第三十七話 【番外編】魅惑の雷娘参上(後編)
「それにしてもオアシスの水不足は深刻ですね。各地からの支援で何とか事なきを得ていますが、交通に支障が生じたら町の人は一気に窮地に陥ってしまう」
「全くだ。日照り続きの砂漠にドカンと大雨でも降ればいいのになあ」
ガマニエルが父王と一緒に砂漠のオアシスから外交を終えて帰国すると、王城は大変な騒ぎになっていた。人が多すぎて彼らの乗った馬車が進めない。
なんでも、魅惑の
色と光の迫力ある見世物に、集まった観客は拍手喝さいで大興奮だ。
「いやあ我がカレイル国は珍客が後を絶たんなあ。きらきらした王子様からどす黒い悪の魔王まで。今度は天から雷様の御遣いか」
賑やかなことが好きな父王はのんきに稲妻が轟く様子を眺めているが、ガマニエルはなんだか嫌な予感がした。
……雷娘?
彼の愛してやまない妻アヤメはかつて雷の心臓を持っていた。
「すまない。ちょっと通してくれ」
ガマニエルが人混みをかき分けて庭園中央に進み出ると、
「……あ、アヤメぇ~~っ!?」
愛妻が派手で露出の多いコスプレもどきの格好をして、指先から天空に稲光を発射していた。思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。アヤメの周りには大勢の人と数多よろずの妖怪たちがひしめいている。
何ということだ、妻が見世物になっている。
のみならず、周りとの距離が近い。あの一つ目小僧、アヤメの尻尾に触らなかったか?
――尻尾……?
「あ、旦那様っ」
なにやら血相を変えて飛んできた愛しのガマニエルを見て、アヤメは心から安堵した。大勢でよってたかって褒めそやしてくれるのは嬉しいのだが、勢いが凄いし、距離感が近いし、尻尾が痛くなってきたし、で、収拾がつかなくなっていたのだ。
「おかえりなさいませっ」
握手会のことも稲妻ショーのことも頭から抜け落ち、一直線に駆け寄ると、ガマニエルの腕の中に飛び込む。
変身したのだから仕方ないのだが、自分が自分ではないような気がして朝からずっと落ち着かなかった。やっと息を吸えたような気がする。旦那様の匂い、旦那様の温もり、旦那様の腕の中。私だけの安心する場所。
「……すまないが、ショーは終わりだ。妻が疲れている」
アヤメをしっかりと腕に抱き、その上から自分が着ていた外套をかけて、ガマニエルは馬車に引き返し王宮内に退散した。
「きれいだったねえ」「すごいショーだったなあ」
「雷娘可愛かったな」「耳と尻尾がもふもふだったよね」
観客たちの興奮は冷めやらず、
「アヤメったら、いつの間にこんなすごい発明を」
「今度私たちもバニーガールにしてもらいましょうよ」
「多分だけど、イノシシドールの方が似合うと思うわ」
「誰が猪突猛進じゃ、こら」
姉姫たちの夢も果てない。
王宮庭園の空にはまだチカチカと稲妻が煌めいていた。
「アヤメ、お疲れ様。よく頑張ったな」
居室に引き上げたガマニエルは、自分にしがみついたまま離れないアヤメを優しく撫でる。吸い付くように柔らかい肌がふるふると震えている。
異様な勢いでもてはやされ、さぞかし戸惑ったことだろう。美の化身としてもてはやされ、醜悪の極みとして注目を浴びたガマニエルには、その心労が痛いほどよく分かった。
「……ガマニエル様。注目されるって大変ですね」
慣れないことに疲れ切った様子のアヤメにリラックス効果があるというハーブティを淹れて飲ませると、アヤメはガマニエルの膝の上に丸く収まったまま喉を鳴らした。
縞々でふわふわの耳と尻尾がもふもふ揺れて、喜びを表現しているらしいのが、
「何か食べるか?」
すりすりしてくるアヤメを撫でて自身も癒されていると、アヤメはガマニエルにぎゅううっと抱き着いてきた。
