2-1 学園への扉ー一人旅

中立地帯に位置するギルド拠点は、星喰いとの絶え間ない戦いに備える者たちの拠点として、常に活気に満ちていた。


その一角で、レヴァンは討伐の成果を「記憶の水晶」に登録していた。


記憶の水晶は透明度の高い六面体で、星紋術士たちの討伐証明を記録するための重要な道具だ。


レヴァンが星喰いを討伐した際に刻まれた自身の星紋が水晶と共鳴し、青白い光を放つ。


昨日は、強力個体の出現と討伐の報告、珍しくパーティーを組んでの依頼だったためか、疲れ切ってすぐに宿で休んでしまっていた。


「記憶の水晶への登録をうっかり忘れるなんて、初めてのことだ。」

(一人でいすぎたかな...)


レヴァンには、この中立地帯で活動する前の記憶がないため、知り合いがいない。

一人で強力な星喰いを討伐できる力を有しているのも、単独で依頼を受ける要因でもあった。


「記憶の水晶への討伐記録、完了しました。」


ギルドの受付係が、光る水晶を見つめながら淡々と報告した。


その手元では、水晶が放つ光が徐々に収まり、内部に刻まれた紋様がはっきりと浮かび上がっている。これにより、討伐ポイントが記録され、報酬が確定した。


「討伐ポイントは順調に溜まっていますが、国家に所属をしないギルド員は、報酬が低いことをお忘れなく。」


受付の注意にレヴァンは短く頷いた。


彼はこのシステムに慣れていたが、それが自分の選択した道に影響を及ぼすことも理解している。


各国家の星喰いに対抗するための基本体制として、

―ギルドに所属する者は、基本的にどこかの国家内に定住する義務がある。

―特定の国家へ定住する星紋術士は報酬が高いが、旅をしながら依頼を受ける者は珍しく、自由度が高い代わりに成功報酬が低くなる。


――各国家とギルドが、この基本体制があることで、星喰いの異常発生や強力な個体の出現に対処できている。


レヴァンは、記憶を取り戻すことを最優先としている。


どこかの国家に所属し、縛られるのはマイナスに働いてしまう。ゆっくり暮らすことも考えたこともあったが、時折聞こえる声や断片的な記憶が彼を自然と突き動かす。


記憶の水晶への討伐の登録を終え、ギルド内で食事をしていると、支部長のアムレンがレヴァンに声をかけてきた。


「レヴァン!ギルドからの指名依頼を受けてくれて、ありがとう。あいつらも良い経験になったと思う。」


「このギルド支部には世話になっている。力になれて良かった。それに、パーティーを組んでの戦闘経験も詰めたしな。」


レヴァンは、短くも感謝の気持ちも述べる。


笑顔で頷きながら、アムレンが再び口を開く。


「この中立地帯では、星喰いの活動が活発化している。レヴァン、お前のように旅をしながら依頼を受ける者は希少だ。だが、お前の腕前は間違いない。この先もギルド支部に寄り、依頼を受けながら星喰いを討伐してくれると助かる。昨日も受付に言われたかもしれないがな。」


アムレンの声が響く。この屈強な男の鋭い眼差しは、レヴァンの実力を見抜いている。


数年前まで彼は、星の光の中でも、指折りの斧と土系統の星紋術の使い手だったと聞く。怪我による前線離脱という噂があるが、醸し出している雰囲気は強者と変わりなく鍛錬を欠かしていないことは、見た目からも分かる。


「分かった。俺は、これまでと変わらず動く。記憶を取り戻す手がかりとして、ヴァルストラ共和国の星紋学園にも興味がある。次はそこに向かい、情報を集めてみる。」


レヴァンの言葉にアムレンは少し驚いたように眉を上げたが、すぐに深く頷いた。


「学園か…。珍しい場所を目指すな。だが、気をつけろよ。特に最近は異常発生もそうだが、強力な個体の報告も増えている。」


アムレンは旅をしながらの報酬が低いことへの注意を促しつつも、レヴァンの旅を応援する姿勢を見せる。


そのやり取りを終え、レヴァンはギルドを後にした。



ギルドを出た直後、レヴァンは星紋術を使って身体を強化し、彼の身体が青白く輝いた。その力を借りて、彼はこの名もない中立地帯の街と荒野を駆け抜けるように進んでいく。


昼前には荒れ果てた風景が次第に緑豊かな丘陵地帯へと変わり、心地よい風が肌を撫でた。


(マナ量が多いおかげで、こうして効率的に移動できるのはありがたいな。)


