5-1 迫りくる脅威ー固有属性使いと異変の始まり

――数日後のルナエティカ星紋学園。


ランキング戦専用アリーナの全体を包む熱気が一層強まる中、セリーネ・アルヴェリスは落ち着いた表情で席に腰を下ろしていた。



彼女自身、ランキング戦の挑戦を受けていたため毎回観戦ができずにいたが、ようやくレヴァンの試合を観戦できる時が来た。


破竹の勢いでランキング戦を駆け上がる生徒は他にもいるが、彼の勢いには目を見張るものがある。長年この学園に籍を置いている彼女にとっても、二属性使いの登場は驚きだった。


目の前に広がる対戦会場に、彼女が興味を抱いている人物、レヴァン・エストと彼の挑戦を受ける相手の姿が現れた。


「結晶属性(けっしょうぞくせい)を操るミリア・ヴァレティアか…。固有属性の彼女が相手なら、ただの力押しでは勝てないわね。」


セリーネの声は低く、誰にも聞こえないほど小さかった。

結晶属性は数ある属性の中でも極めて珍しく、その万能性と持久力で知られている。

特に防御の硬さと、敵をじわじわ追い詰める戦術は、多くの戦士たちを絶望させてきたらしい。



ヴァルストラ共和国内に結晶属性が彼女以外に確認されていないためか、「結晶のミリア」という二つ名で呼ばれることもある。その希少さからか、軍からも声がかかっているらしい。


鐘の音が響くと同時に、アリーナが一瞬静まり返る。

ミリアが一歩前に出ると、足元に美しい星紋の紋様が浮かび上がり、白い光が彼女を包んだ。


光は次第に広がり、彼女の周囲に透明な結晶を生成し始める。

その美しさに観客席からもざわめきが起きた。


「これが結晶属性か…。」


レヴァンは剣を構え直しながら呟いた。その声には緊張が混じっているが、どこか挑戦を楽しむかのような響きもあった。


「準備はいいかしら?」


ミリアの声は冷静そのものだった。その余裕ある態度が、さらにレヴァンの緊張を引き締める。


「行くぞ!」


レヴァンは身体強化をし、迷わず間合いを詰めて剣を振り下ろした。

その速度は尋常ではなく、観客席からも驚きの声が上がる。


「結晶障壁(けっしょうしょうへき)!」


ミリアはすかさず結晶属性の防御術を展開する。展開するスピードは速い。

白い光を放つ結晶の壁が瞬時に現れ、レヴァンの剣撃を受け止めた。


「ガキン!」という金属音が響き、火花が散る。


「くっ…硬いな!」


レヴァンは即座に剣を振り直し、連撃を加える。

しかし、結晶の壁はビクともしない。


「剣技に自信があるようだけど、ただ力任せに攻撃しても無駄よ。」


ミリアは軽く笑みを浮かべると壁を消し、瞬時に新たな星紋術を発動させた。


「晶脚移(しょうきゃくい)!」


足元に結晶を生成し、その結晶を利用した移動術だ。

通常属性とは違う柔軟な軌道の高速移動で、レヴァンの背後に回り込む。


彼女は、結晶を先の尖とがった鋭利な形に変え、彼に向けて射出した。


「光環晶撃(こうかんしょうげき)!」


無数の結晶の刃が環状に展開し、レヴァンを取り囲むように襲いかかる。


「シュッ、シュッ」と空気を切る音が耳をつんざく。


「剣だけでは不利か…!」


レヴァンは瞬時に体を低く構え、剣を高速で振るいながら迫り来る結晶を弾き飛ばしていく。


だがそのうちの一つが彼の肩を掠め、「ザクッ」という音と共に血が滲む。


「剣技だけでは、私や300番以降のランカーには通じないわ。」

ミリアは挑発的に言い放つ。


レヴァンは、囮からの大技で決める戦術を頭の中で構築し、囮となるための星紋術を発動する。


「炎弾(えんだん)!」


無数の火の玉が、ミリアを襲う。

囮といえど、直撃すればダメージは大きい。


「輝晶陣舞(きしょうじんぶ)!」


周囲の結晶が回転を始め、彼女を防御しつつ、同時にレヴァンを攻撃する。


散った炎を操り、目くらましにしようとしていたレヴァンは驚く。


「防御しながら攻撃とは…流石だな。」

(厄介だな...短期決戦で決められそうにないか。)


