花咲き紅く染まる
ひらがな元太
プロローグ
真紅の特攻服をまとった集団が単車を操り、地の底から響くような轟音を鳴り響かせる。
それに対峙するのは、純白の特攻服に身を包んだもう一つの集団。
両者は視線を交わした瞬間、単車から飛び降り、怒号を上げながら駆け寄る。
そして、それぞれの集団の先頭には、群を抜いて圧倒的なオーラを放つ二人――
二人の視線が交錯した瞬間、静寂が訪れ、次の瞬間には嵐のような衝突が始まる。
東日本と西日本の最大勢力が激突するその瞬間、これまでにないほどの激しさを帯び、まさに”最後の戦い”にふさわしい規模となった。
轟音と怒号が入り乱れる大規模な戦闘の只中、両陣営の総長がついに対峙する。
「この戦いに勝ったヤツが、日本一最強の男ってことだな」
「最強の男…?ハハッ、独りよがりしてんじゃねぇよ。ここまで来れたのも、お前の優秀な仲間のおかげでもあんだろ?
仲間をただの道具としか見ねぇお前なんかに」
――俺たちが負けるわけねぇ
「やっぱり、ずっと気に食わなかったんだよ……! 今日こそ確実にツブす!! 覚悟しろよ――西条零!!」
――そして、時は流れた。
名門・白鳳学園の始業式。
進級初日、春の柔らかな日差しが窓から差し込み、新しいクラスの教室には緊張感とぎこちなさが漂っていた。席に座った生徒たちは、進級後の新しい顔ぶれに戸惑いつつも、少しずつ距離を縮めようとしている。だが、そんな中でただ一人、教室の空気を切り離すように、まるで別の世界から来たかのような雰囲気を漂わせる少女がいた。
花ヶ崎星羅。京都の名家「花ヶ崎家」に生まれた令嬢であり、その名はこの白鳳学園の高等部でも広く知られていた。
長い黒髪がそよ風に揺れるたび、陽の光を受けて艶やかに輝く。その背筋の伸びた姿は凛としており、教室の窓際にまるで一枚の絵画のような美しさを作り出していた。端正な顔立ち、洗練された身のこなし、そして完璧とも言える礼儀作法――花ヶ崎星羅の存在は、誰の目にも「完璧そのもの」と映し、またその完璧さが彼女自身を孤独にしている原因であった。
休み時間になると、星羅の席の周囲には自然とクラスメイトが集まってくる。彼女の存在に引き寄せられるように、何人もの生徒が声をかけるのだが、どこか遠慮がちな態度が見え隠れする。
「おはようございます、花ヶ崎さん」
「おはようございます」
星羅は優雅な微笑みを浮かべながら、丁寧に挨拶を返す。その声は驚くほど柔らかく、話す相手の耳に心地よく響いた。だが、彼女の佇まいには、どこか冷ややかで近寄りがたい空気が漂っている。それは、長年「完璧であること」を求められてきた彼女が無意識のうちに作り出してしまった“壁”であった。
星羅に話しかけるクラスメイトたちの顔には、確かに敬意や憧れが浮かんでいる。しかし、彼らの言葉遣いや仕草から感じられる慎重さが、星羅に微かな寂しさを感じさせる。
(またやわ……皆、ほんま優しいけど、なんやろなぁ、この距離感)
星羅は内心で小さくため息をつきながら、それでも微笑みを崩さない。彼女の完璧な態度は、周囲の生徒たちにとっては「遠くから見上げる存在」として映り、それが彼女自身をどれだけ孤独にしているかに誰も気づく事はなかった。
窓の外には、澄み切った青空が広がり、まだ少し冷たい春風が桜の花びらをそっと揺らしている。そんな穏やかな景色に目を向けながら、星羅は静かに思った。
(どうして普通になるって、こんなにも難しいんやろか……)
彼女の表情には決して表れない隠された本心。その内側には、「普通の少女として生きたい」という切実な願いと、”花ヶ崎家の令嬢”としての立場を守り、完璧であり続けなければならないという責務――まるで真逆の想いが複雑に絡み合い、星羅自身を静かに縛りつけていた。
いつも彼女の普通の少女として生きたいという微かな願いも、彼女へ押し掛かる大きな期待の中にかき消されていく。星羅は何も知らないクラスメイトたちに向かい再び微笑んだ。
(今年も、平穏な一年になるやろうか……)
窓の外を見つめながら、星羅は静かに心の中で呟いた。その声には、退屈さと安堵感が入り混じっていた。これまでと同じ「完璧なお嬢様」としての生活を守り続けること。それは星羅にとって、一種の習慣であり、避けられない宿命のようなものだった。
(誰も、わたしに踏み込んでこない。こんな静かな日常が続けばええわ……)
彼女はかすかに皮肉混じりの自嘲の笑みを浮かべる。表面上は何も欠けていないその生活に、深い孤独感を抱えていることは、誰にも知られることがなかったし、周囲完璧を求められる彼女は、自分の本心をさらけ出す事も出来ないのであった。
その予感はすぐに裏切られることになる。
静かな教室の空気を切り裂くように、扉が開く音が響いた。教師が一人の男子生徒を伴って入ってくる。
「みんな、彼がこのクラスに新しく加わることになった西条零君だ。仲良くするように」
その瞬間、教室全体がざわついた。新入生がクラスに入るということ自体、この名門校では珍しい出来事だった。そして、教室の前に立った西条零は、他の生徒たちとは明らかに異なる雰囲気をまとっていた。
着崩した制服、適当に整えられた髪、そしてどこか軽薄そうな表情。その笑顔には不思議な親しみやすさがあった。
「えーと、西条零です! なんか至らないところばっかかもしれませんけど、よろしくお願いします!」
軽快な声でそう言いながら、教室全体を見渡した西条の視線が、ほんの一瞬だけ星羅と交わった。
(……この目……なんやろ)
無邪気で人懐っこい笑顔。その奥には、どこか空虚で曇りのような何かが隠れているように感じられた。星羅は思わず眉をひそめる。その目は、彼女が今まで出会った誰のものとも違っていた。
(ただの転校生やない。何か……隠しとる気がする)
星羅は自分でも気づかぬうちに、その目の奥に潜む謎に引き寄せられ始めていた。
一方その頃、“お調子者”の西条零もまた、大きな葛藤を抱えていたのである。
(俺はもう、絶対に喧嘩はしねぇ、変なヤツとも関わらねぇ。過去も完璧に隠し通す――普通の青春を謳歌するんだ!)
心の中でそう意気込む彼にまとわりつく過去は、轟音を響かせ疾走するバイクの集団、血に濡れた大規模な抗争、そして拳が交わる激しい衝撃の数々。
最強の男が歩んできたそれらは、「普通」とは圧倒的にかけ離れた世界だった。
しかし、今の彼はそんな過去も感じさせない程のただのちょっとやんちゃそうな青年を演じているのであった。
自分を偽る一人の少女と、過去を隠し新たな青春を謳歌しようとする一人の青年の出会いが、お互いの運命を変えていく。
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