「大丈夫です。これで充電できます」
え――、俺の嫁が可愛すぎてつらい。
ガマニエルの全身に甘美な電流が駆け抜けたのは、可愛すぎる妻のせいか、雷娘の為せる業か。
「……あの、旦那様。旦那様もこの姿の方がいいですか?」
ガマニエルの膝の上でゴロゴロしていたアヤメが遠慮がちに尋ねてきた。
「え、……あー……」
言われて改めてまじまじと妻を観察する。
いつもよりふくよかな胸、丸いお尻、ふわふわな尻尾。黒目がちでつぶらな瞳。整った鼻筋。潤った唇。白くやわらかな肌に個性的な角。
確かに、いわゆる魅力的な容姿ではある。しかし、ガマニエルにとって可愛さの基準はアヤメであることであり、世間一般の美醜の評価は当たらない。
「俺はアヤメなら何でもいい」
そう言うと、アヤメが飛び上がってガマニエルの唇に可愛く触れた。
「私も、旦那様ならどんなお姿でも大好きです」
思い返せば。
魔王の呪いが解けてガマニエルが醜いガマガエルの妖怪から麗しの月皇子に戻っても、アヤメの態度は全く変わらなかった。
だからアヤメは、ガマニエルの唯一なのだ。
「……うん。俺も好きだよ」
麗しの月皇子は魅惑の雷娘にどれだけ愛しくてかけがえのない存在であるかを伝えながら、一つの可能性に思い至った。
その夜。
カレイル国の王城からお忍びの馬車が一台、極秘裏に砂漠のオアシスへ辿り着いた。乾いた砂嵐が舞う砂漠の上空に、突如大きな雷雲が立ち込め、凄まじい稲妻と大粒の雨が降り注ぐ。
雨は一晩中降り続き、オアシスの街は何年かぶりに潤いに満ちた朝を迎えたのだった。
「姫さま、姫さまっ。大変でございます――っ」
……また。ばあやが何やら騒いでいる。
「うん、おはよう、ばあや」
アヤメは目をこすりながら起き上がった。
いつも優しいけど、昨夜の旦那様は一段と優しくて、アヤメの不安も戸惑いも何もかもを溶かしてくれた。やっぱりガマニエル様は最高に素敵な旦那様だ。
そんなガマニエルの気配はとうになくなっている。日差しが燦々と降り注いでいるところを見ると、アヤメはまたも寝坊してしまったようだ。ガマニエルはアヤメを起こさないよう、そっとお仕事に向かわれたのだろう。
我が旦那様の完璧さよ。
「……なんで今日もまたちょっと嬉しそうなんです?」
アヤメに不審そうな目を向けたばあやは、はっと我に返りずいっと手鏡を差し出した。
「そんなことより、見てください、見てっ! 大変です! 魅惑の雷娘が平凡なゴボウ娘に戻ってますっ」
……ゴボウ?
まあいいけど、と思いながら、ばあやのかざした手鏡を見ると、確かにいつも通りの取るに足らない貧相な容姿のアヤメが映っていた。
「無事に効き目が切れたのね」
「あああ~~、やはりそうですか。せっかくのセクシーお色気系でしたのに。一日限りの夢でしたわね……」
ばあやは至極残念そうだが、アヤメは正直ほっとしていた。
「夢は夢だからいいのよ」
ガマニエル様がそれでいいと言ってくださるから、ありのままの自分を好きになれる。変身薬が完成しても、ちゃんと元に戻れるようにしよう。
「次回のスペクタルショ―は未定?」
「待ち切れな――いっ」
魅惑の雷娘が消失してしまったことに大陸全土がそこはかとなく落胆したが、アヤメはあまり気にならなかった。
今日も。
愛する旦那様のおそばで元気にいられる。
それ以上に幸せなことなんてないとよく分かったから。
【了】
金の国 銀の国 蛙の国―ガマ王太子に嫁がされた三女は蓮の花に囲まれ愛する旦那様と幸せに暮らす。 みつきみみづく @minatsuki_mimizuku
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