レヴァンは苦笑を浮かべながらも、その瞳は冷静さを失っていない。


ミリアが追撃をしかけてくる。


「光環晶撃(こうかんしょうげき)!」


レヴァンは地面を蹴り、高速で結晶を叩き落としながら彼女に接近する。


ミリアは驚きを見せつつも、レイピアを抜き応戦。

一時的に武器戦に切り替わる。


二合、三合と切り合う内にレヴァンは確信する。

(武器戦はそこまで得意としていないな)


レヴァンは連撃を加え、攻撃の隙を狙って剣を振り下ろした。

しかし、彼女はすかさず結晶を盾に変え、再び攻撃を防ぐ。


「やはり硬い…!」


そして、一瞬の隙が生まれたレヴァンにレイピアによる高速の突きを浴びせる。


「くっ...」


かろうじて身を反らしたレヴァンだが、横腹に突きを受けてしまい追撃を回避するため急いで交代する。


観客席ではセリーネが、彼らの戦いに釘付けになっていた。


「苦戦しているわね...このまま持久戦に持ち込まれたら、レヴァンには不利ね。でも…」


セリーネはわずかに微笑み、レヴァンの可能性を信じていた。



戦いは激しさを増していた。

負傷したレヴァンの動きが悪くなり、ミリアが星紋術で押している。


「輝晶陣舞(きしょうじんぶ)!」


ミリアの攻防一体の結晶が回転を加速させ、鋭さを増していく。


「キィィン!」という音と共に、青白い結晶がアリーナ全体に舞い、攻撃と防御を兼ね備えた彼女の戦術が、徐々にレヴァンの動きを封じていった。


「っ…さすがに厄介だ。」


レヴァンは内心の焦りを隠しつつも、冷静に状況を分析していた。

しかし、その冷静さとは裏腹に、彼の肩口には深い傷があり、そこからじわりと血が滲んでいる。


「どうしたの?もう終わりかしら。」


ミリアは結晶の盾を出したまま、余裕の笑みを浮かべた。

その声には挑発の響きがあり、観客席からもざわめきが聞こえる。


「まだだ…!」


レヴァンは歯を食いしばり、再び剣を構えた。

しかし、結晶の障壁と回転する陣舞が、その一歩を阻んでいる。


得意の剣技だけでは突破できないと悟り、星紋術主体に切り替える決断を下す。


「灼嵐旋(しゃくらんせん)!」


放たれた風と強力な火を螺旋状に融合させ、結晶の障壁を粉砕する。


「さすがに二属性複合だと、威力が段違いね!」


ミリアに結晶の壁を作らせまいと、レヴァンは地面を蹴り高速で接近。

彼女の側面に即座に移動し、星紋術を発動させる。


「嵐鎖(らんさ)!」


その接近と星紋術の発動の速さにミリアは驚きつつも素早く動き、即座に結晶を展開して防御を固める。


「ヒヤリとしたわ。でも、そう簡単にこの結晶は崩せないわよ!」


冷静な彼女の言葉に、レヴァンは唇を噛んだ。


「私、さらに高みを目指すの。だから、そんなに時間をかけていられない。そろそろ決めさせてもらうわ。」


「砕晶連撃(さいしょうれんげき)!」


彼女がレヴァンに告げると、結晶を次々と射出する、連続攻撃の星紋術を放つ。


「断風障壁(だんぷうしょうへき)!」


レヴァンも負けじと攻防一体の圧縮した壁で応戦するが、結晶の連続攻撃が反撃を相殺し圧縮した風の壁を削っていく。


(徐々に結晶の量を増やしているのか...このままでは)


レヴァンが増えていく結晶に風の障壁で対処しながら次の手を考えている間、ミリアは次の星紋術を完成させていた。


いつの間にか彼の足元、いや、このアリーナ全体に星紋術の紋様が広がっている...


「大規模戦闘でしか使わないからあまり使うことはないんだけど、あなたは強いから確実に仕留める...結晶環界(けっしょうかんかい)!」


ミリアは、アリーナ全体に結晶を展開し、結晶で支配した領域を完成させた。


レヴァンは完全に対応が遅れ、足が結晶に包まれてしまっていた。

身動きは取れそうにない。


アリーナの観客全員が口々に驚きの声をあげていた。


「こんなのどうやって対処するんだ」


「あのレヴァンってやつも、ここまでだな」


「なんて美しい星紋術...」


それを見ていたセリーネも、興奮している。


(領域を結晶で支配すると同時に、敵の動きを制限する星紋術...硬度の高い結晶が足元を固めれば、相手は完全に身動きが取れない。加えて、結晶の領域...術者に攻撃しようとしても、周りの結晶はきっと攻防一体ね。彼女が軍の勧誘に時間を取られていなかったら、ランキングは二桁の実力ね...)