レヴァンは星紋術の基礎について思い返していた。


星紋術は星喰いに対抗するために人々が編み出した力で、星紋の力とマナを合わせて発動する。星喰いは通常の武器では倒せず、星紋術こそが唯一の対抗手段だった。


武器で星喰いに傷をつけるための「武器強化」、身体能力を上げる「身体強化」が基本の星紋術であり、火や水などの属性をイメージしたものなどは、星紋により扱えるかどうかは異なる。


レヴァンは基本の星紋術を極限まで高めた戦い方を得意としており、自然と剣技を使用することが多い。必要に応じて、風や火の星紋術も使用する。基本的に1つの属性のみらしいが、2属性以上操る者は珍しいらしい。


彼が星紋の力を駆使するたび、過去の記憶の断片が微かによぎる時がある。

しかし、それらは一瞬で霧散し、いつも核心に迫ることはできなかった。


突如、風の中に不吉な気配が混じった。レヴァンは足を止め、剣の柄に手をかける。


荒野の静けさが一転し、どこからともなく重い足音が響いてくる。

闇の中に微かに動く影が見えた。


「何事もなく...とはいかないか。」


星喰いだ。その巨体が月明かりに浮かび上がる。


先日の戦闘で出会ったものよりもやや小ぶりだが、鋭い爪と異様な光を放つ瞳が威圧感を漂わせている。一歩踏み出すごとに地面が揺れ、乾いた音が空気を震わせた。


レヴァンは一歩前に進み、剣を抜いた。刀身に星紋術の光が走り、青白い輝きがを放つ。


「来るなら相手をしてやる。」


星喰いが咆哮を上げる。

その声は空間を震わせるほどの力を持ち、レヴァンの耳に不快感を与えた。


彼は剣を構え、敵との間合いを詰める。


星喰いの巨腕が振り下ろされる瞬間、レヴァンは身体強化による星紋術を発動。

青白い光が彼の体を包み、一瞬で敵の側面に回り込んだ。


「ズバン!」


剣撃が星喰いの外殻を砕き、黒い血が飛び散る。だが、星喰いは怯むどころかさらに攻撃を激化させる。


鋭い爪が風を切り、レヴァンの頬に一筋の傷を残した。


(こいつ…なかなかの手強さだな。)


レヴァンは一瞬息を整え、星紋術の力をさらに高める。

剣の輝きが増し、周囲の砂埃を吹き飛ばすほどの圧力を放つ。


星喰いが再び突進してきた瞬間、彼は高く跳び上がり、真上から強烈な一撃を繰り出した。


「ドォン!」


斬撃の衝撃で星喰いが大地に叩きつけられる。

その巨体が崩れ落ちると同時に、星喰いは息絶えた。


「…ふぅ。」


剣を鞘に収めながら、レヴァンは荒野の風景に目を向けた。

戦いの余韻が残る中、彼の心には新たな疑問が浮かぶ。


(星喰いがこれほど頻繁に現れるのは、何か理由があるのか?それとも…俺が向かうべき道が正しいという証なのか?)


再び歩き出そうとしたその時、遠くからかすかな光が見えた。

それは星紋術士のものとは異なる、人工的な輝きだった。


「灯り…?村か?」


レヴァンは警戒しつつも、その光に向かって歩みを進める。


旅路の中で出会う人々や場所が、新たな手がかりをもたらすかもしれないという期待が胸の中にあった。



光の正体は、小さな集落だった。いくつかの簡素な家々が立ち並び、中央には焚火が揺れている。住人たちは戦いの影響を受けたようで、その顔には疲労と不安の色が浮かんでいた。

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