる目標に向けた強い意志が宿っていた。
図書館の入り口に立ったレヴァンは、扉を押し開ける。
その先に広がる書架の迷宮が、彼の心を新たな冒険へと誘った。
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