「くっ動けない...」


レヴァンが焦りを見せている間、ミリアは勝負を決めるため、さらに星紋術を発動させる。


「これで終わりよ。煌晶崩閃(こうしょうほうせん)!」


一点に結晶を集中させたのち、身動きの取れないレヴァンに向かって大爆発を起こす。無数の鋭利な結晶片を四方に飛び散るが、結晶の領域が囲むように壁を発生させ彼女を守る。


高威力の局地攻撃に負けを悟ったその瞬間、レヴァンの頭の中に微かな記憶の断片がよぎる。


(この感覚は…?前にもこんなことが…。)


断片的な記憶の中で、星紋術の新たな形を使っている自分の姿が浮かび上がった。

それは風と炎を組み合わせた強力な術だった。


「試してみるしかない…!」


レヴァンは息を整え、剣を鞘に納めた。

そして、マナと星紋の力を高めながら両手を広げ、風と炎の力を同時に引き出した。


「鳳焔輪廻(ほうえんりんね)!」


これまで体験したことがない大量のマナが消費される感覚が生じると同時に、レヴァンの背後に巨大な鳳凰(ほうおう)が具現化し、炎と風が戦場全体を支配した。


その絶大な炎と風の力により、レヴァンに迫っていた結晶と足元の結晶は焼き尽くされていた。


結晶の領域も焼き尽くされていき、ミリアが新たに発動させていた分厚い結晶の多重壁も無くなるまで、焼き尽くされていった。


「何なの...その星紋術は!これが二属性の力だとでもいうの!?」


驚きつつも戦闘の意思を見せるミリアに、レヴァンは鳳凰による攻撃を仕掛ける。

彼女も負けじと防御に特化した星紋術を展開する。


「蓮晶天守(れんしょうてんしゅ)!」


身を乗り出して観戦していたセリーネは、驚きの声をあげた。


「まだ、あんな術を隠し持っていたの!?」


(蓮の花のように展開した結晶が範囲内を守護する術のようね。でも防御範囲は3.5mほどかしら。鳳凰の突撃に耐えながら、おそらく火力の高いところに花が能動的に動いている...さらに、花びらが散っていることから、美しさと堅牢さを兼ね備えた能動的な多重防御術ってところね。末恐ろしいわね。でも、これを突破できれば...」


蓮の花が、花びらを散らせながら徐々に焼き尽くされていく...


そして、「ドォン!」という轟音と共に炎と風の爆発によりミリアが空中に高く吹き飛ばされた。


彼女に意識はもうない。

あっけにとられていた審判がすかさず、彼女を風の星紋術で受け止める。


鳳凰が出す熱気により「ゴォォォ!」という轟音がアリーナに響き渡っている。

その熱気と風圧は、観客席にまで伝わっていた。


アリーナに静寂が訪れる。審判が手を挙げ、試合の終了を告げた。


「勝者…レヴァン・エスト!」


観客席からは歓声と拍手が巻き起こった。

その中で、セリーネは静かに微笑みながら、レヴァンを見つめていた。


「まさか、あんな星紋術を隠していたなんて...彼には、まだまだ可能性が秘められているわね。」


彼女の心の中には、次なる戦いへの期待と共に、レヴァンへの興味が一層深まっていた。



レヴァン・エスト ー 学園ランキング 316



――ランキング戦で久しぶりに歓声が沸き起こった2日後、学園内に緊急放送が鳴り響いた。


「ヴァルストラ共和国外周部で星喰いの異常発生が確認されました。対象の規模と危険度は極めて高く、対応するための戦力を速やかに募集します。」


その知らせに、学園内の空気が一変した。

廊下を歩いていたレヴァンも足を止め、放送の内容に耳を傾ける。


「異常発生…か。」


その言葉を呟くと、彼の瞳には強い決意の光が宿っていた。

次なる戦いが、彼にとってどのような意味を持つのかはまだわからない。


しかし、彼は歩みを止めることなく、再び剣を握ることを心に決めた。

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