【短編小説集】ちょっと不思議な日常をお届けします

やまのすけ

第1話 【短編小説】 万能リモコン

大手家電メーカーで働く田村は、最近やる気を失っていた。仕事は単調で、上司は厳しく、同僚との会話も味気ない。そんなある日、帰宅途中の商店街で奇妙な露店を見つけた。


「万能リモコン、いかがですか?

店主は老人で、目を細めてにこやかに微笑んでいる。小さなテーブルの上には、一見するとテレビのリモコンのようなものが並んでいた。


「万能リモコン? また怪しいガラクタか何かだろう。」

そう思いながらも、田村は立ち止まった。


「これは特別なリモコンですよ。人生そのものを操れる、と言ったら信じますか?」

老人は冗談のように言いながら、リモコンをひとつ差し出した。


「ほう。人生を操れる?」

「ええ、このボタン一つで、いやなことは消し去り、望むものを手に入れられるのです。」


田村は鼻で笑いながらも、何となく引き寄せられるものを感じ、試しに購入してみることにした。値段は意外と安かった。


家に帰り、田村はリモコンを眺めた。ボタンには「消去」「やり直し」「早送り」「巻き戻し」といった見慣れない文字が並んでいる。好奇心に駆られ、「消去」のボタンを押してみた。


すると、部屋の端に散らかっていたゴミが一瞬で消えた。


「おおっ、本当に効くのか?」


さらに「やり直し」のボタンを押してみると、昨夜割ってしまったコーヒーカップが元通りになった。驚きとともに、田村の心に興奮が湧き上がった。


翌日から田村はリモコンを仕事に持ち込んだ。上司の叱責を受けそうになれば「消去」でその瞬間を無かったことにし、退屈な会議は「早送り」で乗り切る。同僚とのつまらない会話も「スキップ」で回避した。


何をやっても思い通りにできる。リモコンのおかげで田村の人生は快適そのものになった。


しかし、次第に田村は気づいた。

すべてがスムーズに運ぶ生活は、どこか味気ないのだ。何をしても達成感がなく、笑うことも減った。リモコンに頼るたび、心の中が空虚になっていく気がする。


ある日、田村はとうとう決心した。リモコンを捨てることにしたのだ。どこか遠くの町のゴミ処理場まで行き、深い穴に投げ捨てた。


「もう自分の力で生きるんだ。」


帰宅した田村は、さっそく自分で部屋を掃除し、翌日も上司の叱責に耐えた。少し疲れたが、それも悪くない気がした。


数日後、田村がいつもの帰り道を歩いていると、あの老人の露店を再び見つけた。相変わらず「万能リモコン」を並べている。田村は立ち止まり、皮肉っぽく言った。


「おかげでいい教訓を得たよ。でもあんなもの、二度と買わないね。」


すると老人は、またにこやかに微笑んで答えた。

「いいえ、あなたはすでにリモコンを手にしていますよ。」


田村はぎょっとしてポケットを探ったが、何も入っていない。しかし老人は続けた。

「その心ですよ。嫌なことを避け、楽しいことを選ぼうとするのは、誰もが持つ“内なるリモコン”ですから。」


老人の言葉を聞いた田村は、その場を立ち去りながら、自分の胸に手を当てて考えた。

「内なるリモコン、か……。」


だが、振り返ったときには、老人の露店も老人自身も、跡形もなく消えていた。


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